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第5の不思議︰スニークさん-15

 夜の撮影と言っても、集合時間は昨日と同じ、放課後の早い時間だった。つまり、昨日以上の長時間ロケだ。

 といってもやることは変わらない。校内を歩き回ってひたすらスニークさんを探す。

 野次馬は少し減った気がするけれど、相変わらず他校の生徒もいる。が、そいつらは昨日と同様、途中で警備員に強制排除されてしまった。


 そして下校期限を越えた。とたんに校内は静まり返り、本来のひと気がない場所に戻る。いや、さっきまで人で多少は賑わっていたせいか、いつもより余計に静かな気がした。


 暗い校舎を懐中電灯で照らして歩く。夜間調査をしたって言えるくらいの映像が欲しいだけなので、プレッシャーはない。時間的にもそんなにやらなくていいだろうってことだった。

 

 手慣れた様子で誰か隠れられそうな場所や何か隠せそうな場所を探りながら徘徊する。もう何周もしているので、かなり調べ尽くした感じだ。確認も念入りに調べるのではなく、ざっと見る程度。


 最初に霧島さんが一人で夜間撮影の導入を撮影し、調査開始から10分ほどが過ぎた。そろそろ終わろうかというそのとき、それは起きた。


 曲がり角の少し手前で、霧島さんが足を止めた。唇に立てた人差し指を当て、懐中電灯を消す。

 オレたちも同じようにして、耳を澄ませると聴こえた。誰かが向こうからやって来る。上履きを脱いでいるのか、足音はない。ただ、服のこすれる微かな音がだんだんと近づいてくる。


 あと少しで角からこちらへ来る。そこで不意に音が消えた。廊下の角で立ち止まり、そっとこちらを覗いてる姿が思い浮かぶ。けれど目を凝らしても何も見えない。ただ外からの明かりにぼんやりとした薄い闇の中、無機質な壁が途切れているだけだ。


 オレはそろそろと片方ずつ上靴を脱ごうとした。右足を脱いだところで、廊下の向こうからまた音が聞こえてきた。しかし今度は遠ざかっていくようだ。

 来るときよりスピードが出ているらしい。靴下が床を踏むトットットッ、という音。

 オレは左を脱ぐのを諦めてダッシュした。コーナーを曲がり加速しようとして、オレは数歩で立ち止まる。


 足音だけだった。目に見えるのは空っぽの廊下。


 今や相手の足音は早足どころじゃない。ダッシュしてるときのものだ。その足音が横手に逸れ、階段を上るか下るかして遠くなる。上か? 下か? 迷っているうちに音は小さくなり消えた。


「あの、えっと今」


 湯川さんだ。その後ろには霧島さん。スマホを構えてカメラをこっちに向けてる、霧島さんはなぜかひどく青ざめ、強張った顔をしている。いや、なぜか、じゃないな。そりゃ普通は怖いだろう。


「逃げられた。階段行かれて見失ったけど、後ろ姿は見えた。うちの制服着てたから、一人で隠れてスニークさんを探してたんじゃないか?」


 自分でも驚くくらいスムーズに嘘が出てきた。まあ、本当のことなんて言えるわけない。


 いや、でもそうなんだろうか。オレは嘘をついたんだろうか。


 辺りはそこそこ暗い。黒っぽい服を着た黒髪の人間なら、かなり見えにくい。

 そもそも足音だけが遠ざかるのを“見た”と思ったけど、本当だろうか。実際にはオレが前を見たとき、相手はもう階段に出る角を曲がった後だったんじゃないか? オレは前を見て走ってたわけじゃない。転ばないよう足元を見て曲がり、顔を上げきったのは止まってからだ。


 すべてはほんの数秒の出来事。思い返せば思い返すほど、無人の廊下を足音だけが遠ざかっていく光景なんて、目撃しなかったんじゃないかって気がしてくる。そもそも本当にそんなのを目撃したんなら、こんなに落ち着いていられるはずがない。

 そこまで考えてオレは納得すると同時に、少しがっかりした。



 その日はそれで撮影終了となった。まだ少し怖そうにしてたので、オレたちは霧島さんを放送部の部室まで送ってくことにした。


「部室まででいいのか?」


 霧島さんの気分を変えようと、珍しく雑談を振ってみる。


「動画の編集するから。他の部員も残って作業してるだろうし、ね? ……学校出るときは部員の誰かと帰る」

「動画の編集、自分でやってるのか」

「みんな忙しい……、動画編集は私が一番できるから……」

「逆に霧島さんは生放送の準備、手伝わないのか?」

「企画会議とか打ち合わせには出る……けど、他はあんまり。それこそ制作班の仕事だから……。その代わり……文化祭の二日間、あと前日の設営日もやるから全部で三日、私はほとんど……放送ブースで放送してる。トイレ休憩、くらい?」

「過酷だな」

「アナウンス班、私しかいないから。ね? それに長時間配信者よりは楽なんじゃない? 企画はあるし、音楽流してるだけの時間もあるし、ゲストも来るし」

「ゲーム実況とか一人で6時間とか8時間とかやってる人、ザラにいるもんなぁ」


 お昼の放送でゲストに呼ばれたとき、制作班の男子が霧島さんの命令を守って先生を入れないようにしてたことを思い出す。

 霧島さんの権力の源は、アナウンス班が一人しかいないってところにもあるのかもしれない。他には部分的に頭おかしいところとか、他人の弱みを的確に察知して刺してくるところとか。……ロクなもんじゃないな。


 そんな話をしながら歩いてると、霧島さんも落ち着いてきたようだ。放送部の部室が見えてきたところで別れる。


「また明日、ね?」

「ああ。じゃあまた」

「お疲れさまです」


 そしてオレたちは荷物を取りに自分たちの部室へ向かった。


 しばらく無言が続く。けれどそこはお互いさすがの郷土史研究会部員。特に気まずくはない。


「楽しいか?」

「へ?」

「撮影。基本ひたすら歩いてるだけだし」

「あ、えっと。そうですね。さっきみたいなこともあるし。だいたいこういうの、結局何も起こらないことが普通、みたいなところあるんで、はい」

「それならいいんだけど」

「えあっと、長屋くんは」

「オレか?」


 正直、自分がどうかなんて考えてもなかった。今のオレにとって一番存在感あるのは峰山さんのことで、その他は峰山問題から目をそらすためのものでしかなかった。けど実際のところどうなんだろう。楽しいのか?


「ダルい」

「あっ、そっ……すいません……」

「湯川さんが悪いわけじゃないだろ」


 フォローするが、湯川さんは浮かない顔だ。


「どうした?」

「いえあの、スニークさん探し、探すことで不思議を追い求める、えと、ワクワクみたいなのに、えとその、目覚めてくれたら、とかちょっと。あでも、普通の人にはダルいだけですよね……」


 言いながら、さらにしょげる湯川さん。どうやら今回のことでオレがオカルト仲間になることを期待してたみたいだ。……オレを仲間にしたい、だと? それってもうフラグでは? ……相手が湯川さんてことは死亡フラグなんだろうけど。


「いやいやいや。なんだ、ほら。あー。現場に繰り出すって、上級者向けだろ? オレだってけっこう怪談サイトとか見て、興味なくはないんだ」

「あ、じゃあ青い部屋、って知ってます? 稲川淳二さんのほうじゃなくて、怪談サイトなんですけど」

「いや、知らないな」


 稲川淳二じゃない方って前置きからそもそもついてけてないんだが。


 湯川さんがスマホを取り出す。少ししてURLが送られてきた。


「けっこうおすすめなんで、あの」

「解った。今度見てみる」


 ニチャアっとした笑みを浮かべる湯川さん。こうしてオレは湯川さんの好感度アップに成功したのだった。

 霧島さんもさっきの、咄嗟に足音を追ったオレの勇姿や帰りに送って行こうって言った優しさに普段の放送部員からは感じたことのない何かを感じて、今ごろ動画編集しながら意味もなくオレの映ってるシーンで一時停止してる自分に気がついて動揺してるはずだ。


 なんかあったよな。一人の男を巡って女が一人ずつ脱落してくやつ。宮華や日下さん、兎和の好感度はこれ以上あげられないところまで来てるから、これあれだな。やっぱ近々オレ死ぬな。運を使い果たすとかバチが当たるとかじゃなく、シンプルに女子同士のいざこざに巻き込まれて。


 ……やめよう。なんで楽しくない妄想してるんだ。疲れてんのかな。だいたい宮華たちの好感度がカンストしてるって何だよ。それであれとか、憎悪や軽蔑のパラメータは上限100まであるのに好感度だけ3までしか上げられないとか、そういうことか──まあ、実際ありそうでイヤだな。

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