第5の不思議︰スニークさん-02
先生は一人ひとりに夏休みのことを訪ねていった。ただ残りは全員、たまに部活で集まる以外はいつもの土日が繰り返し続いてるような毎日だったという話で終わった。
みんな先生を警戒して多くを語らなかった、という可能性もあるけど、たぶんただの事実だろう。話を膨らませないことについて、ウチの部はいずれ劣らぬ達人揃いなのだ。
ただ、そのなかで一つだけ先生に感心したことがある。日下さんにも湯川さんにも、他の全員と同じような態度で接していたことだ。
たんに性格が大雑把なだけなんだろうけど、オレや宮華相手のときに比べて変に気を遣ったり、距離を感じさせるようなことがないのは好感が持てた。
「なるほど。まあ高1の夏休みなんてそんなものだ。鶴乃谷君以外は誰も塾に行ってないのは気になるが、おおむねみんな成果を出しているしな。──ところで、夏休みに部活なんて、何をしていたんだ? ああ、いや、冗談だよ。解ってる。解ってるぞ」
来た! 一気に鼓動が早まる。オレは次の言葉を待った。ずいぶん長い沈黙があったように感じたけど、実際はひと呼吸もない時間だ。
「部誌づくりを始めてるんだろう? いやあ、期待してなかったが言ってみるものだな。顧問の意向を素直に受けとめる。長屋君に部長を任せてよかったよ」
瞬間、空気が殺気立った。そりゃそうだ。すぐには本題に入らず、猫がネズミを弄ぶようにそんな冗談でオレたちを翻弄するなんて、悪趣味きわま──いや、違う! すべての殺意が先生の脇をすり抜けてオレに向けられている。具体的にはみんな無表情にまばたきもせずオレを凝視している。
ははぁん。解ったぞ! オレが部誌のこと黙ってたからか。伝達ミスってことでオレ一人を犠牲にしてみんなを部誌作りから護るつもりでいたけど、みんなそんなに部誌が作りたかったのか。これは悪いことをした。……ってことで済まないかな。こりゃ新学期早々、物理的な要因で学校から長期離脱を余儀なくされるかもなぁ。
そんなオレの窮地にまったく気づかず、先生は話を続けた。
「出来上がりに期待しているぞ。……ところで、夏休みについて君らにばかり話をさせていては不公平だな。私のことも話してやろう」
知ってるよ! 友達と10日もハワイに行ったんだろ! なんなら現地からあらゆるSNSに画像やら動画やら投稿しまくってたのリアルタイムで見てたまである。
いや、違うな。こう言うとストーカーみたいじゃないか。オレは断じてそんなんじゃない。しかも相手が帯洲先生だなんて。
じゃあなぜそんなことをしていたのか。
普段は張り詰めたスラックスに覆われている太ももや腰まわりが水着やホットパンツによって解き放たれ、普段は圧倒的存在感の下半身に目を奪われがちだが実は胸もなかなか勢いがあり、ほほう、これはなかなか悪くない。
いやしかし健全な精神は健全な肉体に宿るという言葉は正しかった。こんなけしからん不健全な肉体だから帯洲先生はあんな性格なのだ。
これはもう青少年健全育成条例違反で禁止すべきではないか、などと仲間の紳士諸君と夜ごと白熱した議論をしていたので、どうしても資料として帯洲先生の最新投稿を追いかけ、参照しやすいように保存しないわけにはいかなかったのだ。
それから1時間半くらい、オレたちは先生がハワイ行ったときの話を聞かされた。ちなみに、圭人と兎和は話が始まって早々に生徒会があるとかで出て行ってしまった。
ハワイ話を終えて満足した先生が帰っていくと、オレたちは精神的疲労でぐったりしてしまった。
「まさかハワイの話をしたかっただけなんて」
力ない宮華の声にオレはうなずいた。
「抵抗できない弱い立場のオレたちにあんなことするなんてパワハラだろ。まさかオレたちに夏休みのこと聞いてきたのが、自分の話をするための伏線だとは思わなかった」
見れば日下さんはすみやかにスタンバイモードへ移行した後だった。だらりと椅子の背もたれに体を預け、天井を見ている。そして湯川さんはオレたちを見てた。
「これまで4回、やってきただろ?」用心して“何を”とは言わずにおく。「けっこうなハイペースだったと思うんだが、いつまでに終わらせたいとかあるのか?」
「できれば来年、新入生が入ってくるまで。そのときに全部あれば、スムーズに継承されていくと思う。ただ正直、ここまで早く進められるとは思ってなかったけど」
「終わったらどうするんだ?」
「始める前は自然消滅でいいかと思ってた。でも、今は……今はこのまま続けたい」
すると日下さんがスタンバイから復旧して、無言でうなずいた。湯川さんが口を開く。
「あの、ちょっと私も入ったばかりなんで、あのま、続いてほしいです。あの、すみません。入ってすぐこんなこと言って。大丈夫、でしたかね」
「そりゃあ意見は自由に言ってほしいし、いいよ。それにオレも宮華に賛成だしな。で、だな。続けてくにあたって、ペースダウンしたらどうだ? 今学期であと二つ。3学期で一つ。それで七になる。一つ一つに時間も掛けられるし。ってことで、あっちの方はしばらく休止しないか?」
宮華はうなずく。
「そうね。さすがに今は……。ちょっと様子を見ましょう。部誌も作らなきゃいけないらしいしねえぇえ?」
あっ。今オレ斬られた。宮華の斬撃に血しぶきと臓物を撒き散らしながら絶命するイメージが浮かぶ。
気づけば日下さんも無表情にオレを見てたし、湯川さんも化物モードでオレを見てる。
「あれは、ほら。オレの伝達漏れってことにしてスルーしようとしてたんだ」
「まさか、作った部誌を文化祭で配布する、とかじゃないでしょうね」
「そのまさかなんだよなぁ、これが」
「店番は長屋くんが一人でやるんでしょう?」
日下さんの口調はいつにも増してダルそうで、粘っこい圧があった。
「はい。そこはですね。配布なら無人でも──」
その時、誰かが廊下を走ってくる音がした。全員、そちらを見る。
足音はだんだん大きくなり、スピードを緩めることなく部室の前を通り過ぎ小さくなっていった。
「まあとにかく、時間が空くんだから部誌作りで埋めればいいだろ。それに夏休み集まってた説明にもなるし、目に見える成果があれば部活として続けやすい。来年の部活紹介で活動実績とか活動内容ゼロじゃマズいだろ。そろそろオレたち、将来を見据えて行動してくときなんじゃないか」
話の流れが戻らないよう、先手を打って熱弁する。宮華は諦めたように肩の力を抜いた。
「帯洲先生しつこそうだし、今後ずっとネチネチ言われるよりはマシね。それはそれとして、部誌って本でしょ。どうやって作るの? そもそも何を載せるの?」
それはオレにも解らない。




