第5の不思議︰スニークさん-13
翌日の放課後。部室に再び霧島さんがやって来た。
「じゃあ打ち合わせ……ね?」
一言目がそれだった。じゃあ、ってなんだよ。そんな約束してないだろ。
いつもなら軽快にそう突っ込むオレだが、そのときは違った。
「ああ」
それだけだ。ちなみに霧島さんが現れるやいなや、他の女子三人はいそいそと人見知りを発揮してフリーズしていた。
それから霧島さんは今回の動画のコンセプトやら、事前に調べたスニークさんの目撃情報について説明していたようだけれど、オレは上の空でほとんど聞いていなかった。
前の晩、宮華と通話を終えたあと部屋へ来たのは峰山さんだった。
部屋に入ってきた峰山さんはパジャマ代わりのジャージを着ていて、風呂上がりですっぴん。メイク時の峰山さんはバチッとした派手な顔だけれど、素顔はかなり地味だ。糸目ならぬ糸眉の下の目は小さく、鼻と口もなんとなく小ぶりでちんまりしてる。ライトブラウンに染めた髪がちぐはぐな印象になってる。
峰山さんは部屋に入ってくるなり、ベッドに座ってるオレめがけて無言でまっすぐ近づいてきた。あ、殴られる。そう思った。騒音トラブルって言葉が頭に浮かぶ。
ところがオレのそばまで来ると、峰山さんはその場に立ち尽くした。険しい顔で、なぜか少し涙目になってオレを見下ろしてる。
肩を掴まれた。そのまま結構なスピードで軽く後ろへ振りかぶった峰山さんの頭が近づいてくる。頭突きか。オレは衝撃に備え軽くアゴを引き、目を閉じた。
唇on唇。
勢いのせいで唇の内側が切れ、痛みと血の味が疾走る。が、外は柔らかい感触。峰山さんの鼻息が僅かにオレの鼻の脇をくすぐる。
目を開けると峰山さんの頬から耳にかけてが見える。
そのまましばらく時間が経ち、唐突に体を離した峰山さんは無言で帰っていった。
「?──!?」
オレはさっきまで峰山さんの唇が触れていたところに指を当てる。混乱とキスしたことへの衝撃に頭がオーバーヒートした。
復帰まで、体感で10分くらいはそうしてた。それから最初に思ったのは“なんで?”だ。
そりゃ女子からキスされたらそれだけで好きになっちゃっても不思議じゃない男だし、実体験ともなるとそれだけでご飯何杯でもいけちゃう感じだけれど、それより何より怖かった。
なんせ心当たりがまったくない。確かに峰山さんがウチで暮らすようになるまで色々あったけど、活躍したのは宮璃の方で、オレはその脇であたふたしたり醜態を晒してただけだ。
何気ない言葉が峰山さんに突き刺さったとかもたぶんない。ゲームのNPCのほうがまだ身のある話をしてたんじゃないだろうか。
“あれ? 何かやっちゃいました?”どころじゃない。何もしてない。立てるようなフラグも存在してない。
じゃあ……なんだ? なんなんだ? 罰ゲーム? 呪術? さっぱり解らない。やだ、怖い。
再びパニックに呑まれたオレはおもむろに電気を消すと、寝た。
そして翌朝。オレたちは“おはよう”と言ったきり、特になんのコミュニケーションもなくそれぞれ家を出た。つまりはいつもどおりだ。
そんなわけでオレは一日、峰山キスの衝撃から立ち直れないままぼんやり過ごしていた。一瞬、宮璃に相談しようかとも思ったけど、やめた。さすがに峰山さんの許可なく他人に話していいことでもないだろう。
峰山さんは精神的に不安定なところもあるので昨夜のこともきっとそれ絡みのアレなんだろう、と考えることでなんとなく自分を納得させてはみたものの、それで気持ちを切り替えられるはずもなかった。
「放送部から参加するのは私だけ。他のみんなは忙しくて」
だから、そう言われたときも意識のほとんどは峰山さんに占拠されてた。
「じゃあ、ウチからもう一人出そう」
単純に、峰山さんと二人きりが嫌だったのだ。いま思えば完全にどうかしてた。メンバー的にそんなものに進んで参加したがる部員なんているわけないことくらい、普段なら考えるまでもなく本能レベルで解ったはずなのだ。
ところが、これが上手くいった。
「あの、すいません。ちょっ、あの、私、こういうの好きなんで……いいですか?」
湯川さんだった。
「あれ? こういうのもう関わらないって」
言ってから自分の言葉にハッとして我に返る。もうね。バカに手放しでオートパイロットさせたらロクなことにならないっていうね。七不思議創りとスニークさんを完全にゴッチャにしてた。
気づけば宮華と日下さんは“なに言ってんだコイツ”みたいな顔してるし、確かにオレ、なに言ってるんだろうね。おかしいよね。ハハッ。
湯川さんも焦ったかもしれないけど、もともと人と話すときは焦ってるように見えるから、よく解らない。
「いえっ……あぁの、えー。いやちょっとあれから考えたんですけど、やっぱり興味あるんで。はい」
いつも早口だけれど、それをさらに1.5倍したスピードだった。
「湯川さん……、原口さんとオカ研作ろうとしてた、でしょ?」
「あっ、いやあの、はい。すみません」
「よく知ってるな」
「あのとき、原口さんにインタビューしようとして……いろいろ調べてて。新聞部が独占インタビューとかやらかしたから……、こっちはなくなっちゃったけど」
霧島さんは湯川さんをじっくりと眺めた。
「まあ、ホラー向き、ね?」
「ん? ああ、そう、だな」
どっちかって言うと主人公側よりキラー側って感じだけどな。
そんなわけでまさかの湯川さん参戦ってことになった。
そして今。そう。ここまでは長い回想だったわけだ。オレと湯川さんはすっかり日の暮れた廊下で霧島さんを待っていた。
撮影の流れはこうだ。まず、湯川さんが事前に導入部分を撮る。それからオレたちと合流して校内をうろつく。これまでの目撃例から、普段使われてない校舎、そして日没以降が狙い目らしい。
途中、霧島さんは別撮り? とにかく一人でまとめとか何とか、とにかく一人で撮影するタイミングを作る。基本的には空き教室での撮影だ。その間、オレと湯川さんは廊下に残り、誰も中に入れないようにする。
撮影はよっぽど運が良くなきゃ一日では終わらない。ちなみに、撮影機材は各自のスマホだ。
こうしてオレたちは放課後の校内に繰り出したわけだが……。
「なあ。霧島さんがスマホで撮影しながら歩き回ってたら、放送部で何かやるってバレちゃうんじゃないか?」
「でも、新聞部だって……さっきから取材してまわってる、でしょ? 私たちが撮影しててもおかしくない……。むしろ何やるのか期待感高まるのは……いい宣伝。ね?」
「まあ、そう、か?」
確かに取材中の新聞部とはさっきから何度かすれ違ってる。あるときは写真撮ってたし、あるときはそこらの生徒に話を聴いていた。つまりそれだけ、賑わってるのだ。
ヒキコサンのときと同じだ、スニークさんに会おうと暇な野次馬が湧いていた。どこに行ってもオレたちの他に1組2組は人がいる。もちろんソロの人間も。
さらに文化祭準備のために普段は無人の教室もけっこう使われてた。部室が狭いとか、有志グループで部室がないとか。
放課後、ひとの気配が消えた静かな校内を、怪異を求めて探索して回る。そんなイメージからは程遠い状況だ。
こうして霧島さんを待っている今も、廊下の反対側では男2女2のグループが楽しそうにしてる。しかも女子の二人はそれぞれが違う学校の制服を着てる。
そのグループだけじゃない。他にも他校の生徒がチョイチョイ紛れ込んでいる。中には他校生だけの集団もいた。まったく。この学校の警備はどうなってるんだ。なぜオレの手札には他校の女子を呼ぶカードがないのか。うらやまけしからんというのは死語なのかどうか。
「お待たせ」
そう言って撮影を終えた霧島さんが出てきたときだった。
その者青き警備員の制服をまといて廊下の両サイドに巨漢が現れた。
「そこの所属不明の女子生徒に告ぐ。貴殿の所属と学籍番号を名乗られよ」
向こう端に現れた警備員が太く低い声で言う。慌てて振り返りこちらへ逃げようとして、男女4人組は足を止めた。なんせこっちからも警備員が来てるのだ。
二人の警備員は両手を広げ、彼らに近づいていく。
「そこの所属不明の女子生徒に告ぐ。貴殿の所属と学籍番号を名乗られよ」
向こう側の警備員が同じセリフを繰り返す。もしかしたら脳のメモリの関係でワンフレーズしか憶えられないのかもしれない。なんせ人というよりはゴリラの近縁種みたいな体格なのだ。にしても、そのフレーズはどこで吹き込まれたのか。考えた奴の顔が見たい。
あちらとこちらをせわしなく見回した末、男子二人は覚悟を決めて警備員の方へ突撃した。このまま何もせず女子二人からの評価を下げるよりは、と思ったんだろう。たんに女子を置いて逃げようとしただけかもしれないけど。
足払い一閃。二人は床に倒れ、屈強な警備員に抑え込まれる。二人がかりでも警備員の体はびくともしない。
一方で女子二人のところにはもう一人の警備員が迫っていた。
「ちょっと、なんだよ! 触んなよ! セクハラで訴えるかんな!」
「離せ! 離せってば!」
騒ぐ他校の女子たち。
「私は女だ」
警備員が言う。その声は確かに低くて野太いけれど、よく聞けば女性のものだ。いやでも、もう一人の警備員と体格そう変わらないんだが?
向こうの女子たちも驚いて一瞬静かになったが、すぐにまた“ふざけんな”とか“裏声で嘘ついてんじゃねぇ”とか騒ぎだす。
「後で証拠を見せてやる。いいからさあ来い。お前たちには学外教育が必要なようだ」
こうして四人は警備員に連行、というかそれぞれが左右の肩に担がれていった。
気づけばあちこちから悲鳴が聞こえる。きっと警備員たちが一斉投入されて他校生やその仲間をまとめて捕獲しているんだろう。ひょっとして、このためにわざと他校生をあっさり中へ入らせたんじゃないだろうか。
オレはその声を聞くともなしに聞きながら、女性警備員がオレたちの横を通り過ぎざま“他校の奴じゃなくて命拾いしたな”と小声で囁いていたのを思いだし、背筋を寒くしていた。
霧島さんは警備員に気づかれないようダランと垂らした腕の先、手首を微妙に曲げて上下逆さに持っていたスマホで一部始終を撮影していた。
「ごめん。ちょっとまた、一人で今のことコメントしてくる。二人は撮影してて。もし警備員から逃げてきた生徒がいたら、呼び止めて話を聞かせてもらって」
そう言うと霧島さんは出てきた教室へ戻っていった。悲鳴はいつの間にか止み、残された生徒たちが息を殺しているのが落ち着かない空気感として漂っているようだ。
「今日はこれもう、だめだな。明日だ」
「そう、ですね。はい」
そのとき不意にすぐそばの階段を何段か駆け降りる足音がした。




