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第5の不思議︰スニークさん-06

 宮華は唐突に意見を求められ、あたふたしながら答えた…


「えっ? 潰せる。違う。可能性は潰せないけど、そいつ自身は潰せる」


 なあおい宮華。それ少年漫画の悪役が言うやつや。


「で、どうするんだ?」


 オレは宮華に尋ねた。なんとなくこれまでで郷土史の方はオレが仕切り、七不思議は宮華が仕切る流れができていた。兎和がいないとき限定だけどな!


「まず……本当にそんなことが起きてるのか調べるのが先決ね。誰が、なんのために。身柄さえ押さえちゃえば、そんなことはどうにでも聞き出せるでしょ。気を付けて欲しいのは証拠をきちんと手に入れること。みんな忙しいとは思うけど、なるべく空いた時間はひと気のない場所を歩いてみて。怖がって立ち去らなければ、たぶん簡単にタネは割れると思うから。もし誰もいなくても、周囲をよく調べてみて。必ず仕掛けがあるはず」


 一度湯川さんにバレたことで耐性がついたのか、ここまでの会話で落ち着いたのか、宮華はまだ顔色こそ悪いが的確に指示を出す。


「なあ。ちょっといいか?」

「なに?」

「この話って七不思議になるのか?」


 言われて宮華は黙り込んだ。不愉快そうに唇を結んで、ややうつむく。そのまま、30秒は経っただろうか。宮華は顔を上げ、口を開いた。


「悔しいけれど、そうなるでしょうね。無関係な生徒からしたら、違う人間がやってるなんて意識ないもの。噂としてもう広まってるなら、消すことはできない。ああ、私たちが犯人を晒し上げれば別だけど。さすがにそれは一線超えてるでしょ。まあ、今後そのラインの位置は変わる可能性もあるけど」


 だからそれ悪役。


「部誌作りで身動き取れなかったのが敗因。でも、まさかこんなことになるなんて思わないもんね」

「しかも、学校側に警戒されてるタイミングで仕掛けてくるなんてな」

「リスクを取るなら、これまで無関心だった生徒からも注目を浴びる今の時期は悪くない。ハイリスクハイリターンってやつ」


 するとまた、兎和が打ち切るように言った。


「じゃ、そういうことで。私はもう生徒会室に戻らないと。無理言って抜け出してきたの」


 そして兎和は出て行った。


「あの、じゃあ、すみません。私も」

「なにか気づいたらいつでも連絡してね」


 宮華が普段とは違う優しい声で言うと、湯川さんは何度も頭を下げながら帰った。


 残されたオレたちはなんとなく黙って座っていた。静けさが天井から下がってくる。


 どれくらいそうしてたろう。


「帰る。原稿書かないと。長屋くんも自分のぶん、その、がんばって」


 日下さんはそう言うと、オレたちを残して去った。


「オレたちもそろそろ帰るか」


 外はもう、日が暮れかかっている。


「そうね」


 けれど宮華は立ち上がらない。


「どうした?」

「ううん。湯川さんのときもそうだったけど、ちょっと宮璃の顔がチラついて。もし私たちのしてることがバレたとして、私が罰を受けるのは覚悟してるけど、やっぱり宮璃が影響受けるのは可哀相で」

「けどそれも、覚悟の上だろ」

「そうなんだけどさ。実際こうなってみたら……怖くて」

「やめるか?」

「いまさら?」

「別にいいだろ。みんな責めないだろうし。こんなこと、四つやっただけでも快挙だろ」


 宮華は答えない。


「とにかく、やめるって言うんならオレは賛成する。続けるなら付き合う」

「イチロはどうしたいの?」

「だから宮華のしたいようにするのがオレのしたいことだ」

「どっちでもいい。それくらいのものなの?」

「違う」


 そう言ったきり、今度はオレが黙る番だった。これまで自分が漠然と感じてたこと。それに初めて向き合う。ふわっとした曖昧なものが、少しずつ鮮明になって言葉になる。オレはできた言葉から口にしていく。


「七不思議創りが面白そうだって気持ちは、今もある。実際楽しいし、バレるかもってスリルも意外と楽しめてる。けど……それよりもこの場所を続けたいって気持ちの方が今は大きいんだ。ほら、おまえもそうだけど、ウチの部に居付くヤツって、みんなどっか余分だったり足りなかったりして、他人とやってくの苦手な人間だろ。オレはそんな奴がここに来て気を張らずに居心地よくしてるのが気に入ったんだ。だから、お前にもなにかを我慢するんじゃなくて、したいように過ごしてほし──って、何だその顔」


 宮華は口を強く閉じ、眉間にシワを寄せて目を細め、何かこらえるような顔をしている。


「泣きそうなのか?」


 次の瞬間、宮華は盛大に吹き出し、笑い始めた。え? どういうこと? オレまた何かやっちゃいました?


「なっ、泣きそうなのかって……そっ」


 オレは宮華の笑いが収まるまで、ただ待つしかなかった。


「ごめん。真面目な顔で何か言い出したと思ったら、熱く語るんだもん。そしたら“熱血男 長屋一路、大いに語る。ただしいい気分で”って言葉が浮かんできて、それがなんか可笑しくって。でも笑っちゃ悪いって思ったから我慢してたのに、急に深刻な顔して泣いてるのか、って」


 また笑いの発作に襲われる宮華。オレはそんな宮華に腹が立つと同時に、さっきの言葉が恥ずかしくなってきた。真面目になるのは恥じることじゃないけど、ご大層なことを言い過ぎた。しかも、それを聞いた宮華が泣きそうなんじゃないか、だと? オレは何様なんだ。


「まあその、アレだ。オレはみんなにのびのび過ごしてほしくてだな」

「きょっ、それ教育方針……。くっ、死んじゃう。もういいよ。わかったからやめて」


 ようやく笑い終えると、宮華は目に浮かんだ涙を拭い大きく一つ息を吐いた。


「私は結局、いいお姉さんにはなれなさそう。七不思議は続ける。諦めるとしたら、失敗して全部バレちゃったときだけ。引き返せるうちに引き返すような人間は、そもそもこんなことしない。私も、ぶふっ、どこか大きく足りないんでしょうね」

「オレのセリフ引用して笑いそうになるのやめて」

「じゃあ、イチロさっきの話もう一度して。最後まで聞いたけるから」

「……くっ、殺せ」


 そのとき、誰かの近づいてくる足音が聞こえた。オレたちは息を殺し、耳を澄ます。足音は徐々に大きくなり、やがて角を曲がってオレたちの部室が見える、というところで驚いたように足踏みをして消えた。

 まるで部室の明かりを目にして立ち止まったようだった。速やかにオレたちは足音を殺してドアへ近づくと、廊下へ出た。誰もいない。走って足音のした方へ行ってみたが、やっぱり誰もいない。


「部室の明かりを見て、上靴脱いでダッシュで逃げたんだと思う」

「そ、そうだよな。そんな都合よくスニークさんが現れたりしないよな」

「スニークさんの仕掛人がやってるのかもしれないけど。普通ならわざわざ足音消して逃げたりしないでしょ」


 そんなことを言いながらも、いちおうオレたちは周辺を捜索してみた。何も見つからない。なんとなく微妙な空気が流れる。


「そういえばさ、中学の女子を連れ込んで同棲してるらしいじゃない。それって宮璃の教育上よくないと思うんだけど」


 部実へ戻ると気分を変えるように宮華が言った。


「オレが望んだところで、そんな状況になると思うか?」

「思わない。けど、その子が自発的にイチロと暮らしたがる方がもっとあり得ないでしょ」

「まあそうなんだが、あれは……言いにくいんだけど宮璃の提案なんだ。それと峰山さんはウチで暮らしてるが、二人暮らしってわけじゃないからな。ホームステイとか下宿みたいなもんだ」

「なんで宮璃がそんなことを」

「うーん。流れでな。今思い返してもそうするのがベストだったんだよ。あ、もちろん宮璃に言われたからそうした、ってわけじゃないぞ。どっちかって言うと、親が一番乗り気で……もういいだろそれは。仕事とプライベートは分けてこうぜ」

「でも、そうやって身近に女の子はべらかしてるからラノベ主人公だとか、空想とラノベの区別がついてないとか陰口叩かれるんでしょ」

「なっ。いや、あれはオレがモテて見えることに対する嫉妬と羨望の言葉だよ」

「それはない」

「素に戻るんじゃない。そうとでも思わないとやってけないんだよ。実際、峰山さんはおっかないだけだし、仲良くもないし。言わせないでくれこんなこと。なんならこの部もオレのハーレムを形成する一部だと思われてるんだからなたぶん」

「最悪。嘘でしょ」

「嫌がらせで言ったんだよ。だから素に戻るなって」

「無理。そんな話に乗ってたら頭がおかしくなる」


 オレたちはしばらく不毛な言い合いをしてからスニークさんを絶対に捕まえて破滅させることを誓い、それぞれの家路についた。


 現実なんてこんなものかもしれない。怒りも不安も悲しみも、嬉しいことや楽しいことも、熱い言葉や劇的な出来事ではなく、どうってことない日常会話の中になんとなく溶けていくのだ。



 帰宅したオレを待っていたのは、夕飯が冷めたことに対する怒りで不機嫌さマックスの峰山さんだった。やっぱり現実はそんなもんだ。やれやれ……。なんて受け入れるわけないだろ。オレはこんな理不尽認めないからな。徹底的にあらがって、いつか絶対に“同じ屋根の下、年頃の男女が二人。何も起きないはずがなく……”みたいな状況に持ち込んでやる。


 とはいえ今日のところは疲れたし、おとなしく怒られておこう。明日から本気出す。

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