第5の不思議︰スニークさん-20
星☆クズ放送部の登録者数は178人。もう1年くらいマメに動画をアップして、JK押しでやってる様子にしては少なすぎる気がする。内容は……サムネのリスト見る限りは迷走してる。とりあえずいろんな動画サイトで人気ありそうなモノをやってみる感じで、統一感はない。
ただ最近はややセクシー路線が多いみたいだ。そういった動画のほうが再生数も伸びている。といってもYoutubeにバンされないわけだから、それほどエロいわけじゃないだろう。
とりあえずオレはチャンネルの動画一覧をスクショしまくる。
「えと、すみません。こういうのがありまして」
湯川さんが動画をダウンロードするアプリを見せてくる。すでにダウンロード中だ。なるほど、そういうのもあるのか。確かに校内はwifiが飛び交ってるから、動画のダウンロードも安心・高速だ。
「あいや、あのこれは、その、怪談の動画とかを家で落としておいて聴くためで、ほらあのそういうアレではなくて」
それは別にフォローになってない。あれ? そういやオレも入れた覚えのない動画ダウンロード用のアプリがあるな。あれかな? スマホに最初から入ってるやつかな? 試しに使ってみるか。なんか履歴が残ってるけど、はて、どういうことだろう。おお。これよくできてるな。初めて使うのに操作方法で迷うことがない。
とりあえずこの、“【上から見るか】地獄のシゴキ! 棒vs棹【下から見るか】”というのを落としてみよう。タイトルからはどんな内容か想像できないからであって、性的な感じがするからではない。いやだって、どこにもイヤらしいワードないじゃん? ひょっとして棒と棹の強度を試すのかな? 強度試験的な?
というか、この絶妙なオッサンの下ネタみたいなセンスが登録者数に反映されてるような気も……。いや、性的じゃないんだった。にしても目の前の女子がこれを考えて設定画面に入力したんだと思うとなかなかグッとくるものが……。いかん。エロくないふうを装いきれなくなってる。これはけしからん。紳士同盟の仲間たちにも共有して広く意見を募るべきか。
いや。違うな。もっとやるべきことがある。
「何してる、の?」
ちょうどよく霧島さんが声をかけてくれた。
「いや、なに。星☆クズ放送部ってチャンネルがあってな」
その瞬間、霧島さんの顔がすごいことになった。驚き、恐怖、怒り、困惑。そういった感情が混ざり合って、なんとも言えない表情に変わったのだ。
呼吸が急に浅く、速くなる。霧島さんは目を閉じると強引にその呼吸を落ち着かせた。
「ごめんなさい。私を放ってYoutube観てたかと思うと、カッとしちゃって」
「ごめん。そのユーチューバーが顔も声も霧島さんそっくりだったから、つい」
「へぇ、そう」
「むしろ、霧島さん本人なんじゃないかな、って」
「そんなわけない、でしょう?」
「そうかもしれない。けど、これを観たみんなはどう思うだろう。けっこうキワドいタイトルの動画も多くてさ。霧島さんがそんなことしてるって思う人、出てくるだろうな。まあ、今のところはオレたちしか知らないみたいだけど」
「脅す気?」
「いや」
オレたちのあいだに緊迫した空気が流れる。視界の端では湯川さんがチャンネルの動画をひたすらダウンロードリストに追加しているのが見える。グッジョブだ。
霧島さんはスマホを手に取ると、星☆クズ放送部の動画を再生した。スマホから霧島さんの声が流れる。音声聴いたの初めてだけど、やっぱこれ、霧島さんで確定だわ。
「似てるかもしれないけど……」
画面から目を離さず、眉をひそめる霧島さん。あくまでしらをきるつもりらしい。
「あぁ」
不意に湯川さんが納得した声をあげる。
「別撮りのとき、このチャンネル用の動画も撮ってたんですね? さっきのマスクして」
「そ、んなわけない、でしょう?」
さすがに怯えた様子が隠しきれない。ってことは正解なんだろう。悪目立ちしてるモブキャラみたいな湯川さんからノーモーションでいきなり核心を突かれたら、誰だってそりゃ不安になる。
「もし私がこの人でそんなことしたら、さすがに身バレしちゃうじゃない」
「うーん。友達の制服を借りて潜入調査やってみた、とかですかね?」
これ、正解だな。霧島さんの顔が引きつったもん。
「特定されたらバズるどころじゃない。登録者数は爆発、再生数もガンガンに伸びて、Twitterのトレンド入りして、まとめニュースに取り上げられて、伝説どころか、何年経ってもアフィブログに取り上げられる定番の動画ネタになるかもしれない。いつまでもやらかしから逃げられなくなるぞ」
一瞬、霧島さんの顔が蕩ける。オレの言ったことを具体的に想像したんだろう。薄々思ってたけど霧島さん、たぶん話題になればなるほど快感を得る性癖の持ち主なんだろうなぁ。
なんかこう、身バレしたり、TwitterとかLINEのオープンチャットなんかでガチに性的なことやらかしたりする前にオレたちにバレて、命拾いしたんじゃないか?
「とにかく、私じゃない」
「だとしても最近の動画見た感じだと、だんだん過激な内容になってるみたいだからな。何か裸を見せるとか一線を越えてバンされでもしたら霧島さんがそういうことをした、って目で見るヤツも出てくるだろう。それで噂になれば尾ひれがついて、困ったことになるかもしれないぞ。無関係なたいていの人間にとっちゃ説得力あるくらいに似てれば、本当にそれが霧島さんかどうかなんて関係ない」
霧島さんは考え込んだ。投稿者が自分じゃないなら、どんなことでも可能性を否定できない。けどそれを受け入れるなら、自分は他人の投稿動画で根も葉もない噂を立てられてもいいってことになる。すると今度は、なぜ噂になってもいいのか、苦しい説明をしなきゃならない。
「べつにあなた達が黙ってたらいいだけ、でしょ?」
「だとしても他の誰かがこのチャンネル見て“霧島さんじゃないか?”って勘違いする可能性はある。そいつはオレたちと違って、黙ってチャンネルを拡散するだろう」
霧島さんは一瞬、恍惚の表情を浮かべた。やりづれぇな。
「そもそも、どうやってそんなチャンネル」
「オススメに出て来たんだよ。だから理由はYoutubeに聞いてくれ。だいいち、知ったからってなんの役にも立たないだろ。霧島さんにできることないんだし」
オレたちの視線がぶつかり合う。
「今日か明日にでも、チャンネルがなくなるかもしれない、でしょ?」
「誰かが動画をダウンロードしてて、流出させるかもしれない」
「誰が?」
「さあな」
霧島さんは湯川さんをチラリと見る。ひととおり動画をダウンロードリストに追加したのか、湯川さんはボサっとオレたちのやり取りを眺めている。
「さっき最初に湯川さんが長屋くんにスマホを見せてたけど、もしかして湯川さんが見つけたの?」
「あ、いやちょっと、すみません。それは、あの」
否定にも肯定にも取れる。情報量ゼロだ。
「ハイかイイエで答えて」
「いいえ」
言い切る湯川さん。
「じゃあ、最初にスマホ見せてたのは?」
「あー。あのちょっと。すみません。あの、個人的な、あれなんで。えぇ」
霧島さんに苛立ちが浮かぶ。解る。解るよ。湯川さんの発言って99%くらいは意味のない“ああ”とか“すみません”とかだもんな。それでのらりくらりと無限にかわしてくる。
会話してるようでしてない。意外と図太い。ときどき異世界生命に取り憑かれる。オルタバージョンになる。超推理を繰り出す。それが湯川さん。
膠着状態だ。おまけにさっきから、わりと結構トイレに行きたい。
「私が長屋くんたちのしてることを追求しなければそのチャンネルのことは拡散されないし、チャンネルが消えてもどこかからなぜか動画が流出することはない。そういうこと?」
「そうかもな。少なくとも、郷土史研究会から漏れることはない。ちなみにもう少し細かく言うと、圭人と兎和さんはチャンネルのことを知らない」
もちろん宮華や日下さんも知らないわけだけど、今後を考えるとあの二人には話しておいた方がいいだろう。
オレの返事に霧島さんは考え込む。それからふと、何かに気づく。
「つまり長屋くんたちのしてることを動画にしてアップして、報復に長屋くんが私のチャンネルだって拡散させれば……。あぁっ!?」
恐ろしいこと言いだしたかと思うと霧島さんはいきなりギュッと目を閉じた。脚に力が入って、軽く震えてる。あ? もしかしてとは思うけど、オレいま生まれて初めてナマで女性がいやなんでもない。
「落ち着け。そんな超新星自爆テロみたいなことしちゃダメだ。その後のことを考えて。最悪のケースを想像するんだ。メンヘラ、不登校、リスカ、引きこもり、A──」
おっと危ない。女子相手に言うことじゃないな。だいたいアレを最悪のケースに含めるなんて、女優さんに失礼だ。オレも知らないうちに固定観念に囚われていたってことか。
「だっ、だいじょう、ぶ。私も破滅願望ある、わ、わ、わけじゃない、から、ね?」
何らかの波に襲われているのか、霧島さんはときどき身を震わせながら途切れ途切れに答える。声が異様に艶っぽい。破滅願望ないってのはかなり怪しいけど、そこは言わないでおく。
ふと気になって湯川さんを見るといつの間にか湯川オルタさんになって、宇宙的恐怖を与えるあの異次元からの視線を霧島さんに向けていた。




