第3の不思議︰逆ラブ地蔵-08
砕かれた逆ラブ地蔵のかけらを出回らせる。そんな案を出してきたのは、もちろん宮華だ。同じ部活になって以来、おれはいつかコイツがSNSで大炎上して個人情報晒し上げられるんじゃないかと気が気じゃない。
そもそも七不思議の目撃者は多かれ少なかれ怖い思いをする。その点では褒められたことじゃない。けど、そもそも何かを見たり聞いたりしたと思って恐怖するのと、悪意の塊みたいな呪われたアイテムを個人的に押し付けられるのとじゃレベルが違う。今回のは完全に一線を越えてる。
だから普通なら、オレと日下さんは宮華を止めただろう。けど、そうしなかったのには理由がある。
兎和の締切が迫ってたから、じゃない。いやその、違うんだ。本当に。信じて。
そうじゃなくて宮華の提案した、石を最初に手に入れるターゲットが特殊だからだ。
原口真帆。校内で一番目立っている上位男女グループの一人だ。あ、いや、待ってくれ。最後まで話を聞いてくれ。ください。
いやその別にですね。学内でイキってる陽キャグループに嫌がらせをしてやりたいとか、そういう気持ちはかけらもないんです。ほら、この目を見てください。少し濁ってるかもしれないですが、磨けば光る、曇りなきまなこです。
まあそんな自分への弁解はさておき。原口さんは高校生、というか生命体離れしたレベルの、クール系美人だ。ショートボブが似合う、少し灰色がかった色素の薄い瞳。高くて真っ直ぐな鼻筋に形のいい唇。肌の色も白くて、遠目には少し発光してんじゃないかと錯覚するくらいだ。
それでいて性格は陽気でハイテンション。言動のいちいちに自信とパワーが満ちている。そしてオカルト好き。4月早々にオカルト同好会を作ろうとして学校から却下されたのは、宮華でさえ知ってるほどの有名な話だ。原口さんみたいな人が人気占い師だとか、カリスマ宗教家として成功するのかもしれない。
とにかく、そんな原口さんであれば逆ラブ地蔵のかけらを手に入れて狂喜乱舞することはあっても、怯えたり悩んだりすることはないだろう、というのがオレたちの結論だった。
誰かに呪われた石を押し付ける。そのヒドさが兎和の言うおぞましさで、オレがそれに反論したかったのは、むしろ今回のターゲットにとってはご褒美だからだ。
それだけじゃない。これまでの七不思議についても原口さんはかなり熱心に追ってくれていた。
ひきこさん探しがあんなに盛り上がったことにも、今までの二つの七不思議が一時的な話題で終わらなかったことにも、原口さんの存在が無視できない影響を与えていた。
なにせ熱心に情報を集め、考察し、当事者になりたがり、語る。それはもう熱狂。オレなんかよりも、よっぽど熱心だ。
普通なら周囲が引きそうなところだけど、原口さんの場合はむしろそれが周囲を引きつける。つるんでる奴らも嫌がることなく、ときにからかったりしながらも好意的に受け入れていた。
もし彼女を仲間にできれば……苦もなく乗っ取られるな。……いや、むしろそれで原口さんを兎和にぶつければ……怪獣大決戦で厄介事だけが増えそうだ。
燃え盛る街を踏み倒しながら戦う二人の足元をオレや宮華、日下さんが逃げ惑う絵が思い浮かぶ。
兎和と別れたオレはあれから部室へ行き、兎和に吹き込まれたとおりのことを説明して、計画は変更なく実施されることになった。
といってもやることは単純で、スクーリングという一般生徒とは別の時空に生きている日下さんが体育の時間に教室へ侵入し、原口さんのバッグに宮華お手製の石を忍ばせるだけだ。
石は拳よりやや小さいサイズで割った断面が新しく、露出していた部分は泥がつき、苔が生えていて、うっすらと字の一部みたいなものが刻まれている。
あとは原口さんがそれを発見して嬉しそうに見せびらかすのを待つばかり。なのだけれど、四日経っても五日経ってもそんなことにはならなかった。そしてとうとう十日が過ぎた。同じクラスの宮華が言うには、少しも変わった様子はないらしい。
「あんなヘラヘラした奴らをこっそり見守ってなきゃいけないとか、なんの拷問なのよ」
宮華が屈折した陰キャ丸出しなことを言う。
「睨みつけたりしてないだろうな」
「するわけないでしょ。そんなことして声かけられたらどうするの。聞き耳立てながら、そっと視界の端に入れるだけ。直視したらまぶしさで目が潰れそう。聖なる光でも放ってるんじゃないの?」
「どんな闇属性だよ」
オレたちは部室で対策会議を開いていた。
「そっと持ち帰って大事にしまってあるとか?」
日下さんの言葉に宮華が首を振る。
「前に心霊写真が撮れたとかで、わざわざお店で写真プリントして見せびらかしてたし、それはないと思う」
「でも心霊写真と、呪われた石を誰かに押し付けられるのとじゃ全然違うんじゃないの? 石の方は誰かの悪意がある感じするでしょ」
もしかしたら原口さんは宮華(哀しい闇生物)が真顔で抱く、光の種族に対する悪意を感じ取って怖くなったのかもしれない。
「それならそれで、取り繕ってないで怯えたり不安がったりすればいいのに」
おまえの謎に強い敵意にこっちが怯えたり不安がったりしそうだぞ。
「まあ、冗談はさておき……。なによその目は。冗談に決まってるでしょう。で、ひとつ確認したいんだけど、日下さん、原口さんのバッグ間違ったりしてないよね?」
「してないよ」
「断言できる?」
日下さんはこちらに待つよう手を立て手合図すると、スマホを取り出し写真を映して見せた。
周囲が写るよう少し離れたところから教室を撮った写真だ。スワイプすると、口を開いたバッグに石を入れようとしている写真が表示される。
「原口さんの席はここで、バッグはこれでしょう?」
「ええ。そうね……」
「ていうか、なんでこんな写真を?」
日下さんはオレにダルそうな視線を投げかけた。
「用心はするに越したことないじゃないの。実際にいま、こうして役立ってるんだし」
ってことは、上手く行かなかったときに自分のミスが疑われるかもしれないと予想してたたってことだろうか。
石を入れる写真に写ってる日下さんの手は指紋対策で軍手をはめているし、わりと用心深い性格なのかもしれない。それにしてもなんだろうこの、そこはかとなく漂うお互いの信頼感薄い感じは。
「それで、どうする? もうすぐテスト期間で、それからすぐ夏休みだぞ」
オレたちは無言で顔を見合わせた。どこか遠くから、練習する運動部の掛け声が聞こえる。
“助けて兎和えもーん!”
と叫んだわけじゃないけれど、オレたちは人気店の期間限定レモンカスタードパイを生贄に、生徒会というデッキから兎和さんを召喚することにした。
オレが呼びに行くあいだにダッシュで宮華が買いに行くのだ。“幽霊部員の幽霊”騒ぎがあったせいで日下さんは一人部室に残るのを渋ったけれど、一人で兎和を呼びに行けないし宮華ほど体力もないんだからしかたない。
「ところであの店、けっこう遠いけど間に合うのか?」
「大丈夫。駐輪場の鍵かかってない自転車があれば勝ったも同然」
「おい」
「冗談よ。私が並の男子より長距離走速いの知ってるでしょ」
「いや、知らん」
そんなわけでオレたちは各自のミッションを果たしに行った。兎和は会議中で終わるのを待たされたが、戻ってみると宮華はまだ帰ってなかった。
さて、どうしたものか。先に話を始めるかと迷っていると、廊下を走る音がした。そして勢いよく開くドア。はいってきたのは汗で全身ずぶ濡れになった宮華だ。顔も赤いし、息がきれて肩が上下してる。
「ごめん。待たせて。全員……ハァハァ……自転車に鍵、掛けてる、とか。ハァ、ありえ、ない。ここ、学校だよ」
「おまえ、チャリよくパクられてないか?」
「なんで、……ハァハァハァ……なんで、解るの?」
コイツを見てると、学校の成績と頭の良し悪しは別なんだってことがつくづく実感される。
オレたちのやり取りを聞いていた兎和が呆れたように眉を上げた。
宮華は部室のすみにある冷蔵庫から麦茶の600ミリペットを取り出すと、一気に飲みきった。大きく息を吐いて、ようやく落ち着く。
ちなみに部室の冷蔵庫は壊れかけたものを帯洲先生が寄贈してくれたのだ。やたら恩着せがましい言葉から縦読みするような気持ちで重要ワードをピックアップすると、“死んでも粗大ゴミの処分費払いたくない”ということらしかった。
冷蔵庫は温度調節がガバガバで、妙にぬるい状態と全力ですべてを凍らせるような状態とがランダムに入れ替わる。
揺すられてそこそこ形の崩れたレモンカスタードパイを食べながら、オレたちは状況を説明した。話が終わると兎和はカレンダーに目を向けた。
「たしかに、このまま夏休みに入るのは良くない。原口さんに石が渡ってから十日……。本当はもう少し期間を取りたかったけど、仕方ないわね。」
「どういうことだ?」
「追跡と狩りの時間が始まるということよ。大丈夫。任せて」
異様に頼もしい。と同時に、兎和でもこんな馬鹿みたいなこと言うんだなあ、と変に感心してしまった。なんだよ“追跡と狩りの時間が始まる”って。しかも見たことないようなキメ顔してるし。
それが圭人の言っていた“機嫌がいいときの兎和”だと気づいたのは後になってからだった。




