ぜんぜん違う話の断片その05
いつものカラオケ屋は夏休みの生徒に会う確率が高いため、先輩と後輩は街外れにある市立図書館の小さな分室に来ていた。その中にある閲覧室、デスクと椅子、デスクライトが一つずつあるだけの狭く簡素な部屋だ。
先輩は椅子に座り、後輩は壁にもたれて立っている。
「ここが近ければいいのに」
「そしたら生徒が来ますよ」
「そもそもあそこのカラオケ屋さん、普段はお年寄りしか来ないのに……」
「知らないんですか? 平日昼はシルバー割引、休日や長期休みは学生割引があるんですよ」
外からはなんの音も聞こえない。二人が黙ると、空調の音がやけにはっきり聞こえた。
「海はどうだったの?」
「楽しかったですよ。いろいろありましたけど。先輩の方は湯川さんが入部したんですよね?」
「困った話」
答えると先輩はため息をついた。
「なるべく接点を持たないようにしていたのに。いつこっちにまで来るか気が気じゃないわ」
「じゃあ、湯川さんの噂って本当なんですね」
「ええ」
先輩は湯川さんの能力についての仮説を語った。
「だからこっちがどれだけ気をつけていても、あの娘の無意識がどんな断片的な情報から答えを出すか予測できない以上、確実ではないの」
「それじゃ、今のこの件にピッタリじゃないですか。私たち、バラバラの手がかりしか持ってませんよ」
「解決できるなら、それもいいかもしれない。けど湯川さんはオカルトを信じたがってる。解決できなかったりしたら、彼女はオカルト的な話が現実に起きるものだって信じてしまうかもしれない。それだけならいいけれど、そのせいでいつか酷く騙されるかもしれない」
「高い壺買わされたり?」
「カルト教団に使い潰されるかもしれない」
「でも、湯川さんの能力があればそういうの気がつくんじゃないですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私もそこまで詳しくはないの。とにかく、私が関係したせいで彼女が将来破滅した、なんてことにはなって欲しくない」
「心配なんですね」
先輩はうなずいた。
「力は大きいほど慎重に扱わないと取り返しのつかないことになる」
「権力者の一族ならではですね」
「傍流のウチにそんな力はないわ。大きな力に狂わされる人たちを、先祖代々そばで見てきただけ」
だから、そういうところも権力者一族ならではなのでは? と思った後輩だったが、黙っていた。
「話を戻すけど、あなたも湯川さんを巻き込まないよう、くれぐれも気をつけて。特に、こんなものが出てきた今となっては」
先輩は手にした紙に目を落とした。それはこれまでのメモとは違い、A4ノートの1ページだ。片面にはいつもと同じカタカナ4文字。しかし、裏面はこれまでの簡潔な走り書きとは違う。ビッシリと小さな文字で向きもバラバラに様々なことが書かれている、まさに“メモ”だった。
火の数/手の手順?/確認すること/嘘/原田さん/ではない/階段の3段目から/答えないor知らない/放課後に来る/ロッカーから出てくる/何人までか→6→0/2時3時/灯油に浸す/用具室の奥/東の方向、方角?/後ろから見てて/息をとめる/拾った歯を食べてた/歯医者/もう一人の似てない私/
他にも無数の言葉が書きつけられている。字はどれも荒々しく、読みにくく、線で消されているものもある。
それをできるだけ解読して浮かび上がるものは少ない。何か儀式めいたものをしようとしているように見える、ということくらいだろうか。意味不明な部分も多く、そもそもすべてが一つのことを指してるのかも解らない。
あの連続不審火がなにかの儀式だったら──しかしそこで先輩たちの思考は止まっている。儀式だったら何なのか。メモを見ても、なにも解らない。それぞれが儀式の一部として成功したのかも解らない。
これまでのものも、今回のものも、それぞれ裏面に書かれているのが同じ4文字だけという理由すら二人はまだつかめていない。宛名なのか、関連していることを示すタグみたいなものなのか、なんの目的で校内のあちこちにあるのか。
スタート地点から一歩も進めないまま、ただ手元の紙だけがじわじわ増えていく。
「見守り隊の人たちにもコピーして配ったでしょ。どうだったの?」
後輩は首を振った。
「意味不明。儀式か呪い。それくらいですね。あ、でも一人だけゲームの攻略メモみたいだって」
「?」
「ですよね。私もゲームしないんですけど、えーと」
後輩は手元のスマホを見る。
「謎解きありのホラーアドベンチャーの攻略メモみたい、だそうです」
理解しようとして先輩は諦めた。
「それはどういうこと?」
「ホラー映画のゲーム版みたいなのがあって、クリアするのに謎や仕掛けを解かなきゃいけないものがあるんだそうです。で、そのために集めたヒントや考えたことをメモしていくと、こんなふうになるそうです。その人も、ああ、コシヤマ電気のおじいちゃんなんですけど、自分でゲームするとき書くメモに似てるって言ってました」
見守り隊のメンバーは自分たち以外、ほとんどが高齢者だ。そうした人の中にそういうゲームをする人がいることを意外に思いつつ、先輩はいちおう真面目に考えてみた。
「これが本当にそうだとしたら、これまでの紙とつながらない」
「ですよね……。あ、あと、そういうゲームってあちこちにメモとか録音テープとかが落ちてて、遊んでる人はそれを見つけて過去に何があったか少しずつ知ってくそうなんですけど、今の状況ってちょっとそれに似てる、とかも言ってました」
「私たちのは今の話だし、メモからは何も明らかになっていないんだけど」
結局のところ、見守り隊からも役立つ情報は得られなかった。
「あまり振り回されても仕方ないわね。幸いあれから不審火も起きてないし、このまま終わってくれればまだマシなんだけど」
そこでふと、先輩には思い出したことがあった。
「そういえば長屋くんが読ん出た本に、そんな話があったわね」
「そうなんですか?」
「主人公がゲームの中に入ってしまうんだけれど、そこの人たちは自分たちの世界がゲームの中だと気づいてない、とかそんな話よ」
「私たちもそうなんですかね」
後輩の言葉に先輩は肩をすくめた。




