第3の不思議︰逆ラブ地蔵-09
追跡と狩りの時間が始まったきり、兎和は部室へ来なくなった。オレたちは不安なままテストの準備期間を迎えた。
準備期間はテスト開始の1週間前から。原則部活は休みになる。“集まって勉強会しよう”なんて言いだすヤツがいるはずもなく、オレは穏やかな気持ちで宮璃のテスト勉強を見てやりながら、自分の勉強に打ち込んだ。進学校になりたい新設校へ送りこまれたのは、断れない性格だったから、ってだけじゃないのだ。
そして、準備期間も残り二日になったときのこと。帰ろうと下駄箱へ行くと兎和がいた。
「明日の放課後、そうね。17時半に部室へ集まってちょうだい。他の二人も誘って」
「部活は禁止だぞ」
「部活じゃないから問題ないわ。すぐに済むから」
「いちおう、何するつもりか教えてくれ」
すると兎和は周囲に目を走らせた。聞かれちゃ困るってことなんだろう。
「先日の学校新聞の件で、確認したいことがあるの」
それでもちゃんとそれっぽいこと答えるあたり、さすがだ。きっと誰かがここまでの話を聞いてた場合、不審に思われないようにってことなんだろう。
なんかだんだん兎和の考えてることが読めるようになってく自分がイヤだ。効率的な手下として調教されてるみたいで。
ふと、兎和は心配そうな顔をした。
「長屋くん。二人の連絡先は知ってるのよね?」
「当たり前だ」
答えたものの、日頃のオレたちを見ていると心配になるのも解る。そもそもオレ、いまだに兎和の連絡先を知らないからな。
といってもコミュ力がどうこうで知らないわけじゃない。知ったが最後、いつなんどきでも兎和からの指令が降ってきて、いいように使われそうな気がしてならない。つまりこれは、あえて繋がらないようにしているのだ。
「そういえば、急に予定が変わるとか、何かあったときのために連絡先を交換しましょう」
オレは戦慄したし思考を読まれてるんじゃないかって本気で不安になったし絶望したし逃れられない恐ろしい運命の牙に捕らえられたのを感じたし連絡先を交換した。
そして翌日。オレと宮華、日下さんの三人は早めに部室へ来て兎和様の来訪を待った。
「なんで部員でもない女にこんなタイミングで集合かけられなきゃならないの、って言いたいところだけど、仕方ないわね」
宮華の言葉に日下さんが同意する。
「私たちの手に負えなくなっちゃったからねぇ」
そして、ボサっと待っていると兎和がやってきた。
兎和は一人じゃなかった。圭人と、他に男女合わせて十人くらいを連れている。原口さんほか、トップグループのメンバーも何人かいる。
オレたちは黙って彼らが入ってくるのを見ていた。オレは兎和様の忠実なしもべとして主人のやることに口を挟めないし、宮華と日下さんは知らない奴らの襲来にフリーズしていた。
みんな不安そうだが、それよりも圭人だ。圭人はげっそりとやつれ、目にくまができ、顔色が悪い。テスト勉強だけでここまではならないだろう。そういえば2、3日前に“準備期間の少し前くらいから兎和がやけにそっけない”とかってメッセージ来てたな。そのせいだろうか。ってか、オレあれ返事したっけ。
最後の一人が部室に入ってドアを閉めると、兎和は一同の前に出た。隣に圭人が立つ。目で合図されたので、オレも兎和の隣へ立った。兎和が左右にオレたちを従え、他のみんなと向かい合う配置だ。
兎和は手をパンと打ち鳴らして一同を見渡し言った。
「さて。ここにいる人は全員、これに見覚えがありますね」
そしてポケットから石を取り出す。宮華作、逆ラブ地蔵のかけらだ。全員、顔がこわばる。
「この際、誰が誰に押し付けたのかは問わないことにしましょう。お互い、その方がいいでしょう?」
兎和は返事を待たず続ける。
「そもそもこれは本物なんでしょうか?」
そしてオレにうなずきかける。オレは兎和からうやうやしく石を受け取ると、確認した。
「本物だ。ここに線みたいなのが彫ってあるだろ? これは明暦元年霜月朔日って彫ってあったものの一部だ。これがあったからオレたちはこれが逆ラブ地蔵の台座だって特定できた」
オレはぜんぜん別のタイミングで使うはずだったセリフを口にする。兎和がそれを聞いてうなずいたので、オレは口を閉ざした、
宮璃、見てるか? 義兄は主人のちょっとした仕草だけでその意図を察する立派な下僕になったぞ。助けてくれ。
「生徒会としては、こんな陰湿な事態を見過ごすわけにはいきません。そこでこの石は私が預かることにしました」
誰も、何も言わない。ただ、そろって後ろめたそうな顔をしている。
「三日以内に付き合いたくない人と付き合うか、誰かに石を渡す。さもないと死ぬ……バカバカしい。そんなこと、あるわけないでしょう」
兎和は馬鹿にしたように、手にした石を見た。
「ですが、この石を持っていることで何か不幸が起こるんじゃないか。私が考えを変えてまた誰かに、自分に、石を回されるんじゃないか。そんな目で見られるのはゴメンです。ですから──」
そこで兎和は言葉を切った。そして一人ひとりと目を合わせ、緊張感が高まるのを待った。
そして充分だと判断したところで、再び口を開く。
「ですから私は、誰かと付き合います」
小さなどよめき。冷静に考えると少しおかしな展開なんだけれど、兎和の放つオーラと自信に満ちた態度にはそうした疑問を寄せ付けないものがあった。
「私は誰とも等しく付き合いたくありません。それはつまり、付き合う相手は誰でもいいということになります」
あれ? 少し前に遠藤が似たようなこと言ってなかったっけ。馬鹿な。あの遠藤と兎和が同レベルだなんて……。オレは確かだと思っていた世界の堅牢さが揺らぐような不安に襲われた。
「もちろん、今から急に私に付き合いたいと言われて、明日までにオーケーする男子なんて普通いないでしょう。ですがここには幸い事情を知っていて、悪いことをしたと思っている男子が何人かいますね……。さて、誰にしましょうか」
兎和はそう言うと、居並ぶ男子たちを一人ずつ、じっくり見ていった。それはまさに、獲物を狙う捕食者の視線だった。たじろぐ男子たち。
そのとき、オレは兎和を挟んで反対に立つ圭人の虚ろな目に光が宿ったのを見た。そんな場面を見たのは初めてだったけれど、見ればそれと解るもんなんだな。
圭人は兎和に向かって言った。
「会長として、大事な生徒を守るため、副会長ばかり犠牲にするわけにはいかない。それにこれは、生徒会の中だけで背負ったほうがいいだろう。だから──だから兎和。僕と付き合おう」
二人以外の全員が息を呑んだ。
「ふむ」
兎和は横目に圭人を見ると、手で顔を覆うようにして眼鏡を押し上げた。そのとき、手の平に隠された口元が一瞬ニチャリと邪悪な笑みを浮かべたのを、オレだけが目撃した。
「解りました。会長がそう仰るのなら」
応える兎和の顔も声も、平静そのものだ。
「それではみなさん。私たちはこの陰惨な連鎖を断ち切るため、付き合うこととします。そして石は私が厳重に保管します。これにてこの件は解消。以後は余計なことを考えず、学業に励んでください。まずは明日からの期末テストですね。それではみなさん。貴重な時間をさいて集まってくださり、ありがとうございます。解散としましょう」
その場にいた生徒たちはみな、当惑していた。たしかに言葉としての意味は解る。意味は解るが、あまりの超展開ぶりに気持ちが付いていかないのだ。
「さあ、ほら。どうしたんですか。いつまでもここに立っていたって仕方ありませんよ」
兎和に促されて部室を出ていくあいだも、みんなはまだ呆然としていた。残されたオレたちも気を取り直して解散するまで、しばらく時間が掛かった。




