第4の不思議︰あかずの首-09
怯える湯川さんを前に考えるといっても、あんまり無言じゃいられない。ただでさえ不安なんだ。男子が自分を見たまま無言でいるなんて、よけいに不安が増すだけだろう。なんでもいいから喋ろう。なあに。テンパってキョドってる女子の扱いだけは経験豊富だからな。
「安心してくれ。手荒なマネをするつもりはない」
あっ!? これ、こういうとき自然と言っちゃうのか! なるほどね。
「ハンカチ持ってるか? 汗が」
なるべく落ち着いた声でゆっくりと話しかける。
「あ、はい」
首を曲げ、肩を持ち上げ、短い袖に顔をグイグイ押し付ける湯川さん。もうね。見てらんない。
「お茶飲むか。な?」
いたたまれなくなり、オレは湯川さんの返事を待たず冷蔵庫へ。麦茶のペットを取り出し、振り返ると湯川さんはネコのワッペンがついたベージュっぽいタオルハンカチで顔を拭いていた。
良かった。ハンカチ持ち歩かないで袖で汗ふく女子高生はいなかったんだ。さっきためらいなかったし、普段どうしてるかは知らんけど。あれかな? ちょっと緊張してうっかりしちゃってたのかな?
「あ、すみません」
受け取った麦茶のキャップを開けて口を付け、湯川さんは首を傾げた。
「あの、これ」
言われて気づく。ペットボトルの中身はガチガチに凍ってた。またしても。
「ごめん。冷蔵庫の調子が悪くて。アイスでも食べるか?」
「大丈夫です。これで、はい」
少し落ち着いてきたみたいだ。えーと。あー。……そうだ。名乗ろう。
「オレは郷土史研究会部長の長屋一路。長屋でもなんでも、好きに呼んでくれ」
「はい」
こういうときは、とにかくこっちからボールを投げなきゃ駄目なのはよく知ってる。
「さっきは兎和さんに無理言って連絡してもらったんだ。騙すようでゴメンな。湯川さん前に部室に来てたし、まあ、何か用かなって」
普通ならそれだけで呼び出すとかありえないけど、日下さんのことはあえて黙っておく。
「すみません。私みたいなのが」
「いや、いいんだ。えっと、それで?」
「あの、本当にもう、あの、アレなんで。この前のもちょっと考え事してただけで。もう近付きませんし、はい。すみませんでした」
「じゃあ、たまたま考え事してて、ドアの前でちょっと集中し過ぎてぼうっとしてた、ってことか?」
「はい。えいあの、たまたま、ん。まあ、そう、ですね。ちょっと色々と」
オレは内心頭を抱えた。ダメだ。話してはくれるようになったけど、会話する気がないらしい。ここまで情報量ゼロだもんな。これ。
「せっかくだし、何をそんなに考えてたのか聞いてもいいか?」
粘ってみる。
「や、もうホントたいしたことじゃないので。そんな全然」
ガッツリ誤魔化そうとしてくる。にしても、それならそれで適当な嘘でも言えばいいのに。なんなんだろう。
本人を前にして、オレはつい考え込んでしまう。すると、無言でいたのを怒ってるとでも勘違いしたらしい。湯川さんは焦った様子で口を開いた。
「郷土史研究会って、オカ研なんですよね?」
「は?」
ヤバい。オレの中の何かが音量マックスで警報を鳴らしてる。とっさに宮華へ視線を向けそうになって寸前でらこらえる。
どうせ宮華はテンパった顔してるに違いない。そんなの見たらよけいに動揺するだけだ。
「えっと、どういう意味だ?」
「で、ですよね。あのもう、気にしないでいただいて、はい。それだけなんで」
そっか。ならいいんだ。そう言って済ませたいところだが、さすがにマズい。
「いやいや。オレたちがオカ研ってどういう意味だ? 気になるなぁ。オカ研ってあれだろ? ゴールデンウィーク前に原口さんが作ろうとしてた」
「はぁ、まあ、そうです。私もあれ、一緒にやってて」
「そうなのか。それで?」
「私たちも別の同好会のふりして申請してたら良かったかなって」
心の警報が鳴り止まない。それどころかぶっ壊れそうなボリュームでやめとけって叫んでる。けど、もう遅い。
「それじゃまるで、オレたちが地域研究会を隠れ蓑にしてオカ研やってるみたいじゃない、か?」
それはまるで、封印の御札がベタベタに貼られまくった箱を開けるような気分だった。
「えっと。あの…………だって、そうじゃないですか」
ゾッとした。突然、湯川さんの空気感が変わったのだ。外見は少しも変わらない。けど、目の前にいるのはさっきまでの湯川さんなんかじゃなく、最初の廊下やモニター越しに見た、あの得体の知れない女生徒だ。
「ヒキコサン。あれ、日下さんですよね」
後ろの方で日下さんが盛大にむせ、何か大きな音がした。構わず湯川さんは続ける。オレはその視線に絡め取られ、振り向いて様子を見ることができない。
「幽霊部員の出た部室も、ここですよね。それに、長屋さんだって誰もいない音楽室から音楽が流れてきたとき、毎日様子見に来てたじゃないですか」
嘘、だろ。あのとき周りに誰もいないことはさんざん確認してたんだぞ!?
「逆ラブ地蔵のときは地域研究会そのものでしたし、このところ噂になってる首が落ちる幽霊だって、あれ、日下さんの新しいスクーリング部屋、ですよね」
さっきまでとは一転、スムーズに喋る湯川さん。これもうダメだ。さっきまでの怯えて卑屈な湯川さんは消えた。今いるのは覚醒した湯川オルタさんだ。対するこちらは三人パーティだけど、うち二人は行動不能になってる。
「そういえば、あの逆ラブ地蔵の台の部分はどうなりましたか? 先生方が撤去されてましたけれど」
「うっ。ああ、あれか。あれは、その……行方不明になった」
急に話が跳んだかと思ったら、的確に痛いところを突いてくる。
あの岩は歴史的発見かもしれないということで帯洲先生が意気揚々と教育委員会に持ち込んだものの、そちらに属するガチの郷土史研究家の方々からもう一つの双体道祖神がそんな場所にあるはずはないし、記録も一切ないってことで突き返されていた。まあ、オレたちの作り話なんだから当然だ。
というわけでオレは放課後、呼び出されて帯洲先生からその件でわりとダイレクトに嫌味を言われた。岩の所在について手がかりらしきものを言うなら、帯洲先生のこの言葉が役に立つだろう。
“なあ。岩というのは自然物だ。間違っても処分費を払って粗大ゴミに出すようなものじゃない。自然の循環の中から取り上げてしまうのは、人間のエゴだと思うんだ”
学校側に処分してもらえばいいのでは? と思ったけれど、おおかた手柄を独占しようと無理に引き取ったか、勝手に持ち出すかして教育委員会へ運び込んたんだろう。
というわけで、あの岩は行方不明である。
オレの返答を聞いて、湯川さんは嬉しそうに口元を歪めた。
「やっぱり、長屋さんはオカルト好きなんですね?」
「えっと、なんでだ?」
マジで解らん。
「UMAにUFO、オーパーツ。重要なサンプルが研究機関や研究者のところへ送られたあと行方不明になるのはよくある話です。もし長屋さんにオカルトの素養がなければ、行方不明だなんてとっさにそんな上手い返しができるはずありません。つまり、長屋さんはオカルト好きでその辺りのセオリーを知ってるってことです」
いや。普通に都合悪いから誤魔化しただけなんだけど。そのUFOやらなんやらのサンプルだって、偽物だったとか何でもなかったとか、そういうのを誤魔化したくて行方不明ってことにしてるだけなんじゃ……。
「もちろん、私もあの岩が実際はどこにあるか、知ってますよ。だから“行方不明”というのが、嘘をつこうとしてオカルト好きだからつい出てしまった言葉だって確信できるんです」
なん、だと? オレでさえ、あの岩が今どこにあるかよく知らないってのに。湯川さんの方がオレより情報量多いってのか!?
それにしても、その誤解。なんていうか手に入る情報を全部自分に都合のいいように組み立てて、それをそのまま本当ってことにしちゃう感じ。そのくせ七不思議創りとか重要な部分では、不気味なくらい真実を押さえてくる。
ただやっぱり、ズレてるんだよなぁ。オレたちがやってることはどちらかと言うと炎上しそうでしない、ギリギリのラインを上手く攻める感じのYoutuberがやりそうな罪もないドッキリみたいなものであって、本当のオカルト好きは、多分こんなことしないと思う。
話題が移ったおかげで、意識が少し息継ぎできた気がする。これまでやってきたを言い当てられたショックが少し薄まった。
ただ、このまま話をそらし続けてもしかたがない。オレは窮地に戻るため、大きく息を吸うと宮華を見た。
宮華は顔面蒼白で、背中をドアに押し付けるようにして立っていた。オレと目が合うと“任せた”というようにうなずいてから親指を立て、グッドの意味かと思いきや、その親指を自分の喉に当てて左から右へゆっくりと動かした。いや、任せた殺せじゃないだろ。
振り返って日下さんを見る。と、日下さんは床に横たわって気絶していた。ああ、さっきの音はそのせいか。自分がバレてたってショックをレジストできなかったんだな。
っていうか、位置的に湯川さんその瞬間を目撃してたはずなんだけど、ノーリアクションだったあたりなかなかいい性格している。まあいいや。後で助けよう。
そしてオレは覚悟を決めて、湯川さんと向き合った。




