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第3の不思議︰逆ラブ地蔵-10

 石を手にした兎和がすべてを終了させて以来、オレの中では疑問が渦巻いていた。

 兎和と圭人は学内公認のカップルになった。オレにはどうも、それこそが兎和の真の目的だったように思えるのだ。けれどそれはなんのためなのか? いったいいつから、どの段階までが兎和の計画だったんだろうか? どの程度がアドリブなんだろうか? そもそも現実にそんなことが可能なんだろうか? 兎和はいったい何をどの程度まで見通していたんだろうか?


 答えが出ないままオレは期末テストの答案用紙を埋め、テスト期間が終わった。残りの五日間はテストの返却や1学期の範囲を無理やり消化するための授業なんかで、全体としてはもう夏休み気分だ。


 郷土史研究会はオレを含めなんとなくパッとしない空気に包まれていた。だれも逆ラブ地蔵の件については話題にしない。

 初日に圭人が顔を出して、


「いやあ、みんなの前で告白しちゃったよ。まさか僕が兎和と付き合うなんてな。困ったよ。付き合うって、どうすればいいと思う?」


 などと寝ぼけたことを言っていたが、宮華と日下さんの放った殺意の波動を感じると口を閉ざし、以後その話題は出さなくなった。


 個人的には少しそっけなくされたくらいであれほど落ち込むくらい兎和のこと本気で好きだったんだな、復縁できてよかったな、と思わないでもないけれど、オレにだけ愚痴を装ったノロケ送ってくんのマジやめろ。スマホぶん投げそうになる。


 そして終業式前日。塾があるとかで帰った圭人と入れ替わりに、兎和がやって来た。帰る前に寄ったらしく、バッグを持っている。


「どうしたの? みんな浮かない顔をして」

「いや。ちょっとな。どうかしたのか?」

「たいした用はないけれど、遊びに来たっていいでしょう? ああ、部員じゃないと困るって言うなら、入部してもいいけど」

「いえ、部員じゃなくても歓迎する」


 珍しく宮華が応えた。隣で日下さんもうなずいている。さすがに兎和にはもう、人見知りしないでいられるらしい。


「逆ラブ地蔵の話、上手く行ってよかった。あのときは急にごめんなさいね」

「あれは結局、なんだったんだ?」

「何って、あのとき見てたことがすべてよ」

「でも、圭人に告白するよう仕向けてただろ」

「会長として圭人にも見せ場が欲しかったの。あとはまあ、役得とでも言うのかしらね。圭人からあんなふうに言われたことなかったし」


 珍しく照れたような微笑みを浮かべたが、仕向けたってのを否定しないのは兎和らしい。


「それに、これでみんな私たちの関係を知ったでしょ。だから圭人にちょっかいを出そうなんて女もいなくなるだろうし」

「そんなものず……そんなヤツいるのか?」

「今はいないと思うけれど、この先も確実にしておきたいじゃない」

「でも、どうやってあんなに短期間でみんな辿れたの?」


 こちらも珍しく日下さんが尋ねた。


「それこそ簡単。まず原口さんの所に行って誰に石を回したのか聞いて、その人のところに行ってまた誰に回したのか聞いて。その繰り返し」


 あっさり言うが、みんな後ろめたいはずで簡単に口を割ったりはしないだろう。いったいどんな特殊な交渉術を使ったのか。想像したくもない。


「それにしても、原口さんはどうして石を手放したの? 他人に押し付けたりせずに、自分で持ってそうだけど」


 宮華に訊かれ、兎和はうなずいた。


「石の効果が本物かどうか、検証したかったそうよ。誰に、とは言わないけれど“ものすごく性格いい娘だから、まさか他人に石を押し付けるとは思わなかった”ですって」


 その口調には隠しようもない馬鹿にした響きがあった。

 たしかに、それってもし効果が本物なら最悪四日目には死ぬかもしれないってことで、仕掛け人のこっちが言えることじゃないけど、ロクな性格してないと思う。もし原口さんが科学方面に興味を持っていたら、立派なマッドサイエンティストになっていただろう。


「ハッキリ言ったわけじゃないけど、原口さん的には何事もなく四日目を迎えるだろうと予想していたみたいだけれどね」

「じゃあ、なおさら自分で試しゃいいのに」

「いろいろと事情があるの」

「どういうこと?」


 日下さんの疑問をさに応えて、兎和はホワイトボードに文字を書いた。Aさん、Bくん、原口さん。そして何やら書き足す。


「こういうこと」


 Aさん←(友達)→原口さん

 原口さん(スキ)→Bくん

 Bくん(友達)→原口さん

 Bくん(スキ)→Aさん

 Aさん(キライ?)→Bくん


「ポイントはAさんがBくんを嫌っているように見える、ってとこね」

「つまり原口さんは石をきっかけにAとBをくっつけようとしたのか」

「そういうこと」


 良かった。サイコなオカルティストはいなかったんだ。それにしても──。


「ラノベみたいだ」

「自分の身近にない人間関係を創作扱いするのは感心しないわね。私から見たら、あなた達のしていることより遥かに現実味があると思う」


 話としては原口さんたちの方がありそうなこと、か。たしかにオレだって、他人から七不思議創りのことを聞かされたら投稿サイトに載せる小説のあらすじかと思うだろう。


「そうだ。これ」


 兎和はバッグからサイズも見た目も種類も違う石を三つ取り出した。


「今日までで私のところに持ち込まれたのが、とりあえずこれだけ」


 意味が解らなかった。


「どういうことだ? 石は一つしか用意してなかったはずだぞ……」


 兎和は肩をすくめる。


「知らないうちにバッグやポケットの中に入れられていたそうよ。逆ラブ地蔵のかけらですって。まったく。人間の悪意ときたら……」


 兎和はやれやれとでも言いたそうにため息をつくと、石をバッグに戻した。


「これは私が処分しておくから。それではまた、2学期に。それとも夏休みに会うことがあるかしら」


 そして兎和は帰って行った。

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