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第4の不思議︰あかずの首-07

 二日後の木曜。オレたちは前回と同じ時間に2回目をやった。結果は成功。前回の部員に加えて二人が目撃してくれた。

 そして日曜日。3回目を終え、道具を片付けながらオレはうわの空だった。昨日、宮璃の秘書役をしてる峰山さんと思いがけないことがあって、そのことで頭がいっぱいだったのだ。

 告白されたとかそういうことじゃない。ただまあ、夏休みの空いてる日はなんというか峰山さんパートが同時進行するような予感がある。

 といってもふざけたりできるような軽い感じじゃないし、他人に話せるようなことでもない。もしかしたらいつか、誰かに話せる日が来るかもしれないが、今はまだ無理だ。そんな出来事。


 で、そんな昨日について考えを巡らせながら何気なくモニターを見て凍りついた。


 いる。メガネのあいつが部屋の前に。少し背中を丸めて猫背気味になり、両腕をだらりと下げたまま、身動き一つせずドアの前に立ってる。


 映像が切り換わって、オレは呪縛から開放された。メッセンジャーを起動する。


“部屋の前に、あのメガネの女子が立ってる”


 少しして、宮華から返事があった。


“とにかくどこか行くまで待機して。くれぐれも見つからないように”

“助けてくれ”

“どうやって?”

“ホラーゲームとかだと物音させれば化物をそっちに誘導できる”

“これは現実”


 日下さんのバッサリした返事に絶望感が高まる。


 それから30分くらい、オレは息を殺してひたすらモニターを見ていた。映像が切り換わって行くのが怖い。次に部屋前の廊下が映ったとき、彼女がカメラを見てたらどうしよう。それどころか、どうにかしてカメラいっぱいに顔が映ってて、こっちを覗き込んでたらどうしよう。自分で自分を怖がらせてるだけだって解ってても止められない。


 幸いそんな恐怖演出はなく、女子生徒は棒立ちのまま少しも動かなかった。いや、それはそれで怖いんだけど。


 やがて彼女はゆっくりと向きを変え、歩き去った。それでも念のため、オレはカメラの映像が何周かして誰も映らないのを確認すると、ようやく部室へ戻った。

 冷や汗と緊張でノドがカラカラだった。冷蔵庫から麦茶を取り出すと、今日の冷蔵庫はヤル気に満ちていたらしく、中身はすっかり凍っていて飲めなかった。


「大丈夫?」

「んなわけない。……なあ、アイツ、オレ達のこと勘付いてると思うか? だとしたらどすりゃいいんだ」

「殺して埋めるのがセオリーだけど、祟られても嫌だし……」


 それはどこのセオリーだ。あと、殺すことについてのためらいとかは一切ないのな。


「長屋くんが出たとこで勝負するんじゃないの? ほら、そういうの得意でしょう」

「なんでそう思った。しかもそれ、しくじったらオレが全責任負うやつだろうが」

「しくじろうがどうだろうが、全責任は部長にあるのよ。私達は脅されて仕方なく手伝わされてただけ」

「なっ!? 汚いぞ」

「仲間割れしてる場合じゃないんじゃない?」

「クソっ。そうだった。まさかアイツ、これを狙って……? それにしても、なんだってあの部屋なんかに」


 オレたちは言いしれない不安を抱えながら、その日はひとまず解散した。


 その夜。オレは今回の仕掛けが意外なほど成功してることを知った。遠藤ほか男5人でグループ通話をしているとき、その中の一人がこう言ったのだ。


「なあ知ってるか? サッカー部の奴らが幽霊を見たって。なんか使ってない教室で冬服着た女が窓の向こうに背中を向けて立ってて、首が落ちるんだと」


 その時オレたちは明日どこへ行くか、いっそホラー映画観に行かね? という話をしていて、その流れからこの話題が出たのだ。

 言ったヤツはサッカー部とは縁遠い、美術部の部員。そんな奴のところまで話が回ってるってことは、もうかなり噂になってるんだろう。


 ちなみに、そもそもオレたちは所属する野球部の副部長が熱中症で倒れ、急遽明日が休みになった遠藤によって招集されたのだった。


「おう、頭取れる幽霊な。知ってる。サッカー部のやつら炎天下で練習しすぎておかしくなったんじゃねえの?」

「それと同じくらい野球部も外で練習してるだろ」

「こっちは帽子あるからな」


 そこでオレは気付いた。これは日下さんの話を噂に混ぜ込むチャンスだ。


「なんでも出た部屋って、あかずの間らしいぞ」

「あかずの間?」

「ああ。先生たちは何も言わないけど、元々そこって妙なことが起こる部屋だとかで使用禁止になってるって話だ」

「それ、どこ情報だよ」


 普段バカなくせに、こういうときだけ鋭いな遠藤。


「詳しくは言えないけど、とある先生だ」

「ナゴヤが親しい先生……ケツ先か?」


 帯洲先生はとうとう尻が本体になったらしい。気持ちは解る。オレも帯洲先生の中で、そこだけは好きだ。それにしても、知らない間に周囲で俺得親しい教師=帯洲っていう図式が成立していることには戦慄させられる。


「ケツ先かぁ」


 他の奴らも口々にどこか納得したような、そして面倒臭がるような声を出す。誰のことかみんな解ってるらしい。どうやらケツ先というあだ名は定着しつつあるみたいだ。

 

「あの先生ならうっかり喋ったりしそうだよな。で、なんて言ってたんだ?」

「いや、ほとんど何も教えちゃくれなかった。ただ──」


 そこでオレは、ふと思いついた言葉を口にする。


「あかずの首……。あかずの首、あかずの間。そう言ってた。それ以上は答えてくれなかったけど。あと、危ないから近づかないように、だと」

「あかずの首って、どういう意味だ?」

「さあ。おまえ先生に聞いてみろよ」

「え? やだよ」


 帯洲先生と嫌がらずに接してるオレは、やはり誰かが表彰すべきなのでは?


「危ないって、どうなるんだ?」

「死ぬとか、怪我するとか」

「呪われたり取り憑かれるとか」

「窓から自分を見せつけて、犠牲者を部屋に呼ぼうってことかもな」


 よし。これで一通り日下さんの話の要素は出せたはずだ。


「そんなら裸で立ってたほうが効果的だろ」

「で、行ったらエロいことしてくれるんじゃね?」

「頭取れてんだぞ」

「だからその頭だけ両手で掴んでだな、こう」

「その間、体はどうするよ」

「いやむしろ幽霊が自分で自分の頭を抱えて」


 こうして話は頭が取れる女性との性差を主題とした身体的コミュニケーションの在り方に関する興味深く充実したディスカッションに発展していった。



 土曜日。オレは宮華たちにグループ通話のときのことを報告した。もちろん後半の白熱したディスカッションについては長くなるので省いて。

 もちろんそこも話して聞かせてやったって良かったんだが、あれは選ばれた紳士たちの高尚な会話なので宮華たちには難しいだろう。そんなことで二人のプライドを傷付けてはいけない。


「あとはあのポンコツ4人が上手いこと話を広めてくれれば成功だ。正直荷が重いとは思うけれど、アイツらならきっとやってくれると信じてる」


 オレはそう言って話を締めくくった。もし幽霊か首を外したり付けたりしながらあんなことやこんなことをしてくれるって方の話が広がったら、全責任をアイツらに押し付けて知らないふりをしておこう。


「イチロにしては良くやったじゃない。あかずの首。なんとなく気になるいいフレーズね」

「長屋くんなのに役に立つなんて、すごいじゃない」

「おいよせよ。照れるだろ」

「イチロであるってハンデに負けずがんばったと思うよ」

「たとえ長屋くんでも活躍できることはきっとあるって信じてた」


 そんな感じで二人は気が済むまでオレを褒め称えた。


「いちおう成果も出てるみたいだし、じゃああの部屋で幽霊やるのはひとまずおしまいってことでいい?」


 宮華の言葉にオレたちは同意した。あんまり何度もやると不思議さが薄れるし、注目されてる中でやるとそれだけ身バレの危険も高まる。


「さて、それで」


 宮華のひとことでオレたちに緊張が走る。

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