第5の不思議︰スニークさん-16
くたびれ果てて家に帰ると、宮璃と峰山さんが夕飯食べてた。ご飯と味噌汁となんかのサラダと、あと豚肉と野菜のカレー炒め。宮璃がウチで夕飯食べてくのは珍しい。
「今日お父さんもお母さんも遅くなるって言ってたし、お姉ちゃんも適当に食べて帰るって言ってたから」
宮璃がカレー炒めを頬張ったまま言う。やる人によっては下品に見えるけど、宮璃の場合はハムスターやリスみたいで愛嬌がある。
オレはまたぬくもりの残るご飯と味噌汁をよそって、フライパンからカレー炒めを皿に取るとこちらは電子レンジで熱々に温めなおした。
────うまい!
峰山さんの料理は手のかからない、毎日自炊しても辛くならなさそうなものばかりなんだけど、かなりクオリティが高い。
このカレー炒めもカレー粉と醤油と、あと何かで味付けされてて、このなにかがいい感じにアレをアレしててアレだ。
「これ、何入ってるんだ? ちょっと変わった味だけど」
「ヨーグルト少し。嫌でも食べろよ」
「逆だって。かなりうまい」
「おじさんとおばさんの分は残しとけよ」
「当たり前だろ」
オレたちは他愛のないことを喋りながら峰山さんの料理を食べる。やっぱり宮璃が加わってくれるとオレも峰山さんも会話が弾む。
「そういや、宮璃も峰山さんも文化祭近いだろ、けっこう忙しいんじゃないか?」
たしか星高の一週間後だったはずだ。
「イチニィ。普通の文化祭はそこまで忙しくないんだよ。しかも中学だし。忘れちゃった?」
「でも、有志でいろいろ誘われたり」
「楽器弾けないし、人前で歌うの苦手なの知ってるでしょ。演技もできないし、セリフ憶えられるんなら学校の成績もっといいと思うよ。それに、さすがに夏休み予定詰め込みすぎたから、2学期はゆっくりしようと思って」
夏休み中の殺人的なスケジュールはさすがの宮璃もかなり疲れたみたいで、2学期始まってすぐはフラフラしてて今にも倒れるんじゃないかと思った。人気絶頂のアイドルとかあんな感じなんだろうな。まあ、宮璃も芸能デビューこそしてないけど、アイドルみたいなものか。並のアイドルなんかより動員力とか影響力あるみたいだし。
「あのときは私がきっちり仕切れなくて、ごめん」
宮璃に対しては素直さマックスの峰山さんが謝る。少し落ち込んでるみたいだ。
「いいよ。峰山さんが手伝ってくれるようになる前に、ほとんど決まってたから。それに疲れたけど楽しかったしね。それより、追加のお誘い調整してくれてすごく助かったよ。私だけなら絶対にスケジュールかぶったりしてカレンダー粉々になってたと思う」
「あれは、マジでありえねぇ感じだったな……」
思い出したのか、げんなりした顔をする峰山さん。確かに、思い返せばオレの見てた範囲でも、峰山さんしょっちゅう誘いを断ったり、予定を組み替えたりしてたもんなあ。誰かに恨まれて叩かれたりしなきゃいいけど。
そもそもあれ、どういう流れで峰山さん通すように徹底させたんだろ。宮璃の交友範囲めちゃくちゃ広いのに。
夕食を終えると、宮璃は問題集を広げて勉強しはじめた。峰山さんとオレはスマホをいじってる。
「ちょっと電話してくる。長いかもしんないから、宮璃はアレだったら先に帰ってて。んじゃあな」
そう言い残すと峰山さんは部屋を出ていく。オレたちは二人きりになった。
ふと、このあいだ峰山さんからキスされたことをやっぱり宮璃に相談しようかと思って踏みとどまる。勝手に話しちゃだめだよな。うん。
「そういえばイチニィ、放送部の人とスニークさん探しで何か撮影してるんでしょ?」
「ん? ああ」
「どうしてそんなことに?」
「んー」
こっちが知りたい。
「なんか、放送部で喋り担当の霧島さんってのがいて、オレたちを見てピンと来たらしい」
「よく引き受けたね」
「まあ成り行きでな……」
「楽しい?」
毎日学校を歩き回って2回、誰かの走る足音を聞いただけ。そういや、それ以外に誰かの走る足音とか姿とか見てないな。湯川さんにも言ったけど、とにかくこんなの──。
「特に楽しくはない」
「そっか……。寒いし、風邪ひかないようにね」
「気をつける。ってか、おまえは勉強しろ。このままじゃフラフラ遊び歩いて成績底辺の不良少女にしかなれないぞ」
「はーい、はーい」
勉強を再開する宮璃。そもそも以前はこうやって自発的に勉強することさえなかったんだから、成長したもんだ。きっといろんな人と接する中で学んだこともあるんだろう。偉い。言われなくても勉強はじめられる宮璃偉い。途中で雑談しかけても言われたらすぐ戻れる偉い。
結局、峰山さんが戻ってきたのはしばらくしてからのことだった。どうも二人きりのあいだにオレが宮璃へキスの件を喋ったんじゃないか気にしているようで、少し言動が怪しかった。
オレは峰山さんの心配を取り除こうと目で合図を送ったんだけれど、
「は? どうした? 目にゴミでも入った? てかこっちじっと見てくんなよキモい」
と、まるで伝わる気配がなかったので諦めた。せっかく安心させようと気を遣ったのに。察しの悪いヤツだ。
とはいえ、全体としては久しぶりに宮璃が来てくれたおかげで心穏やかな、ほのぼのと暖かい一日の終わりを過ごすことができた。
そして、翌日からは地獄だった。




