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第4の不思議︰あかずの首-06

 ハァハァ……ふぅ。ハァーっ、ハァ。


 オレは一人、日下さんの新しい教室でハァハァしていた。といっても部屋に漂うほんのかすかな日下さんの残り香を、想像力でブーストして味わおうとしてるわけじゃない。暑さと緊張のせいだ。


 今オレは限界までうつむき、肩の上に宮華特製の台座生首を固定され、女物のコートを着て、そのコートの首の部分にマフラーを巻いた状態で窓際に立っている。窓へ背を向けた状態だ。なので窓から射し込む夏の日差しがジワジワと背中を暖め続けている。室内はエアコンが効いているけど、それでもさすがに暑い。


 オレは手元のスマホを見ていた。もう10分以上もこの状態だ。もしかして最悪これ、オレが力尽きるまでやるんだろうか。いったん休ませてくれ。そう送ろうとしたとき、宮華からメッセージが届いた。


“やって”


 オレはワイヤーを引いた。頭が前に転がり落ちる。一拍置いて、オレはその頭を追いかけるようによろめきながら前へと歩く。そのまま歩き続けて反対側まで来ると、しゃがんでマフラーを外しコートを脱いだ。あー涼しい。


 それから慎重にストラップを外して台座を肩の上から下ろすと這うようにして窓際に戻り、外から見られないよう気をつけて静かにブラインドを下ろす。


“終わったぞ。撤収する”

“了解。気をつけて。私はもう少し様子を見ていくから”

“お疲れ。部室戻る”


 校内のどこかからサッカー部を監視していた二人が、グループチャットで返事する。


 これが今回の計画だ。まずオレがスタンバって、宮華たちの連絡を待つ。宮華たちは別の場所からサッカー部の様子を見て、誰かがオレに気付いたのを発見したらスマホで合図する。

 今ごろ、見てしまった部員は恐怖と混乱に頭を支配されながら練習をしてることだろう。かわいそうに。


 あとはこれを飛び飛びに何回か繰り返せば部内で、そして他の生徒たちのあいだで、首が落ちる女の話は話題になるだろう。

 どうせあれだろ? サッカー部なんて友達多くてウェイウェイやって、ムダにスマホで雑談とかしてんだろ? それがこういうときは役立つってわけだ。……あー、いや。オレがそう思ってるんじゃなくて、たぶん宮華あたりがそう思ってるだろうって話だ。

 オレ自身はわけもわからず部活中に恐怖体験させられるヤツに同情(笑)いや、笑ってない笑ってない、とにかく申し訳ない気持ちだ。せめて今後何年も、合コンとかでの鉄板持ちネタにしてくれればと願っている。


 オレは道具一式を段ボールに入れて部屋の隅に隠すと、モニターで周囲に誰もいないことを確認して部屋を出た。


 

 部室へ戻ると日下さんがいた。いつものように机に突っ伏して、スタンバイモードになっていた。


「サッカー部のヤツ、どうだった?」


 オレの言葉に日下さんは顔だけ上げる。


「私のところからは見えなかった」

「どこにいたんだ?」

「長屋くんがいた部屋の校舎とL字になってる方の6階。ベランダから見てた。宮華さんも同じ棟のどこかにいたはず」

「ベランダか。暑そうだな。オレもエアコンは効いてたけど、さすがにあの格好は暑かった」

「へぇ」


 気のない返事をすると、日下さんはスタンバイモードに入ろうとした。


「日下さんの考えた話、上手くあのまま噂にできるといいな。よくできてたし」

「そう? 私は特にそう思わないけど」

「え? そうなのか?」

「結局、話を作るのは見た人とか、それを聞いた人でしょう? だから宮華さんとか長屋くんみたいに、やることから考えた方が正解だと思う」

「でも、残念だったりしないのか? せっかく考えたのに」

「別に、そこまで思い入れがあるわけじゃないし。……ねぇ。これ、“口ではそう言ってても本当は違うはずだ”って決めつけられてて無限に終われなかったりする?」

「いや、そんなことないぞ」


 最初のころに、そういう考え方でさんざん怒られたしな。


「ならいいけど」


 そしてまた、スッとスタンバイモードに戻ろうとする日下さん。


「えっと、あのさ」

「なに?」


 明らかに面倒臭そうだ。声にトゲがある。


「部活のない日って、どうしてるんだ?」

「はぁ!?」


 体を起こし、座りなおす日下さん。


「さっきからどうしたの? 勉強して七不思議どうするか考えて、あとは何もしてないけど、そんなこと知ってどう──」


 ハッとして、一転こちらに疑うような視線を向ける。


「ひょっとして長屋くん、夏休みだからって彼女作ろうとしてない? それで、相手してくれるのが私か宮華さんくらいだからって、適当に」

「いや、待て待て待て。なんでそうなった。どういう流れだこれ」

「どうせ暇ならどっか行こうとかそういう」

「もっとその前。なんでオレが彼女作ろうとしてるとか、それで日下さん狙ってるとか、そういうことになるんだ?」

「違うの? だって、やたら話しかけてくるし」

「え? もしかしてとは思うが、ちょっと話しかけてくるってだけで、自分に気があるんじゃないかとか、そういう考えしてるのか?」


 当たりだったらしい。日下さんの顔が赤くなり、視線がフラフラしだす。


「も、もしそうだったとしても、それは誤解されるような長屋くんの言い方が悪いんじゃない」


 勘違いしたこと否定はしないのか……。よっぽど動揺してるらしい。


「そもそもどうして、今日はそんなに話しかけてくるの?」


 照れ隠しだろうか。責めるような口調だ。


「ほら、このところ静かに潜むように恐怖が忍び寄ってるだろ? メガネの。だから部長としてあんまり部の雰囲気が暗くならないようにと思って」

「喋ってれば解決されるものでもないでしょう? 見た目だけ賑やかでも不安の種が消えるわけじゃないんだし。私、無理に喋らなくてもいいところが気に入ってるって言ったよね? もし部のためになにかしてくれるんだったら、口を閉じて放っておいてくれない? 居心地悪くしないで」


 かつて、嫌われてもいないのに雑談仕掛けただけでこんなに言われたヤツがいただろうか。


「じゃあ、オレと喋るのは無理してすることなのか?」


 つい言ってしまう。


「違う。他人と話すのが苦手なの。知ってるでしょ。あー、もう。面倒臭い。これだから……」


 日下さんのダルそうな態度を見て、オレは自分でも意外なことに吹き出してしまった。


「どうしたの?」


 急に笑ったオレを見て、今度は怯えたような目をする日下さん。


「ああ、いや、悪い。なんか面倒くさい彼女とウンザリしてる彼氏みたいだなって思ったらツボった」


 すると、日下さんも小さく笑いを漏らした。日下さんが笑ってるとこ見るの初めてかもしれない。


「面倒くさい彼女。そうだ。長屋くん面倒くさい彼女だと思うとしっくりくる。絶対あれでしょ。恋人できたら“私と仕事とどっちが大事なの?”とか言うタイプだよね」

「言わないよ!?」

「いや、言う。賭けてもいい」


 そしてまた、小さく笑う。いつもは気怠そうな日下さんなのに、そうやって笑うと急に幼く見えた。


「まあでもそうね。雑談から見えてくるものもあるってことね。ようやく解った気がする」


 そこでなんとなく会話が終わり。オレたちは無言で過ごした。


「二人ともお疲れさま」


 いつの間にか用意したのか双眼鏡を手にし、首にタオルを掛けた宮華が帰ってくる。


「どうだった?」

「ちょっと待って」


 宮華は冷蔵庫を開けると、ペットの麦茶を飲み干した。


「まあまあ上手く行ったと思う」


 宮華の話によると、オレが窓辺に立ってしばらくすると、パス回しをしていた部員が気付いたらしい。ボールに足をかけたまま、窓の方を見上げていた。

 それから、オレが合図を受けて少しするとそいつは驚いた様子でボールから足を外したらしい。


「すぐに周りから声をかけられたみたいでパスを出してたけど、その後も窓の方をチラチラ気にしてたから、きっと大丈夫」


 そこで安心したように大きく息を吐くと、宮華は満足そうに微笑んだ。


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