第5の不思議︰スニークさん-19
最後の撮影はずいぶん気楽だった。なにせ、あと数時間のガマンでこの苦行から開放されるのだ。やっぱりいつ終わるともしれないのとゴールが見えてるのとでは全然違う。それに昨日、宮華から種明かしめいたものを聞かされたおかげもある。
「今日は一箇所で撮影するから」
集まるなり歩きだそうとしたオレたちに霧島さんが言った。
「前にスニークさんが出たっていう教室に滞在して、そこで何か起こるのを待つ」
「てことは」
「歩き回らない」
そう答える霧島さんも疲労の色が濃いながら、表情や声には明るいものがあった。
その教室は普通の教室だった。机と椅子は10セット。通常タイプの空き教室はだいたいどこもそんな感じだ。
異様に手慣れた感じで机の中やカーテンの裏、ベランダや教卓周りを調べると、だいたい三角形を描くようにして座った。
「私たちはいま、とある教室に来ています。ここは前にスニークさんが出たって噂があって──」
撮影が始まる。霧島さんがここで起きたことを説明する。ある生徒が廊下を歩いていると教室の中で誰かの歩き回る音がして、中を見たけど誰もいなかった。そんな話だ。
「今回の調査は動き回らず、ここでスニークさんを待ってみたいと思います」
霧島さんはそう締めくくると、スマホのカメラを止めた。
「じゃあ次はそれぞれ今回の調査を終えて、みたいな話を順にしてもらうから、なんて言うか考えて。ね?」
感想。感想なぁ……。正直、辛かったっていう記憶しかない。あらためてここまでのことを思い返してみる。
そこで、ふと気になった。最初、霧島さんはオレを誘ったとき“面白くなりそうだから”と言ってた。撮影が終わるいま、果たしてそうなったんだろうか? 結局こういうのは編集で面白くしていくんだろうし、オレが気にするようなことじゃないんだけど。
それから三人で順番に感想を言っていくと、やることがなくなった。霧島さんがスマホをいじりだしたので、オレはポケットに押し込んでいた読みかけのラノベを取り出す。
話がちょうど盛り上がってくるあたりで部誌作りやこの撮影で忙しくなり、どこかで読む時間ができないかと朝から持ち歩いていたのだ。
ページを開くとすぐに物語へ引き込まれた。そして動画なら“パッポー”と鳩時計みたいな音がするくらい時間が経ってから、霧島さんが言った。
「ちょっとトイレ行ってくる」
話に夢中で、返事したかは憶えてない。少しして、話しかけられた。
「あの、えと、その、疲れました?」
「ん、まあ」
物語はクライマックス! まさかアレがコレして、ここでこうなるとは! アツい! エモい!
「あの、なんか、すみません」
「こっちこそ、もうこういうのやらないって言ってたのにゴメンな。あいや、今回は探す側だからいいのか。まあ、だから、うん。そういう」
脳のどっかを使って、オレはうわの空でなんか言う。おお! そうか! あー。そうきたか! コレは尊い! あやー、これ、は……あれ? オレはようやく違和感に気づいた。あ、血の気が引く音ってこういう感じなんだ……。
おそるおそる振り返ると、そこにはスマホを構えてニヤニヤしてる霧島さんがいた。
「あ、あれ? あー。湯川さん、は?」
「あ、すみません。湯川さんは入れ替わりでお手洗いに。えと、その、それで、今度は探す側って、その、どういう? もうやらない、とかも」
湯川さんに口調を寄せたまま、霧島さんが言う。
──やっちまった!
「あの、えっと」
頭の中を色々な考えがゴチャゴチャのまま流れ、もつれて転ぶ。思考がバラバラになる。
「ほら、どうしたんです?」
「いや、だから」
「だから?」
「いや、ちょっと待ってくれ。誤解を与えないようにしたい」
どうにかそんな言葉を絞りだし、時間稼ぎをする。
「逆ラブ地蔵のときから何かあるんじゃないと思ってたんだ。まさか本当にここまで上手く行くなんて。さ、ほら。本当に面白くなるのはここからなんだから。ね?」
理解が追いつかない。ショックで思考が麻痺したみたいだ。何か言わなきゃと思っても、空白しかつかめない。
「あっと、どうしたんですか?」
湯川さんが戻ってくる。
「ああ、湯川さんにもぜひ話を──」
「あれ? それ……」
湯川さんは霧島さんの話を無視するとまっすぐ歩き寄り、そのポケットからはみ出ていたものを抜き取った。
「えっ、ちょっ、なに?」
それはダークグレーのあのほら、使い捨てなのか? 紙っぽくない立体的な、なんか流行ってる、あのなんて言うの? とにかく例のマスクだった。
湯川さんは手にしたマスクを見ると不意に白目を剥き、受け身も取らず横倒しに倒れた。頭が床にぶつかる鈍い音。衝撃でメガネが吹っ飛ぶ。霧島さんの悲鳴。
湯川さんは白目のまま体を弓なりに反らすと手足を痙攣させる。あまりの衝撃展開にオレはそれまでの動揺を忘れ、新たな動揺に思考を奪われる。霧島さんもオレも、10秒近くただ湯川さんを見ていた。
先に我に返ったのはオレだった。
「おい! 大丈夫か!? 湯川さん!」
何度も呼びかけるが、返事がない。
「こっ、オレ先生呼んでくる!」
不安そうな目を湯川さんに向けながら、霧島さんは何度もうなずく。
オレが走って教室を出ようとしたその時──。
「あっ」
霧島さんの声にドアへ手をかけたまま振り返ると、湯川さんの痙攣が治まっていた。湯川さんは体を横にすると、手で床を押すようにしてゆっくり体を起こした。
「お。あ、湯川さん?」
「あぁ……すみません。……もう、大丈夫です」
「いや、大丈夫って」
「子供の頃から、たまになるんで……。ずいぶん久しぶり、ですけど。すみま、せん」
ゆっくりと立ち上がる。それから右手に握りしめていたマスクを見て、それを無造作にポケットへ押し込んだ。霧島さんは何か言いたそうにしていたけど、何も言えない。
「水、飲んできます」
「一人で行けるか?」
「大丈夫です」
オレと霧島さんは目を見交わすと、けっけょく二人で湯川さんに付き添うことにした。
「なあ、病院行った方が……」
「えっと、あー。前は、行ってたこともありしたけど、なんて言うか、けっきょく異常ナシなんで」
そう言いながらも湯川さんは、どこか心ここにあらず、といった調子だった。本人は大丈夫と言っているけど、もしかしたら気絶した影響で頭がぼんやりしているのかもしれない。
また倒れる、なんてことはなく、湯川さんは普通に水を飲むとスッキリしたようだった。教室へ戻る。
「今日はもう──」
やめよう。そう言おうとしてハッとする。そうだった。さっきオレは霧島さんに問い詰められてたんだった。霧島さんも忘れていたらしく、オレのことを意味ありげに見た。
「あー」
間の抜けた声を出して、湯川さんが机に置きっぱなしにしていたスマホを取る。そのま何かアプリを立ち上げ、入力し、スクロールして首をかしげ、また何か入力してスクロールさせる。
画面のスクロールを5回くらい繰り返したところで、湯川さんはオレを手招きした。
「何やってるんだ?」
「すみません。あの、これ」
見せられたスマホの画面にはYoutube。星☆クズ放送部というチャンネルだ。チャンネル画像はマスクをした女の子の写真なんだが……。
「ああ、ホントだ……。霧島さん、ちょっとゴメン」
オレはなるべく平静を装うと、自分のスマホの画面へ星☆クズ放送部のチャンネルを表示させた。サムネイルをスクロールさせると、マスクの女の子は、うん、これ霧島さんだろ。




