第5の不思議︰スニークさん-22
不安は当たらず、翌日からオレたちは平穏な毎日を送ることができた。霧島さんは動画編集や生放送の詰めで忙しく、迫る文化祭にみんな気を取られているのか新たなスニークさん騒ぎも起きない。
そして文化祭が終わり、すぐのこと。ああ、もちろん文化祭本番は特に語るようなこともなく、オレは普通にクラスでお好み焼きを焼いたり、紳士同盟のメンバーで模擬店やステージを見て回ったりした。
宮華はクラスのスープカレー屋でひたすらセパレートの容器に白米詰めてるの見たくらいだし、湯川さんは居たんだろうけど見かけなかったし、日下さんは二日目の一般参加日に来て、少し宮華と見て回って帰ったらしい。宮璃も峰山さんと来てたけど、あいさつ回りが忙しくてロクに話せてない。地元のお祭りに来た政治家みたいだった。
つまり文化祭でなにか起こる、なんてのはフィクションの中の話だ。現実を見ろ。
まあ、ほとんどの生徒がクラスに部活、有志での模擬店やステージに掛け持ちで参加してたせいで、いつ、誰が、どこで、何をしてるのか本人含め誰も把握できなくなってて開幕早々どこもシフトがグチャグチャにクラッシュして、全体の雰囲気がかなりカオスな感じだったのはなかなか面白かったけど。
そんな文化祭が終わって数日後。部室には久々で全員プラス兎和が揃っていた。といっても何かあるわけじゃなく、全員がそれぞれにダラダラしている。
以前なら圭人は塾へ行ってる時間だが、あの塾は合宿が終わってすぐに廃業したとかで、今も兎和とスマホで塾探しをしている。学祭の準備で忙しくなり、終わるまで通えないだろうと放置してたらしい。
宮華は湯川さんと何やら喋っている。ずいぶん馴染んだようで、湯川さんも素直に笑顔を見せたりしている。
日下さんはそんな二人の隣で机に突っ伏してスタンバイモードになってる。ただ話は聞いてるみたいで、ときどき体を起こすと二人に加わっている。
ボッチだ……。いや、平和だ。ボッチ違う。ついさっきまでオレもあっち側で、心穏やかにVtuberの配信を観ようとしてたのだ。
じゃあ今は何をしてるのかというと──。
「まあ、今日はこんな感じでまったりしてる」
オレは向かいに座る霧島さんに言った。そう。霧島さんだ。さっきいきなり来たと思ったらみんなに普段どおりにしててと言い、オレだけを部室の隅に呼んだ。
入ってきたときは硬直していた宮華や日下さんも、霧島さんが自分たちに用はないと解るともとに戻った。というかみんな普通にしててと言われたからって、まるで霧島さんがいないみたいに振る舞うのはどうなんだろうか。
じゃあ、どうすれば正解かって言われると困るけど。まさか黙々と郷土史の本を読むわけないだろうし。
歴研とかは普段何してるんだろう。織田×明智か、明智×織田で討論会とかしてるんだろうか。そういえば歴研の部誌、もらったきり読んでないな。
「聞いてる?」
「え? あ、ごめん」
「渡したいものがあって」
嫌な予感がした。考えてみればこれまで、出会った陰キャやコミュ障はことごとく部員になってきた。そして霧島さんも、他の部員と同じ匂いがする。
霧島さんは放送部の姫をやっているけれど、他に学内の友達はいない。
放送や撮影中以外のテンションの低さは日下さんに並ぶほど。口数は少なくないけど普段の喋りは小声でぼそぼそしてるし、それが言葉数の多さと合わさって、わりと集中して聞いてないとエンドレスに念仏聞かされてるみたいな感じで、正直だんだん話の内容が頭に入ってこなくなる。
しかも性格は悪いし根性悪いし、注目浴びた過ぎるし、うっすら破滅願望もある。
そんな霧島さんが、渡したいものがある、と。なるほど。これはもうあれだろう。今までの経験からすると入部届しかない。
霧島さんがカバンからなにか取り出す。
「はい、これ」
差し出されたのは封筒だった。そっけない茶封筒じゃない。薄青い紙に淡い紅葉の絵が散らしてあるやつだ。
「これって……え!?」
入部届どこ行った。これほぼ完全に恋文入ってるだろ。ちょっと渋すぎる気がするけど、霧島さんが可愛い封筒やオシャレな封筒を選ぶのもイメージしづらい。
「開けてみて」
「こ、ここでか」
オレは思わず振り返る。他のみんながサッと目を逸らす気配を感じた。
霧島さんに促され、オレは封筒を開ける。中から出てきたのは封筒とお揃いの便箋。書かれてるのはやたらキレイなペン字だ。
“拝啓 長屋一路様。
生放送の部活紹介や先日の動画など、色々とお付き合いありがとうございます。また、それぞれ大変ご迷惑をおかけし、申し訳なく思っています。
そんなことになったのも我々制作班が霧島をつい甘やかしてしまうからだ。先日の部内反省会ではそういう結論に達しました。
そこで、こんなことをお願いするのはこれまでのことを思えば心苦しくはあるのですが、霧島を貴殿の部に掛け持ちで入れさせてもらえないでしょうか?
いま彼女には我々のように甘やかしたりせず、厳しく接する人のいる環境が必要なのではないかと考え、貴部こそがふさわしい。制作班一同、そういう結論に達したわけです。
さぞ厚かましいと呆れられていることでしょう。ですがどうか、霧島の成長に力を貸していただければと、おすがりする次第です。
幸い、帯洲先生は快諾してくださいました。兼部のため週に2、3回ほどになるとは思いますが、ご協力くださいますと幸いです。
敬具 放送部部長 田端宏一”
オレは手紙を見て、霧島さんを見て、また手紙を見た。
「あのこれ……え? これ」
驚くオレを無視して、霧島さんはもう一枚の紙を取り出した。
「これ、入部届」
ぬるっと出たね。やっぱ結局そうなんじゃん。どうなってるんだこの世界。
「あ、いや、待った」
オレは差し出された紙から逃げるように体を引いた。
「まずこれ、この手紙本物か? 霧島さんの親が書いたとかでなく? 文面とかこれ完全に親だろ。いや。親でもこんなの書かないか。あ、ドッキリ企画の動画撮ってるとか」
「本物。部長と帯洲先生に確認してくれても……いい、けど?」
「や、でもなんでこんなことに。意味が解らない」
霧島さんは首をかしげた。
「書いてある、でしょ? 私には対等な友達が必要……なんだって。私も馬鹿みたい……とは思う」
「だろ? なんでそんなことに従うんだよ。嫌なら断れよ」
「じつは、部のみんなの意見は私も……理解できない、けど、郷土史研究会に入るのは……悪くないと思ってる」
「なんでだ?」
いつの間にか、背後から話し声が消えていた。代わりに視線を感じる。霧島さんの位置からは他の部員が見えてるはずだけど、特に宮華たちを気にしてる様子はない。
「んー。ゆるくて兼部しやすそうだし……、前に来たとき、なんか……居心地良さそうな感じが、したし、ね?」
やっぱりか。やっぱりウチは陰キャやコミュ障を引き寄せるのか。いや、そういうやつ同士が引かれ合うのか? 最初に部室へ来た時の、あの短時間で居心地良さそうって感じさせるとかよっぽどだ。
「べつに、郷土史とか興味ないだろ」
「長屋くんたちはある、の?」
「もちろん」
オレは断言した。一瞬でもためらうと見透かされる。
「どこが……面白いの?」
「そうだなぁ。世界が違って見えるというか。それまで意識したこともないような普通の風景に、突然意味が出てくるのが面白い。家の近くの小さなドラッグストアが実は昔は有数の薬種問屋で、市内のあちこちに今でも土地持っててマンション経営してるとか。たいした話じゃないけど、知ってると見え方が変わってくる」
「つまり、一人でブラタモリやるみたいな?」
「そう。そうなんだ」
「へえ……面白そう」
いかん。興味持たせてどうすんだ。
「そもそも霧島さん、忙しいだろ。毎日お昼の放送やってるんだから。両立できないんじゃないか」
「それは……大丈夫。お昼の放送、生じゃなくなったから。収録。少なくとも……今年度は、ね?」
「え? なんで?」
「長屋くんゲストに呼んだお昼の放送のことと、文化祭の動画の件で……目をつけられちゃって」
あ、それは気まず……くないな。自業自得だろ。考えてみれば放送部って学校行事や全校集会なんかで活動したり、どちらかというと体制側なイメージがある。それなのに短期間で2度も牙を剥かれたら、学校側も怒って当然だ。
「内容はほとんど……音楽。私の喋りは部活紹介とか……学校や生徒会が告知したいこと……くらい。顧問が確認してオッケーしないと、放送できない。つまり……忙しく、ない」
少しずつ追い込まれてる感じがある。
「それでも、他のヤツに言われたから入部するって、それでいいのか?」
「他の人に言われて、いいかなって……思ったんだから、いいんじゃ、ない? 長屋君だって誰かに……オススメされて買ったものとか、ある、でしょ?」
呑まれる……。いや、諦めるな。背後からの暴力的な圧を感じるんだ。ここで諦めたらアレに喰われるぞ。
ひとまず話の流れを変えよう。…………ダメだ。何も思いつかない。もういいや。なんか思いついたこと言おう。




