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第5の不思議︰スニークさん-14

「おい、今の」


 オレたちは慌ててスマホのカメラを音のした方へ向ける。が、それっきり何も起こらない。少しして、何人か階段を降りてくる足音がした。校内で見覚えのある男子二人が顔を出した。すぐ後で、下からも女子の三人組が上がってきた。


「いま、足音……したよな。誰か来たか?」


 背の高い男子に訊かれ、オレは首を振った。


「いや、来てない」


 女子グループもうなずく。


「イタズラとかじゃ……?」


 オレは肩をすくめた。


「違う。けど、証明はできないな。そっちこそどうなんだ?」


 オレたちはお互いを胡散臭そうに観察した。すると突然、背後から声がした。


「えっと今ですね。急に足音が聞こえて。こう、階段を何段か走り下りるような音が。それが消えたと思ったら少しして、上の階の生徒が降りてきました。向こうもこちらもお互い何も見てないんですけど」


 湯川さんだった。自撮りモードでスマホに喋りかけてる。普段とはまるで違う、流暢な喋り。これ、何か今後の展開で活きてくる伏線かなにかだろうか。それくらいの変貌っぷりだ。


 湯川さんは撮影しながら階段のところまで行くと、たぶん手前に自分、背景に階段を入れつつ言う。


「見たところ階段におかしなところはなさそうです。ほら、ちょうどあそこ」


 振り返って階段の中程を指差す


「あの辺りを走って降りたような、そんな音でした」


 湯川さんは手際よくレポートを終えると撮影を切った。


「湯川さん?」

「あだ、あの、すいません。霧島さんいなかったから。あ」


 湯川さんは手をひらひらさせて、どうぞどうぞという仕草をした。


「まあ、じゃあ」


 かなり困惑した様子で五人はそれぞれの階に戻っていった。困惑具合で言えばオレも似たようなものだったし、なんならあの男子二人と首をひねりながら立ち去ってそのまま行方をくらましたいくらいなんだが、そうもいかない。ムダに新たな一面を発揮した湯川さんと取り残される。


「もう行った?」


 霧島さんが出てくる。中で様子をうかがってたらしい。


「女子が喋ってたけど、ひょっとして向こうも動画撮影してた?」

「いや、あれは湯川さんだ」

「へぇ」


 霧島さんは驚きもせず受け入れた。本人が撮影のときは人格変わるタイプだから、違和感ないんだろう。


「それで、撮れてた?」

「あ!」


 オレは撮っていた動画を再生した。入ってる。スマホのマイクがしょぼいせいか、かなり小さいし遠いけれど、よく聴けば階段を走る音が。数えてみると4段分。いきなり現れていきなり消えている。


「ちょっと厳しい……調整したら……」


 音の悪さに厳しい顔をする霧島さん。


「まあ、後で動画……ちょうだい。ね?」

「もちろん」


 その後も下校期限ギリギリまでオレたちは粘った。歩いていると他のグループでも、スニークさんらしき足音に遭遇したって話が耳に入った。

 が、オレたちにはその日はもう何もなく、時間切れで帰ることにした。1日目の締めを撮影して解散というところで、霧島さんが言った。


「そっちの部は夜間活動申請、出した?」

「いや」

「そう……」

「どうした?」

「一度、夜間調査もしたくて……。放課後は人が……多いし」

「でも犯人がいるなら、そいつも下校期限までしか残ってないんじゃないか?」

「その、犯人がリモートとかタイマーとかを使ってやってるとしても、あの、夜間は切ってると思うんですよね。えっと、さっきのほら、夜は警備員が巡回してますから」


 湯川さんが言う。積極的に意見言うなんて珍しい。やっぱり好きなんだな、と思うと同時に意外でもあった。


「湯川さんは犯人いると思ってるのか? 心霊現象とかじゃなくて」

「はい。そう、ですね。まずその、えと、ありそうな可能性を潰して、それでも不思議が残れば本物です。ビリーバーと懐疑派って紙一重じゃないですか。好きだから調べる。調べると怪しかったり、否定できたりする。でも好きだからどこかに本物があるんじゃないかと思って調べる。私はそうで、えと、つまり」

「いや、解った。で、霧島さんはなんで夜に?」

「夜に調査してるって絵が欲しい。人のいない暗い校舎を調べてるほうが雰囲気出る、でしょ?」

「動画を盛り上げるためってことか」


 霧島さんはうなずく。


「ウチは生放送の準備とかで夜間活動取ってるから……。その協力ってことで。もし怒られたら、ね?」

「こっちだって部誌の準備で忙しいんだ。一回だけだぞ」


 みんな原稿はほぼ終わってるけど、オレはそろそろそれをWEBマガジンにしないといけない。家で作業するつもりだが、なんせやったことないから時間が掛かりそうなのだ。


「充分。なら、明日。湯川さんも?」

「あ、はい」


 それで決まりだった。



 学校を出ると心身の疲労が一気に来た。放課後じゅう校内をうろついていたこともあるけど、精神的なものも大きい。何も起こらない中で撮影を続けるプレッシャーがかなりあったのだ。自分たちじゃどうにもできないとはいえ、30分1時間ひたすら校内を歩いて、しかも何か言うこと、やることを考えないといけない。小型スピーカーが仕込まれてないか探してみたり、状況をレポートしたり。

 それでいてネタになるものは少ないし、そうしたことを周囲の音に耳を澄ませながらやらなきゃならない。撮れ高、という言葉が重くのしかかる。


 帰宅すると当たり前だけど峰山さんがいた。スマホいじってる。


「ただいま」

「おかえり」


 そこで会話が終わる。もともとこんな感じで、普段からお互いほとんど話さない。険悪とかそういうことじゃなくて、たんに話すことがないのだ。

 郷土史研究会で鍛えられてるオレはいつもならそんな沈黙、気にもならない。けど今日は違う。おとなしくしていたキス事件がジワジワと意識を支配する。


 あれは何だったのか、さすがに質問してもいいと思う。世論の圧倒的な支持も得られるだろう。けど、聞けない。理由はない。なんとなくだ。


「あ? なに?」


 オレの視線に気づいて峰山さんが顔を上げる。


「あ、いや、ちょっと疲れてぼんやりしてた。じゃあオレ、部屋にいるから」

「ん」


 リビングの片隅に長らく放置されてる共有ノートパソコンを抱えると、オレは自分の部屋に逃げた。

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