第5の不思議︰スニークさん-01
始業式は最悪だった。集まった全校生徒の前で校長が話をしているとき、こんなことを言いだしたのだ。
「キミたち1学期は不審火の話や怪談みたいな話で盛り上がっていたそうじゃないか。夏休みも教師の目が届きにくいところで何かあったとか。今も昔も噂話というのは学生の絆を深めるもの。たとえそれが火事や怪談の話でも、できたばかりの本校でキミたちの人間関係が強まるのには役立ったかもしれない。いいことじゃないか。……ニュースなどで知ってる人も多いだろうけど、不審火については学外の人間によるものだというところまでは確実だとされています。一方の怪談騒ぎ。これはあれだね。誰か生徒のいたずらだよね。いじめに発展する可能性もある。そんなものを黙認するつもりはないよ。今のうちに名乗り出ないと、困ったことになるんじゃないかなあ」
平静をたもつのに苦労した。いきなり2学期スタートと同時に校長が全校生徒の前でぶっこんでくるとか思わんじゃん? 不意打ちにもほどがある。
放課後、部室へ行くとみんないた。宮華に日下さん、湯川さん、もちろん兎和も。
圭人は……あれ? なんか圭人の様子が違う。日焼けしてるし、顔つきも引き締まったというか凛々しくなったというか。体もよく見れば半袖から伸びる腕、明らかに筋肉がついてる。なんだろう。オリジナル超えるパチモン感がある。
場の空気は重かった。お通夜状態だ。誰も何も言わない。全員黙った時間が続くのはよくあることだけれど、普段はもっとリラックスした雰囲気だ。
七不思議創りを知らないはずの圭人も、オレをチラッと見たきり単語帳に集中してる。
「圭人、今日は生徒会は?」
「ああ、もうすぐだな」
「そうだ。湯川さんは」
「さっき兎和が紹介してくれた」
「そうか」
もはやそのことに違和感がない。いやほんと、兎和もう書類上部員じゃないってだけだよな。
「あー。なんかおまえ、雰囲気変わったんじゃないか?」
圭人は自分の体を見下ろした。
「塾合宿の自由時間、本当にすることがなかったんだ。何もないし。しかたないからずっと筋トレしてた」
「日焼けは?」
「合宿の恒例で、帰りは歩いて下山。それでだ」
喋り方は前と変わらないけれど圭人の眼光は鋭く、表情にはなんとも言えない張り詰めたものがあった。筋トレと徒歩で山下りるだけで、そこまで雰囲気変わらないんじゃないだろうか。
もう少し突っ込んで聞いてみようかとも思ったけど、やめた。そんな気分じゃないし、何を尋ねればいいかも解らない。
「長屋は変わらないな。日焼けしたくらいか」
「部活と少し出かけた以外はダラダラ過ごしてたんだ。普通はそんなもんだろ」
実際には峰山さんとの間にいろいろなことがあったし、結果、彼女は今ウチで暮らしてるんだがわざわざ言うことでもない。
「普通……。そうか。そうだな」
なぜかしみじみと言う圭人。“いいよな、お前は気楽で”とか続けそうな感じだ。無意識かつ無駄に他人をイラつかせるところは変わってない。むしろそのことに安心するまである。
廊下から足音が聞こえてきた。だんだん近づいてくる。圭人以外のあいだに緊張が走った。
「やあみんな! 夏休みはどうだった?」
元気よく入ってきたのは帯洲先生だった。
「どうしたんですか?」
「新学期初日だろう。顧問として顔くらい出してやらないとと思ってな。普段はほら、忙しくてなかなか来られないから」
そこでようやく湯川さんに気がつく。先生に見つめられて、湯川さんは居心地悪そうに会釈した。
「1組の湯川さん。入部希望です」
オレは入部届けを取り出すと、先生に渡した。名前の部分はすっかり焦げ茶色に変色している。本当に変わったボールペンだ。
「湯川裕乃……」
先生は一瞬、微妙な顔をした。そういや逆ラブ地蔵の行方を尋ねるため、先生と話をしたって湯川さん言ってたっけ。
「まあいい。じゃあ、よろしく湯川さん」
検索結果ゼロだったらしい。心から興味なさそうに言うと、先生は入部届けを胸ポケットに入れた。
「それで、夏休みはどうだった?」
さっきと同じ質問を繰り返す。あれ? オレたちこれ尋問始まってるんじゃないか? なんせ逆ラブ地蔵はオレたち発で、本物の郷土史研究家は否定されてる。校長がいじめに発展とか言ってたのだって逆ラブ地蔵のかけらを思い浮かべてのことだとすれば、オレたちが疑われるのは避けられない。
校長に言われて探りを入れに来たのか、自発的に点数稼ぎのチャンスを嗅ぎつけて来たのか。それとも自分が顧問をしている部から不祥事が出たりしないよう、釘を刺しに来たのか……。オレは警戒を強めた。
「鶴乃谷君はずいぶん日に焼けたじゃないか。それにその体。肉体改造に目覚めたのか」
「いえ。夏休み中、塾の合宿で。他にやることもなく、自由時間に筋トレをしていただけです」
「高1の夏休みを勉学合宿に使ったのか! 素晴らしい。いいぞ、最高だな! これは次のテストが楽しみだ。な!」
先生は今にも絶頂を迎えそうなテンションだ。実は奇想天外な性癖の持ち主だったりするんだろうか。
「その筋肉も、せっかくそこまで育てたんだ。ひと月そこらだとすると、なかなか見込みがある。良ければいいジムを紹介しようか」
「ありがたいですが、生徒会と学業でジムに通うのは難しそうです」
淡々と生徒会長モードで答える圭人。
「そうか。筋肉の悩みであればいつでも先生、相談に乗るぞ」
体育教師でも言わんぞそんなこと。しかも、暗にそれ以外の相談には乗らないって気持ちが微妙な言い回しからスケスケなあたりが帯洲先生らしい。




