第5の不思議︰スニークさん-18
宮華の話ではスニークさんの話が出回りだしてすぐ、文化祭でスニークさんをテーマにした動画を流そうって決めたらしい。霧島さんが。
そこで話を盛り上げるため放送部は足音やドアを開ける音なんかを録音し、放課後、ひと気のない校舎で流すことにした。霧島さんが。
「だからここに出てる報告のうち、いくつかは放送部の仕業かもしれない」
「そんなことできるのか?」
「うちの学校、その気になればスピーカー1個ずつ操作できるんだって」
「なんでまたそんな」
「さあ? けど、ウチの学校ってそういうの他にもあるでしょ。設備面でも実験校だとかなんとか。それで上手く行けば他の学校にも売り込むって」
「けど、いくらなんでも生音とスピーカーの音じゃすぐバレるだろ」
「すぐ近くならね。でも、二つ三つ離れた階や廊下なら?」
想像しようとしてみたけど、よく解らない。
「とにかくスピーカーの話は出てこないから、少なくとも失敗はしなかったんでしょ」
すべてを白状すると、部長たちはくれぐれもこのことは内密に、と口止めして帰っていった。
「じゃあ、オレたちは最初から見つかるはずのない犯人探しをしてたのか……」
これまでとは違う疲労感に襲われる。
「けど、そのおかげで撮影を乗り切れたんじゃない。知らなかったおかげで自然に振る舞えたわけだし、たぶん霧島さんもそのために黙ってたんだろうし。明日あたり、本人から説明あるかもよ?」
「あー。いや、それは……ないだろうな……。にしてもやっぱり、謝りに来たってことくらい教えてくれても良かったんじゃないか?」
つい、口調がキツくなる。すると宮華は気まずそうに目をそらした。
「それが……。犯人はいないんじゃないかってなって、自分たちは危機に直面してないって思ったら興味が薄れて……その……忘れてた」
恥ずかしそうな笑みを浮かべる。なかなか似合ってて可愛いと素直に思える。け、れ、ど。
「あのなぁ……」
ここ数日の虚無すぎて過酷な撮影がフラッシュバックし、隠しきれない怒りが一音ずつからジワジワ滲み出ててしまう。
「あっ。そういえばほら、霧島さんてあんな人だから部内でも扱いに困ってそうでしょ?」
さすがにマズいと思ったのか話を逸らそうと、宮華が早口気味に言う。
「さあ。オレは今、おまえの扱いに困ってるんだけどな?」
「ところがね。逆なの」
オレの返事を無理やり無視して宮華は続ける。
「二人とも霧島さんのことすごく心配してて。やっぱり友達いないらしくて、いつか刺されるんじゃないかとか、放送部なくなったら孤立するんじゃないかとか、私たちにもできれば仲良くしてやって欲しい、あれでいいところあるし、人間として尖ってたほうがクリエイター向きだとか、ね? もう親かっていう……」
面白い話してますよ感を出して強引に突破しようとしてくるが、オレが厳しい表情でいると、だんだん声が小さくなっていった。
「その……ごめん」
オレはうなずく。
「湯川さんにも謝るんだぞ」
「ああ、うん……」
宮華も反省したようだし、この話はこれまでとしよう。許すとは言ってない。
「それで、犯人探しってのはどっから出てきたんだろう」
「ああ、動画撮るなら観てる人に解りやすくて盛り上がるストーリーあった方がいいだろうって話になったんだって」
「霧島さんが?」
「そう。それで犯人を探すって筋書になったみたい。まあ、実際にいればいいし、こういうのはいなくても問題ないから。ほら昔のオカルト特番もそうでしょ。一回目は」
「撮り逃して、二回目は惜しくて、それで終わるんだろ」
オレに言われて、驚きながらうなずく宮華。
「湯川さんが言ってた」
にしても、なんでコイツらはオカルト特番知ってる前提で話してくるのか。あれか。ローカルCMを全国区と勘違いするようなものなのか?
とにかく犯人なんてのはいない可能性が高い。オレたちのことに気づいてる人間も、たぶんいない。撮影も明日を乗り切れば終わりだ。あらためてそう思うと、ずいぶん気持ちが軽くなる。
文化祭は来週の金土。前日の準備日からはクラスで出すお好み焼き屋台の仕込みが始まるけれど、それまではもう、たいしてやることない。部誌はできてて、公開を待つばかり。圭人と兎和の原稿は間に合わなければ(たぶん間に合わない)、後から追加することになってる。
そこまで考えてハッとした。放課後、部誌の進捗を帯洲先生に報告に来いって言われてたんだった。完全に忘れてた。
しかし、気力体力精神力忍耐力知力判断力、ついでにMPもすべてが1しかない状態であの先生に付き合うのはキツい。
このまま帰る、と後が100倍面倒そうだ。まあ、もう公開待ちだしネチネチ言われることもないだろう。とっとと寄って帰ろう。
……いや、待てよ。見せたら見せたで、よく解りもしないのに細かいところにアレコレ口を出されるのでは? それどころか写真を増やせだのなんだの。あ、ありえる。自分も関わってる感を出すためだけに面倒なこと言ってきそう。まだできてないって言ったところで、進捗について普通に絡まれそうだし。
あー、もう。クソっ! なんであんな先生のためにオレがこんな悩まなきゃならないんだ! いっそないことないこと交えつつ告白して全教員の前で自爆テロエンドを迎えてやろうか。……いや、何もあの先生のためにオレまで死ぬことはない。
あ、そうだ。
「なあ、宮華。さっきのこと悪いと思ってるなら、一つ頼みを聞いてくれないか?」
宮華は警戒するように腕を組んだ。
「まあ、言ってみて」
「じつは今日、帯洲先生に部誌の進捗報告をしに行かなきゃならないんだ。代わりに行ってきてくれないか?」
「え? なんでそんな……」
「いいだろ。疲れてるんだよ。もう帰りたいんだよ。久しぶりに悪夢にうなされずに寝たいんだよ。宮華だって帯洲先生とはギリ話せるだろ?」
心からの声だ。どこにも嘘はない。
「うーん。でも報告って」
「完成してます。部長しかまだ見られません。公開を楽しみにしててください。インターネットだからあとからでも直せます。見なければ先生の責任はゼロです。問題あったら先生の指摘を部長が反映し忘れてたってことで。ま、それで」
宮華は迷ってるようだった。かなり嫌そうな顔をしている。
「それくらいなら自分で行けば……」
「いや自分で言うのもなんだが、あの先生オレのこと気に入ってるんだよ。先生のこと知ってるんだから、それがどういう意味か解るだろ? 知らんぞ? どうなってもいいのか? 宮華の原稿、もっと図版増やしたり相関図描くってことになるかもしれないぞ」
宮華が顔を引きつらせる。
「今のオレにはもう、帯洲先生の欲から部員を護る力がないんだ」
護れた試しがないことには触れない。
「けど、私だって同じことになるかも……」
コイツ、どれだけ帯洲先生のとこに報告行きたくないんだ。オレもだけどな!
「宮華の距離感なら帯洲先生もオレ相手ほど無茶は言わないだろう。それに、もし言われても宮華なら周りの先生が助けてくれるはず」
「え? イチロだと違うの?」
「残念ながら、な」
呟くと、オレは寂しげな笑みを浮かべてみせる。こういう小芝居をする元気はある。
「わかるか? オレの孤独と絶望。その場の誰も助けてくれず、たった一人で帯洲先生と相対する辛さが?」
「なにイチロ、先生みんなから嫌われてるの?」
「あっ。そういうこと……?」
思わず声が裏返る。宮華はそんなオレを見てため息をつき、広げていたノートを閉じる。
「わかった。行ってくる。その代わり、どんな結果になっても知らないからね」
「もちろんだ。ありがとう。じゃあ、明日に備えてオレはもう帰るから、宮華も今日を生き抜いてくれ」
さっそく緊張しだしたのか、オレの大げさな言葉に宮華は堅い顔でうなずくだけだった。
 




