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第3の不思議︰逆ラブ地蔵-06

 できませんでしたと兎和に言うのが怖くて、オレたちは必死で計画を練った。アイデアを出し合い、検証し、修正する繰り返し。日が減るにつれ、オレたちの顔には死相が濃くなっていたに違いない。

 部室へ顔を出す圭人だけが何も知らずのんきだった。


「最近、兎和の機嫌が良くてな、生徒会が楽だよ」


 ぶん殴ってやろうかと思った。



 そして1週間後。オレたちはどうにか完成したプランを兎和に説明した。最後まで話を聞いた兎和はうなずいた。


「よくできてるじゃないの。おぞましくて、意地が悪くて」


 怒りに思わず立ち上がった宮華を、日下さんが必死に押し止める。


「褒めてるのよ。だってこれは、そういう話でしょう? 最大のインパクト。目撃者たちが長く語り伝えるような物語。あなたたちが作ろうとしているのはそういうものでしょう?」

「それはそう、だけど」

「それで、準備にはどれくらいかかるのかしら?」

「モノはそれこそ1週間もあれば」

「そう。ならちょうどいいわね。じつはあなた達の計画の中で、口コミで話を広げるって部分。もっと早く、確実な方法があるの。1週間なら、ちょうどそれに間に合うわ」

「それって、どういう?」


 オレの質問に、兎和は冷たく微笑んだ。



 兎和のアイデアを聞かされて、オレたちは戸惑った。確かに最初の案よりもずっと効果的で確実だ。ただ計画の一部を変更しなきゃならないし、キモの部分がやりにくくなる。

 それになにより、兎和の案だとオレたち郷土史研究会の名前が表に出ることになる。最悪、歴史同好会に目をつけられて追跡調査されるなんてことになったら嘘がバレかねない。


「そこは素早くやれば大丈夫よ。世間はつまらない真実より面白い虚実を受け入れるものだし、シナリオから外れそうになったら私もサポートするから」


 兎和がそう言うと、いかにも説得力があった。あとから考えればそこにはなんの根拠もなかったし、実際に事態はオレたちのシナリオから大きく外れることになったんだけれど、この時のオレたちはとにかく兎和に認められたことで気が緩んでいて、誰もそこまで考えが回らなかった。



 そして10日後。学生新聞の最新号が貼り出されると、ちょっとした騒ぎになった。そのトップ記事はこうだ。“幻の逆ラブ地蔵、見つかる。”

 兎和が権力と説得力をちょろっと使って新聞部に書かせたのだ。


 記事は逆ラブ地蔵について解説し、その起源や呪いについて語り、それを郷土史研究会が発見した、という内容だった。写真もあるし、ご丁寧に本家ラブラブ地蔵や双体道祖神についての解説も書いてある。まあ、オレが頼まれて書いたんだけど。

 おまけに、取材に来た新聞部に向かってオレが“ラブラブ地蔵の反対なんで、逆ラブ地蔵ですかね”と言ったことになっている。最悪だ。


 確かに宮華たちが喋れないからオレが言ったんだけど、これじゃオレのネーミングセンスがアレみたいじゃないか。記事を見てる奴らが小声で「逆ラブ地蔵だって(笑)」って囁いてるのが聞こえたときは、ダッシュで壁に頭ぶつけて死にたくなった。


 昼休みになると、逆ラブ地蔵の台座跡とされている苔と土にまみれた岩の周りには大勢の生徒が見物に押しかけていた。オレたち郷土史研究会のメンバーと圭人も集まっている。


「おまえ、いつの間にこんな発見したんだ? 僕に教えてくれてもよかっただろ」


 圭人は本気で傷ついた様子だった。


「兎和さんに口止めされてたんだ。余計なことでお前の気を散らさないようにって」


 兎和の名前を出すと、渋々ながら圭人は納得した。


 それにしても、周囲の視線が痛い。宮華と日下さん、黙って立ってればタイプの違う孤高の美少女二人と、冴えないオレだ。

 宮華はほかの女子から浮いて日頃から悪目立ち寸前のぎりぎりポジションだし、日下さんはやたら背が高い、誰もが見知らぬ生徒なので“誰だコイツ”って意味でも目立ってる。

 オレはそんな二人となぜか同じ同好会で部長をやってるわけで。

 他の男子が向けてくる“ハーレムものの主人公気取りかよこのクソが”という気配をめちゃくちゃ感じる。被害妄想で片付けようにも片付けられないくらいに。“なんでこの三人でツルんでるの?”という女子からの好奇もハンパない。

 見れば宮華も日下さんもストレスで唇の色が悪くなってるし、さっきから呼吸が早くて浅く、今にも吐きかねない。おまけに顔を石の方に固定していっさい他を見ようとしないし、棒立ち不動だし、麻痺毒にでもやられてるようだ。


「ようナゴヤ。オレはいつかお前がやらかすんじゃないかって思ってたよ」

「おまえ、人を犯罪者みたいに」

「似たようなもんだろ。まず誰からやる? 1組の藤田、西岡カップルか?」


 バカすぎて空気が読めないことに定評のある、野球部の遠藤だった。あからさまな“別れさせようぜ!”発言に周囲がザワつく。


「それかさあ、オレが石持ってたら、同情して誰か付き合ってくれるんじゃね? 誰とでも付き合いたいってことは、誰もが付き合いたくないってことになるだろ? 哲学的に考えて」


 突き抜けたバカだ。顔も悪くないし野球上手いのにこれまでモテた試しがないのは、出会って5秒でこのバカさが即々バレるからだろう。

 今日ばかりはそれが素晴らしい。あまりのアホらしさに、オレは気が楽になった。宮華たちも同じようだ。


「そういえば、兎和がいないな」


 圭人がそう言ったときだった。


「そこの生徒たち、ちょっとどきなさい」


 声がした。見れば帯洲先生がスコップを持った教師数人を連れてやってくる。

 帯洲先生はすれ違いざまにオレを軽く睨むと、スコップを持った教師たちにうなずいた。


「校内に不要な騒ぎをもたらすこと、および、歴史的に価値があることふまえ、これは撤去します」


 帯洲先生が張りのある声で告げる。そして彼らはあっさり逆ラブ地蔵の台座跡を掘り返すと穴を埋め、岩をどこかへ持ち去ってしまった。掘り出された岩は意外と小さく、教師の一人が両手で抱えられる程度だった。

 わずか10分ほどの出来事だった。オレたちを含め、集まった生徒は全員、それを呆然と見送るしかなかった。


「な?」


 なぜか遠藤が得意げに俺の肩をポンポンと叩いた。

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