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第5の不思議︰スニークさん-17

 真っ暗闇の中。いや、闇もなく空間もなく、体さえない。そんなところで自分の意識だけが狂うことさえ許されず無限のあいだ、放置される。読んだのか見たのか、とにかく昔、そんな地獄があるっていう話を目にしたことがある。

 あれは作者の創作なのか、本当にあるのか。そもそも地獄は無茶苦茶たくさんあるって説もあるから、そんな地獄もきっとあるだろう。


 夜間調査の次の日から週末も挟みつつの5日間。オレたちの撮影はまさにそんな地獄に落ちたみたいだった。

 とにかく何も起きない。みんな飽きたのか、野次馬もほとんど見なくなった。新聞部でさえとっくに取材を終えている。

 残っているのは人の減った今こそチャンスじゃないかと読んでるガチ勢、文化祭にターゲットを合わせて肝試しデートに来た不快なカップル未満たち、ここで諦めたらこれまでの時間が無駄になるって考えてる、絶対にギャンブルやっちゃダメそうな奴らくらいだ。


 もう撮影用に話すことはない。雑談で盛り上がるメンバーでもない。心身は疲弊している。それでも重い足を引きずり、死んだ顔して校内をうろつくオレたちはゾンビみたいだったろう。


 土日の休みも回復の助けにはならなかった。集めた原稿をチェックしたり、それをサイトの形にしたり、間に合わなさそうな生徒会側二人の分をどうするかスマホで部員会議をしたり。

 そういう本来なら部活中にやるべきことを片付け、このごろ疲れてサボりがちな分の勉強をし、とにかく学校がないだけで休みとは程遠い状況だったのだ。湯川さんと霧島さんも似たようなものだったらしい。


 本当にこれもうダメだ、ヤバいと思ったのは昨日のこと。

 本校舎を歩いていると、教室から一人の男子生徒が出てきた。紳士同盟のメンバーでもある浅井だ。浅井はオレたちに背を向け、走りだす。


「あっ! おい! 走ってる走ってる! ほら、カメラ早く!」

「えっ! あっ! ちょ、ちょっと待って!」


 慌てて撮影を始める霧島さん。


「いやあ、足音が走ってますねぇ」


 満足げな湯川さん。


 浅井はその声に振り返ると怯えた表情を浮かべ、走るスピードを上げた。


「ほら、走ってる! 早いなあ!」

「もうあんなに!」

「ナイスですね!」


 浅井はあっという間に角を曲がり、見えなくなった。それでもオレたちは走ってる走ってるとはしゃぎながら足音が聞こえなくなるまで撮影を続け……我に返った。


「何やってんだ? オレたち」

「えっと、大喜びで普通に走ってく男子を撮った、よね?」

「その、あー……」


 振り返ると意味不明なことを言い合いながらテンション上げてこっちを撮ってる三人。そりゃ狂気を感じて浅井も全力で逃げ出すってもんだ。



 オレたちも流石にこれはヤバいと思った。誰からともなく空いてる教室に入り、三角を描く配置で座る。


「今日はもう終わりにしないか? で、明日以降のことはまた明日決めるってことで」


 すると霧島さんは首を振った。


「今日は終わり。で、明日で最後。どう?」

「オレたちはいいけど……大丈夫なのか? それで」

「犯人捕まえたかったけど、無理そう、でしょ? なんとなく、もう……出てこない気もするし、飽きたし疲れたし、ね? それにそろそろ……動画完成させないと。いちおう荒く組んではあるけど、入れ替えたりテロップ入れたり…………編集で面白くするにはまだまだやることあるから。幸い、放課後の階段と夜のときにそれっぽいのが撮れてる…………、それで引っ張ればどうにか、ね?」

「あの、あー、昔のオカルト特番みたいですね。1回目は撮り逃して、2回目はそれっぽいものが撮れて、でもそのものズバリは最後まで出てこなくて謎とロマンを残して終わる。解っていても見ちゃうんですよね。そういう……あ、すいません。その、ちょっと思い出しただけで、すいません」


 毎日一緒に過ごしたおかげだろう。湯川さん、最初に比べたらずいぶん落ち着いて話してくれるようになったなぁ……。


 とにかく、霧島さんがいいならオレたちに異論はない。明日の撮影で最後ということにして、その日はお開きになった。


 部室へ戻ると宮華がいた。ノートを広げて考えこんでいる。


「終わった?」

「明日で最後だ」

「へぇ。出来上がり、楽しみにしてるから」

「そうだな」

「あの、私はこれで」


 オレたちが話してるあいだに帰りじたくを終えた湯川さんが、会釈して教室を出ていく。


「イチロは? もう帰る?」

「いや」


 答えるとオレは椅子に座った。


「休んでく」


 宮華は椅子に座って脱力してるオレをじっと見ている。


「すこし痩せた?」

「あー。そう、かもな……」


 そういえば撮影が始まってから、宮華とは話せてない。


「あれ? 日下さんは?」

「歯医者だって」

「で、宮華は? もう原稿はもらった、よな?」


 宮華はノートに視線を落とした。


「次どうするか考えてた。今学期中にあと一回やるなら、そろそろ動き出さないと。文化祭終わったら、わりとすぐ冬休みでしょ。スニークさんがこんなに長引くとは思ってなかった」

「結局、犯人は捕まえられそうにないけどな」

「え? 犯人?」

「ん? いやだから、犯人突き止めないとオレたちが危ないって話だろ。それに、捕まえた犯人がオレたちのこと喋りそうになったらどうにか黙らせるって……。さすがに忘れてないよな?」

「んー。あ、そっか。あれから話してないんだっけ」


 なにやら一人でうなずいている宮華。くるりとまとめた髪が頭の後ろで揺れている。


「犯人は解った、っていうより、いない。たぶんね。あえて言うなら放送部、かな」

「……は?」


 いや待て。全然わからない。犯人が解ったのか仮説なのか、いないのか放送部なのか。


 宮華はカバンから数枚のコピー用紙を取り出した。霧島さんが最初に持ってきた、スニークさんの遭遇談をまとめたものだ。いつ、どこで、誰が、どんな体験をしたのか。本人から直接、できる限り詳しく話を聞いた内容がリストになっている。


「これ、よく読むと“廊下の角を曲がった先から足音が聞こえたけど、行っても誰もいなかった”とか、“後ろの方で教室から誰か出て来る音がした気がしたけど、振り返っても誰もいなかった”とか、そんなのばっかり。私たちが想像してた“背後で足音がして、振り返ったら誰もいないのに足音だけが遠ざかっていった”みたいなものはないの」


 そうだったっけ。あのとき、ちゃんと読んでなかった。


「けどそれって、ただの勘違いなんじゃ……?」

「そう。たぶん、そう。最初は“足音がしたと思ったんだけど、誰もいなくて驚いた”とか、そんな感じだったんだと思う。それで、判る範囲で調べたんだけど」


 宮華はリストの上の方の名前をッ二つ、トントンと指でつついた。


「この人、原口さんの友達グループの人。で、こっちは吹奏楽部の部長。吹奏楽部、部員多いでしょ。たまたまだろうけど、発信力のある人が初めの方に二人。というかむしろ、そういう人が近い時期に似たような経験したから、話がここまで発達したのかも」


 宮華はオレがうなずくのを見て続けた。


「噂が広まれば便乗する人が出る。作り話だとか、自分もそういえば、って似たような体験をあとからスニークさんに結びつけたり。撮影はじめの頃って、スニークさん目的でウロウロしてる生徒多かったでしょ?」

「知ってるのか?」

「この辺もそれ目的で歩き回ってる人多かったから。で、そうなるとイタズラで、他に人がいないときにわざと廊下を走って隠れるような生徒も出てくる。それに文化祭準備でバタバタしてたから、普段なら人がいないようなところに人がいて、急いでて走る、なんてことだってあったはず」


 さっき見た、どこかへ走ってく浅井の姿を思い出す。


「ここ何日か見物人も減って、文化祭の準備もだんだん落ち着いてきてるでしょ。スニークさんっぽい出来事も減ってきてるんじゃない?」


 実際そうかはさておき、ここ数日で撮れ高は激減。まだスニークさんを求めて残ってる猛者たちも、表情や漏れ聞こえる話からすると同じような状況らしい。つまり、宮華の予想に当てはまる。


「だから、スニークさんは自然に生まれた天然モノの噂話で、犯人はいない。そう考えたわけ。もちろん私に見える範囲で辻褄を合わせただけだから、これが真相だ、なんていう気はないけど」

「でもそれ、すごい説得力あるな」

「怪談系の噂話なんて、そもそもそうやって出来てくのが普通だから。私たちが特殊なだけ。そのせいで、どこかに犯人がいるんじゃないかって思い込んじゃったんだから、そこは意識を切り替えてかないとね」


 なんかベンチャーの社長みたいなことを言いだす。


「あれ? でも霧島さん最初から犯人がどうとか言ってたような。さっきも犯人は放送部って」


 途端に渋い顔をする宮華。


「じつは……二人が撮影に行ってるあいだに放送部の部長と副部長が謝りに来たの。二日目かな。ウチの霧島がすみません、って」

「え!? 霧島さん部長じゃないのか?」

「ただの平部員だって。いちおうアナウンス班の班長らしいけど、一人しかいないし。それはそれとして。でね、お昼の放送であんな失礼をしたのに、こんな茶番に付き合ってくれてありがとうございます、とか言うわけ」

「茶番?」

「そう。だから、茶番ってどいういことですか? って訊いたわけ」


 ほうほう、と流そうとして引っかかった。


「宮華、部長と話せたのか?」

「違うに決まってるでしょ」


 決まってるのか。いやまあ、そうだよな。


「私は動きも喋れもしない。尋ねたのは日下さん」


 答える宮華は堂々としていて、少しも恥じるところがない。本当はどう思ってるのか解らないけれど、その方が宮華らしくはある。そもそもコイツ、自分の人見知りは体質みたいなものでどうしようもないって割り切ってる疑惑あるしな。


 日下さんもかなりな人見知りだけど、宮華ほどじゃない。二人とも黙ってたらガン無視してるようにしか見えない。それすなわち圭人初登場時の悪夢再び。それを避けるために日下さんは気力を振り絞ったんだろう。


「二人とも、霧島さんがそのへんを私たちに説明したと思ってたみたい。えっ? ってなったあと、しまった、みたいな顔してた」


 ようやく理解する。


「つまり、やらせってことか?」

「そう。半分は」

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