第5の不思議︰スニークさん-07
次の日からオレたちはスニークさんを捕まえるべく、暇を見ては人のいないエリアをうろついて回った。
とはいえこれがなかなか難しい。他にもスニークさんと出会おうという生徒がやたらあちこちにいたのだ。そのせいか、あれから新たな遭遇情報は増えてないらしい。
そうこうしているうちに、とうとうあの日がやってきた。
始まりは2学期開始して早々のこと。オレは男子生徒に廊下で呼び止められた。手渡されたのは1枚のコピー用紙。そこには“部活紹介企画台本(郷土史研究会)”と書かれていた。
・オープニング
→軽く紹介します。挨拶程度。
・1曲目
・コーナーイントロ
・部活を紹介してください。特徴や部員構成、主な活動内容など
・部活で一番の特色、いいところを教えてください
・一番印象的だったことを教えてください
・まだ見ぬ入部希望者へひとこと
・エンディング
・2曲目
放送部だった。
星高には放送部がある。といってもたいしてやることはない。そこで5月ころから唐突に始まったのがお昼の放送だ。月曜から金曜のお昼休み。月水金が霧島春姫をメインパーソナリティーにした音楽とトーク。火木は音楽のみ。あまり集中して聴いている生徒はいないが、BGM的になんとなく聴かれている、そんな番組だ。
そして6月から不定期で行われている企画が部活紹介。毎回一つの部の部長がゲストに呼ばれて、インタビュー形式でそれぞれの部活を紹介する。時季外れではあるけれど新設校だし、来年の新入生向け部活紹介の予行演習みたいな意味もあるんだろう。
もちろんオレも、薄々いつかは呼ばれるんだろうと思っていた。ただ、特に誘われることもなく1学期が終わった時点で、なんとなくもう回ってこないような気がしていた。もちろん願望でしかなかったんだけど、本当にそんな気になっていたんだから仕方ない。
呼び止められてこの台本というメモ書きを渡されたときは、わりと本気で驚いたよね。
いちおう文化祭前は忙しいだのなんだのゴネてはみたけれど、聞けばこの放送内容が三学期にある各部の予算分配にあたって参考になることが決まっているらしく、不参加は非常に不利、とのことだった。そうなるともう、出るしかない。結局、個々の部員についてはあまり触れないでくれと頼むだけで、オレは出演を承諾した。
そして当日。オレは放送室を訪れた。まず機材のある部屋を抜けて、その先の狭い部屋へ。部屋の中は防音になっていた。中央にテーブルがあり、その上にマイクが二つ。二人が向き合って座る配置だ。
もう霧島さんは来ていた。奥側の席に座り、何もつけてない生の食パンを一切れ、もぐもぐしながら台本に何か書いている。
肩のあたりまで伸ばした髪にゆるくパーマがあたっていて、どことなく狐っぽい顔立ち。目は強キャラの証、糸目だ……いや、違うな。ひどい寝不足みたいに半目になってるだけだ。
「おはようございます……。お願いします……」
霧島さんは半目のままオレを見ると軽く頭を下げて言った。
ん? 霧島さんはわりと張りのある声と、軽快かつ出過ぎないトーンの喋りが持ち味だ。なのになんだろう、このボソボソした喋りと地の底みたいなテンションは。
「台本……大丈夫です?」
「えっ? あ、ああ」
「そうですか……。じゃ、お昼、今のうちに」
「えっと、あ、そういう」
持ってきてない。霧島さんもそのことに気づいたけれど、特に気にした様子はない。仕方がないのでオレは霧島さんが食パンを食べながら台本チェックするのを眺める。
寝不足なのか、もとからなのか、霧島さんはずいぶんどんよりとした目をしている。日下さんに負けず劣らず、動作がいちいち気怠そうだ。ダラダラっていう言葉がしっくりくる。
しばらくすると部屋の中のスピーカーに隣からの声がした。
「10秒前です。9、8、7、6」
霧島さんの指がマイクの脇にあるスイッチへ掛けられる。目はオレの背後、機材室とこちらを隔てる窓へ向けられていた。その顔はさっきまでの疲れたようなものとは違い、真剣そうだ。そしてスイッチが押される。瞬間、霧島さんは変わった。
「みなさんこんにちは。お昼の放送です。番組パーソナリティーはいつもの私、霧島春姫。そして本日はですね、ゲストお迎えしています」
少しかすれ気味だけれど、しっかりとした聞き取りやすいその声。わずかに弾むような抑揚と、喋るのが楽しいんだなって感じさせるテンション。いつも耳慣れた霧島さんの声だ。
「取り上げる部の部員からだけは大好評の部活紹介。今回は逆ラブ地蔵で一躍有名になった郷土史研究会の部長、長屋一路さんです。今日はよろしくお願いします」
「あ、お願いします」
「長屋さんにはあとでたっぷり喋ってもらうとして、まずは1曲目。ヨルシカでヒッチコックです」
イントロが流れ始めると、霧島さんはスイッチを切った。とたんにまた、どんよりした雰囲気に戻る。まるでそのスイッチが霧島さんそのもののオンオフを切り替えてるみたいだ。
霧島さんは食パンの残りをむりやり口に押し込むと、牛乳で流し込んだ。そんな霧島さんを横目にオレは机の上にスマホを置いて、この日のために書いてきたメモを表示させる。
やがて曲が終わり、ふたたびスイッチを入れる霧島さん。
「それではここからは部活紹介です。郷土史研究会のみなさん、聞いてますか? 長屋さんいま喋る内容メモしたスマホを机の上に置いてるんで、絶対に失敗しないって意思が伝わってきます。いつもこんな感じなんでしょうか。今日はそのまじめなところを崩してみたいと思います。よろしくお願いします。それでは早速ですが自己紹介を」
「長屋一路。郷土史研究会の部長をやってます。ウチの部は僕を入れて5人、再来年の部活認定までリーチの状態ですね」
「そもそも郷土史研究ってなにをするんですか? 歴研とかぶってません?」
霧島さんはオレたちのことや郷土史研究について、きちんと予習してきたみたいだった、その上で的確な質問を投げ、オレがメモを見ながらたどたどしく答えるのを上手くフォローし、不快にならない程度にからかい、上手くリードしてくれた。おかげでオレは、まるで自分が巧みにトークしているような錯覚を抱いた。
雲行きが怪しくなったのは、三つ目の質問に答えている途中でのこと。
 




