番外編:1学期の終わりに
振り返りが終わって、さて夏休みいつ集まるか? という話をしようとして、オレは面倒なことを思い出した。関係ないだろうと思ってすっかり忘れていたのだ。
「夏休みの活動届を出さなきゃいけないんだった。ちなみに、締切はとうに過ぎてる」
「は? なんで今頃言うの」
「今じゃなきゃいつ言うんだよ」
「じゃなくて。もっと早めに言ってよ」
「夏休みまでやるなんて話、出てなかっただろ」
「それで? 紙は?」
日下さんが面倒クサそうに言う。
「顧問が持ってるんだったと思う。まだ捨ててなければ」
宮華と日下さんの顔に“捨ててそう”という表情が浮かんだ。
「とりあえず職員室! ダッシュ!」
宮華に促され、オレは帯洲先生の元へ走った。あの先生、普通に平日の夕方からキックボクシングジムの予約入れてたりするんだよなぁ。ソースは相変わらず私生活ダダ漏れのSNS。
運良く、職員室へ行くと先生はまだいた。何やら机の上の紙を見てニヤニヤしている。
「あの、先生」
「ん? どうした?」
「いえあの、何してるんですか? ずいぶん嬉しそうにしてましたけど」
「キミたちの期末の成績を並べて見ていたんだ。いやあ、何度見ても心が暖かくなる。もちろん、教職者として自分の部活の生徒たちが学業に励んでくれているのが純粋に嬉しくてね」
顧問をしている教師には部員の成績がプラスポイントとして評価に加算されることを知っているので、帯洲先生の本心はよくわかる。
帯洲先生も“余計なこと言うなよ”って目をしてるので、オレが何を思ってるか解ってるんだろう。……オレと心通じ合ってるのは先生だけかよ。……いや宮璃もいるけど。宮璃もいる、そう、宮璃もいるけどな!
「けど、そうやってオレに見えちゃっていいんですか?」
「キミ以外は」と、ここで先生は少し声のトーンを少し上げた。「みんな成績上位者として貼り出されてるから問題ないだろう」と、ここで声を戻す。「もちろんキミも悪くはない。まだまだ伸びしろがある、ということだろうな」
暗に成績上げるよう要求してくんの、やめてもらえませんかね……。
先生が差し出した紙に並んだ名前を見て、オレは凍りついた。
「あの、先生? 兎和さんは部員じゃない、ですよね?」
「ああ。ただ、最近よく部室へ顔を出してるそうじゃないか。これはもう時間の問題だろう。期待しているぞ。な?」
「いや、はぁ、まあ」
オレの返事からすかさずヤル気のなさを嗅ぎ取る帯洲先生。ふむ、と呟くとアゴに手を当てた。
「考えてみれば部員でもないのに部活に参加しているというのは、よろしくないかもしれないな。なんなら私が直接入部を」
「そ、それより先生!」慌ててさえぎる。「夏休みの活動についてなんですが」
とたんに怯えきった目をする帯洲先生。
「ま、まさかとは思うが、キミたち合宿をしようっていうんじゃないだろうな? あ、あ、あれは顧問の引率が必須なんだぞ!?」
「いえ、しません。そうじゃなくて、活動届の用紙をください」
「ああ、なんだ」
あっさり元の落ち着き払った態度に戻ると、先生はさもそれが当然のことかのようにゴミ箱からクシャクシャの紙を取り出すと、拡げて渡してきた。
「あ、どうも」
それ意外になんて言えっていうんだ。紙の端に何かのシミがついてるのは、このさい見えてないことにしよう。
「それにしても、夏休みまで郷土史研究か。……そうだ。いい機会だから部誌でも作ったらどうだ? そろそろ目に見える形で成果が欲しかったんだ」
もはやオレに対して己の欲を隠そうともしなくなったな。そこまで心を開いてくれているとは……。よし、沙絵、結婚しよう。なんならオレが帯洲を名乗ってもいい。性格はアレだが、顔とカラダはなかなか好みなんだぜ? ──うん。なんだな。帯洲先生と結婚とか、シンプルに刑でしかないな。
「部誌については、まあ、今回はまだちょっと」
「そうか。じゃあ文化祭までには。期待しているぞ」
そこで先生はふと、時計を見た。
「その紙は終業式のときにでも渡してくれ。すまない。今日はこのあと予定があってな」
ジムっすか? とは言わなかった。代わりに、気になったことについて探りを入れる。
「それより、いいんですか?」
「ん? 何がだ?」
「夏休みに部活することです」
「別に顧問がいなきゃいけないようなものでもないだろう? なら、いいに決まってるじゃないか」
問いたげに首を傾げ、口に笑みを作る。
あ、やっぱり。この帯洲は活動届の締切がとっくに過ぎてるのを知らない帯洲だ。どうりでそこらへんゴネないと思った。他人に貸しを作るチャンス、見逃すはずないもんこの人。
気がつけば周囲の教師たちから同情の目で見られていた。帯洲先生の相手してたらボランティア活動とかで内申点アップしねぇかな。
「てっきり部活やってないで勉強しろって言われるかと思って。それだけです」
オレは適当にごまかすと、職員室を出た。
部室へ戻ると、宮華と日下さんは微妙に離れたところに座り、スマホに集中してた。どちらも耳にはイヤホン。やっぱりさっきのあの熱いやり取りのせいで、二人きりは気恥ずかしかったのか。
スマホいじってるからね。イヤホンしてるし、会話できなくても仕方ないよね。って、自然な感じで会話しないための行動が、親しくない人同士のヤツじゃん。
「戻ったぞ」
大きめの声で言うと、二人は顔を上げた。オレの持ってる用紙がクチャクチャなのを見て何か理解したようだったが、そのことについては触れてこなかった。
「で、二人とも予定は?」
「「予定?」」
声がそろう。なんだその“予定”って概念自体が解らない、みたいな口調は。
「そうだよ。夏休みの予定」
「なぁんにも」
投げやりに即答する日下さん。
「私はお化け屋敷にいくつか行くけど、部活のない日にすればいいだけだから」
誰と行くのかわざわざ尋ねたりしないくらいには、オレも日下さんも宮華のことを解っている。そっかー。ソロでお化け屋敷か。やっぱ作り手側に近いと、怖いとかそういうのはないんだろうな。
「イチロは?」
「オレ? オレはまあ、なくはないが、まだ日程決まってなくて……」
歯切れの悪い返答になってしまったが、宮華はそれで察したようだ。
「ま、いいんじゃない?」
その声に影があるように感じたのは、オレの気のせいだろうか。
「圭人はどうする?」
「鶴乃谷君? あ、そっか。来ても最初の10分とかしか居ないから忘れてた。別に誘わなくてもいいんじゃないの? ……って、冗談だって。誘われない寂しさはよく知ってるもの。そんな目で見ないでよ」
「忙しいだろうと思って誘わなかった、でいいんじゃない?」
横から日下さんが言う。
「それ、最初から誘う気ないときに言うやつだろ」
「でも、断らなきゃならなくなるより楽でいいじゃない」
「なんで断る前提なんだよ」
日下さんの人生観がどういうものか、なんとなく解った気がする。こんなに面倒臭がりで、よく七不思議手伝ったり成績上位だったりするよな。まあ、七不思議についてはあれか。宮華に対して密かに抱いていた友情か。
「週イチで集まるとしたら、せいぜい5回くらいだろ。8回やることにして、そのうち3回だけ圭人も参加できる日にすればいい」
宮華は気乗りしなさそうだった。
「どうした? いいだろ、どうせ暇なんだろうし」
「そうなんだけど、普通に集まる日って何するの?」
オレは返事に困る。まる1学期間やって未だに郷土史研究会は活動内容が定まっていない、フワッフワのファーなのだ。せいぜい、気が向いたら郷土史関係の本を読んでみるくらいか。
一瞬、部誌作りって言葉が頭に浮かんだのであわてて記憶のフタを閉める。はい忘れた。よし忘れた。パツパツに張った帯洲先生のスラックスに幻惑されてたとき、なにか言われた気がしたけどなんだったかなー。よし、完璧。
と、廊下を急ぐ足音が近づいてきた。
「良かった。間に合った!」
颯爽と部室に入ってきたのは圭人だった。パッとこちらに手を上げてみせる。
「生徒会で今学期の振り返りと来学期の展望、みたいな会議をしていたんだけど、思ったより長くなってね。まあ、最後は僕が上手くまとめて切り上げさせたんだけど。そうじゃなければあと1、2時間くらいは終わらなかっただろうな!」
それでこのテンションか。圭人、生徒会長の後はやたら元気いっぱいなんだよな。たぶん会長の座が脳に作用して、麻薬みたいな効果を発揮してるんだろう。
「なにかこの後、用事でもあるのか?」
「いいや。こっちにも顔を出したかったんだ。今日で最後だろう?」
「ああ、それが……」
オレは活動届を振ってみせる。
「夏休み中も何度か集まろうって、さっき決まったんだ。お前にもあとで予定を聞こうと思ってた」
「予定?」
とたんに圭人の顔が曇る。
「僕は夏じゅう、塾の合宿だよ。ずっと、遠くの、どこか知らない場所で、ずっと……どことも知れない土地で……。ああ、さっきまで生徒会で楽しくやってたっていうのに」
みるみるテンションが下がっていく。あとそれ最後のはオレに言ってるんだろうか。“余計なこと言いやがって”的な。
「なんていうか、大変だな」
「ミステリー夏期合宿。合宿先は非公開で、移動のバスでも目隠し必須。もちろんスマホは没収される」
「ホントに知らない場所なのか……」
「どうせそれって、どこかの研修所とかでしょう? 林間学校とかで行くような」
日下さんに言われて、圭人は首を振る。
「さあ? ……別にどこでもいいんだ。どうせ勉強ばかりなんだし。まあ、噂だとどこか山奥の窓もないような施設で缶詰になるらしい」
「それって、スタンフォード監獄実験とかいうやつじゃないの? 事故で大変なことになったっていう。映画で観た。あでも、山奥、缶詰……ああ、なるほど」
「?」
首をかしげる圭人。宮華の観た映画ってことは、どうせホラーだろう。ってことはあれか。圭人と会うのはこれで最後かもしれないな。
「ねぇ。鶴乃谷君の塾って、あそこだよね? その夏期合宿の話、ネットでほとんど出てこないんだけど。あっても“行ってきます”とか“行ってきた”とか。スマホ回収されてるからって、少なすぎじゃない?」
日下さんが頬杖ついたまま、空いている手でスマホをヒラヒラさせる。
「ほとんど死んだんだろ」
どこまでも投げやりな圭人。部室へ来て5分も経たずにこれだ。生徒会長ってアッパー系の作用が強い代わりに、後から反動で強烈に落ちるんだろうか。
「それで、急に部活をすることになったのは、どういうことだ? まさか集まってプールに行ったりお祭りに行ったりするのか?」
「オレたちがそんなことすると思うか?」
「ああ、そうか。そうだな。いや、悪かった。──ところでその紙、提出期限過ぎてるぞ」
「帯洲先生がなんとかしてくれるって言ってた」
「ならいいんだ。担当、仲井真先生だから、生徒じゃ今さら受け取ってもらえないかもしれない」
仲井真先生はやたら厳しくておっかない数学教師だ。そうか。本当はあの先生に直接渡すのか。よく考えたらそのへん全然知らなかった。たぶん帯洲先生もあやふやだったんだろう。
帯洲ちゃんに神のご加護があらんことを。
「じゃあ圭人が来られないなら、今日が木曜だから基本毎木でいいか」
「届けは全日○つけて出すといい。みんなそうしてたぞ。○をつけたからって必ずその日に部活をしなければいけない、というわけじゃない。ホチキスで留めてあった別紙に書いてあっただろう。読んでないのか?」
「用紙の右上のカドが破れてるのはなんでだろう、とは思ってた」
圭人は呆れたようにため息をついた。
「しっかりしろよ。部長だろ」
あのね。もうね。実際に言われるとこんなムカつく言葉もないね。圭人の言い方もあって効果はばつぐんだ。励ましつつも馬鹿にしている絶妙な感じ。
さすがにオレも耐性がついてきたけど、圭人が無自覚に出してくる“他人より上に立ちたい”って見えちゃうヤツ。基本的なウザさよりも、こういう所のほうがイマイチ他人に好かれない原因なんじゃないか。
だってホント、隠しきれずに溢れちゃいました! って雰囲気がもう、語彙力失うほどイラッとさせてくる。
どうってことない一言を口調や声の感じ、表情や仕草なんかでここまで嫌らしくできるんだから、ある意味呪われた才能かもしれないが……。
「せっかく公認の彼女持ちになったってのに、夏休みがそれじゃ残念だな。それとも、付き合い長いから今さらって感じか?」
オレは若干 嫌がらせの気持ちを込めて兎和の話題を振る。
「ん? ああ。兎和か。兎和なぁ……」
なぜか遠い目をする圭人。
「どうした? 行って欲しくないってキレ散らかされたか? 夏休みまるまる合宿生活してたら、他の女子か──」
「誰がキレ散らかすの? 長屋くん?」
「うわぁお」
心底びっくりしたんだろうね。無意識にそう言ってた。生まれて初めて。
声に続いて兎和さん本人が入ってくる。
「圭人。やっぱりここにいた」
「うん。こっちも1学期最後だろ。いちおう部員なんだし、顔を出しておきたくて。ただ遅くなっただろ? だから間に合うかどうかで急いでて……」
「それで私に声をかけ忘れた、ということね」
「ああまあ、うん。そうなんだ」
なんだろうねこの、いきなり始まった修羅場かどうかも解らないけど緊張した空気感。そういうのはよそでやって欲しい。オレたち完全に傍観者、というか巻き込まれたくなくて息を殺してる状態なんだが。
──というか、オレはさっきの失言を見逃してもらったってことでいいんだろうか。
「長屋くんは私たちが夏のあいだ離れ離れになることを心配してくれていた。そういうこと?」
ほら。安心しかけたとたんにコレだよ。穏やかな口調だが、圧がスゴい。ここで選択肢ミスったら人死にが出かねない。まあ、人というか死ぬのはオレなんですが。
しかも人生はオートセーブでそれなのにロードができないので、ではなぜセーブされるのか? いや、錯乱している場合じゃない。正解を出すんだ。
「心配しているわけじゃない。せっかくの高1の夏なのに、恋人同士で思い出が作れないのは惜しいって話だ」
やったか!?
兎和の眼鏡の奥で目が細くなり、閉じた。オレの言葉を査定してるらしい。程なくして目が開いた。
「そちらの女子二人はどう? もし恋人が圭人みたいに合宿へ行くとしたら?」
なんでだよ! なんでオレの回答を保留にするんだよ!? やるならひと思いにやってくれ。こっちは今どんな状況なのかノーヒントなんだぞ。なんなんだその妙なタメは。
一方、急に質問を向けられた二人は少し困った様子だった。
「私はほら、恋愛なんて全然……その……全然だから。前に恋バナしようとしたときもアレだったでしょ?」
全力回避の宮華。
「自分の場合どうだか解らないけれど、兎和さんなら気になることとかあれば、先に手を打てるんじゃないの?」
おお! 日下さんが兎和をそつなく華麗に持ち上げた。危機に際して能力を爆発的に目覚めさせたんだろうか。口調に熱がないのは気になるが、日下さんならいつものことだ。
兎和はオレたちの言葉を受け止めるようにうなずいた。
「私と圭人はこれまでも、これからも、いくつもの夏を一緒に迎えるのよ。だから一度くらい、高校生の間くらい、別々でも構わないと思ってる。それに、テンプレ的な夏の思い出をスタンプラリーみたいにこなすなんて、私の趣味じゃないの。他の形だってあるでしょう? そして私はそう、懸念があれば先手を打って潰しておける。つまりはそういうこと」
一瞬訳が分からなかったが、兎和がオレたち3人の言ったことにまとめて答えたんだと、少しして解った。そして最後の一言は、圭人に向けられたものだった。
スーッと息を吸う音がした。見れば圭人が、何か覚悟を決めたような顔をしている。
「じゃあ、行くか」
すると言われた兎和が少しだけ、動揺したように視線をさまよわせた。
「圭人を探し回って少し疲れたから、お茶の一杯でも頂いて、それからにしましょう」
なぜかその言葉で、圭人の中のなにかが緩んだようだった。決意の表情が消え、いつもの感じに戻る。
と、ここまでまるで神の視点みたいにあれやこれや言ってきたが、実際にオレがそう読み取ったとおりなのか、さっぱり解らない。
二人が本当は言外にどんなやり取りをしているのか。そもそも、そんなものがあるのかどうかも不確かだ。
ただ、そういう語られない何かがあるとでも思わないと圭人たちの言動はあまりにも意味不明だし、思わせぶりすぎる。
とはいえ、じゃあなんなんだ? 結局オレたちは兎和と圭人のなにかに、いいように利用されただけなんだろうか。少しくらいこっちに説明があってもいいんじゃないか? ダシにされるってこういうことなんじゃないか? それじゃまるで便利な舞台装置か、引き立て役のモブキャラじゃないか。
別にそれならそれで勝手にやってくれて構わないけれど、少し面白くない。
と、宮華たちの方を見ると日下さんは飽きたって顔してるし、宮華は手元のミニノートにこっそり何か書いている。たぶん七不思議絡みのアイデアだろう。なんのことはない。二人とも目の前のことにたいした興味がないのだ。
オレは一人で熱くなりかけていたことに気づいて、急に落ち着いた。
圭人と兎和が本当に重要な場面を今まさに迎えているんだとしても、それは二人だけの話であって、オレたちが理解したり共有される必要はない。どんなに親しかろうが、そうでなかろうが、別に何もかもを理解し合うなんてことないのだ。
たぶん宮華と日下さんにとって、周囲で展開される人間関係は基本的にすべて何だか理解できず、自分を置いて勝手に進んでいくようなものなんだろう。
それが当たり前すぎるから今もたいして気にならず、なんなら退屈だってのを隠す気にさえなれない。
もしかしたら圭人や兎和にとっては、そういう冷たさのない無関心さが心地よくて、郷土史研究会に来ているのかもしれない。
こんなことを考えてるって知られたら宮華や日下さんは“深読みしすぎ”だとかなんとかでキモがるだろうけど、オレはすごくシックリくるものを感じた。
その後はお茶を飲んだり冷蔵庫で凍りかかったゼリーを食べたりなんかしつつ、テストのことや今学期のこと、気に食わない先生のことや兎和の仕入れたゴシップなんかの話をして過ごした。
そうしているとみんな陰キャだとかコミュ障だとか、孤立しがちなヤツだとか、そんなふうには見えない。
もちろんそれはお互いに慣れた相手同士だからで、ひとたび外へ出ればそれぞれがボッチ気味だったりコミュ障の陰キャなのは逆ラブ地蔵の時を思えば明らかだ。
けれど、そんな奴らがここでは普通に振る舞えるってのは、なんだか改めて考えるとなかなか悪くない。そう思えた。
……これもう、ここで最終回でいいんじゃないだろうか。
「イチロ、さっきからなに黙ってニヤニヤしたり感慨深い、みたいな顔してるの? 普通に見ててわかるし、キモいよそれ」
「長屋くんも三人以上のグループだと、急に喋らなくなるタイプでしょう? そういう人って会話に参加してる雰囲気だけ出すよね」
宮華と日下さんが容赦なくディスってくる。
「どうせ、こういうのも悪くないな、なんて考えているんでしょう? まあ、長屋くんは特に何もしてないわけだけれど」
「いや、もし長屋がいなかったら……まあ、その、なんだ。少なくとも僕は女子三人のグループに入っていくのはハードルが高い」
容赦なくこっちを暴いてくる兎和と、フォロー下手くそな圭人。
「で、このあとどこか行くの?」
唐突にさっきの話を蒸し返す日下さん。おま、それ、今のタイミングで聞くか? これだから空気読めないヤツはよぅ。
しかし、兎和はその上を行く存在だった。平然とうなずいて言い放ったのだ。
「今日はウチ、両親がいないの」
「え……?」
「テンプレスタンプラリーじゃないひと夏の思い出。それってたぶん強烈ななにか」
「言い寄られる懸念を先に潰すために、何かする、なら、今日がラスト?」
オレたちの呟きに、点と点が線でつながる。
「「「あっ!」」」
「さあ。どうかしらね?」
「おい。おじさんとおばさんがいないから、うちに来て夕飯食べてくってだけだろう。誤解されるじゃないか。……まあ、僕らのことなんていいんだよどうでも」
真相はよく解らない。
こうして最後まで兎和に掻き乱され、オレたちの1学期は終わった。
 




