第3の不思議︰逆ラブ地蔵-05
家に帰ると宮璃がいた。ソファにうつぶせで寝っ転がって、スマホをいじっている。
「おかえりー」
「おう。ただいま」
床に座ると疲れが押し寄せてきて、少しぼんやりしてしまう。さっきの恋愛トークで精神力を使い果たしたせいだ。
普通、異性とそういう話をするのって発見があったり楽しかったり、ちょっとドキドキしたり、思わせぶりなことを言って言われてだんだん本気になったり、とか、そんな感じなんじゃないかと思ってたけど全然ちがった。
考えるまでもなくあのメンバーなんだからそりゃそうなんだけど、ネットの記事見てワンチャンあるかもと思ったオレが間違ってた。
それは例えるなら、山盛りのマズい料理が大皿で出てきて、お互い自分は少しつつくだけで何とか他人に食べさせようとしあってるような状況。しかも兎和だけが平然とモリモリ食べながら、オレたちにも食べるよう勧めてくるっていう。
ま、そんなでも宮華と日下さんが兎和と少し打ち解けられたんだから、無理をしたかいはあったか。
七不思議創りも進むといいなぁ。もうネタ出しに付き合うのにも疲れてきた。
「イチニィ、どうしたの? ぼんやりして」
「んー。ちょっと疲れてな」
「慣れないことするからだよ」
「ん?」
「歴史の本読んだり、調べものしたり」
「そういう知的な作業、得意なんだぞ」
「へぇ……。まあ、それはどうでもいいんだけど」
「まあ、そうだな」
「本当はちょっと関係あるんだけど」
「もちろん、そうだろうな」
「……それでね?」
みごとにスルーされた。このあたり、付き合いの長さと親密さが現れてるな!
「星高のあった辺りって、昔はお寺の土地だったんでしょ?」
「ああ。あの法陵寺って大きいお寺あるだろ。あそこが持ってたんだ。それを明治時代に地域振興のためって、あの財閥系の電機メーカーに売却したんだ、それで──」
「うん。そうそれでさ」
せっかくオレの地域史に詳しいアピールを遮る宮璃。容赦ないぜ、扱い雑だぜ、兄妹って感じがするぜ。
「お寺の土地だったときに墓地があって、その会社に売ったときにお墓を移転させることになったんだって」
「んー。なるほど」
同意しながら、オレは必死で記憶を探った。墓地、だと? そんな話あったっけ?
「そういうこともまあ、あるだろうなぁ、うん」
ひとまず平然と、自信ありげに曖昧な言葉でごまかす。
「でね。その中にひとつ、どうしても移せなかったお墓があったんだって。移動させたり、掘り返そうとすると不幸が起きて。それで最後は爆破したんだけど、なぜか火薬の量が間違ってて、現場で大勢の人が亡くなったの。しかもそのお墓、今でも根本の部分はそこに残ってるんだって」
「あー。星高じゃないけど、そういう話ってよくあるよな。木とか岩とか」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
「じゃあ、その話って」
「たぶん創作だろ。それにこっちじゃそんな話、誰もしてないぞ」
……と、思う。いや、どうなんだろう。オレだけが知らないって可能性もあるしなぁ。しかし、オレ以上にオレを信頼してくれてる宮璃は素直に納得した。
「そうなんだ。それって面白いね。だって星高の怖い話が外で生まれて、中の人は知らないんだから」
「なるほど」
オレは内心の高ぶりを抑え、平静を装う。これだ。外の話を逆輸入する。作られた話が、本当の七不思議になる。恋のおまじないとは違うけれど、これはこれで一つに使えるだろう。
それに、話自体はかなりテンプレな怪談だ。ミーハーな宮華にはきっと刺さる。
「その話って、宮華には?」
「してないよ。お姉ちゃんとは、そういう話って特にしないから。なんで?」
「ああ、いや。宮華ってこういう話好きそうだろ」
「あー。まあね。叔父さんと仲いいから」
宮璃の口調にはどこか引っかかるところがあった。もしかしたら宮璃は特殊メイクアップアーティストである叔父と、あまり親しくないのかもしれない。コミュ力お化けの宮璃でも、ソリの合わない相手はいるってことか。それはそれで、なんとなく安心する話だ。
「なんなら、イチニィが教えてあげたら? 最近仲いいんでしょ」
「なんだ? 妬いてるのか?」
「どっちに? 二人に?」
宮璃はそう言うと、体を起こして軽く表情を引き締めた。なんだか急に、大人びて見える。
「私はただ、二人が仲良くしてるのが嬉しいだけ。お姉ちゃんてほら、人付き合い苦手だし。イチニィが近くで見守ってくれるようになって、感謝してるんだよ。私はどうしても、あんまりお姉ちゃんのそばにはいてあげられないから」
「見守ってる、なぁ。そんな大層なことしてないぞ」
むしろ気ままに殴れるサンドバッグみたいな扱いなんだが。
「いいんだよ。独りぼっちでいるのに比べたら、遠慮しなくていい誰かが一緒に居てくれるって、すごく大事なことなんだから」
なるほど。コイツはコイツで、姉が結果的に孤立してるのを心配してたのか。いやまあ当然かもしれないが、こんなふうに直接的なこと言うのは初めてだ。
ふと、宮華の方はどうなんだろうと思う。容姿、学力、運動能力、わかりやすく目に見えるスペック全てが劣る妹を心配しているのか。それとも、自分にないコミュニケーション能力に満ち溢れた妹に嫉妬しているんだろうか。
きっと両方なんだろう。宮璃の話をするときの、どこかわずかに頼りないような宮華の態度が思い浮かぶ。
「自分で自分をエモくしてるとこ悪いんだけど」
いきなり宮璃に言われて、変な汗が出る。もしやコイツ、テレパスか!?
「なんか遠い目をしてぼうっとしてるから、心なんて読まなくてもわかるよそれくらい」
と、ますますテレパス疑惑を深めるようなことを言う。
「このあとちょっと用事があるから、もう行くね」
「お、おう。遅くなるようなら、気をつけて帰るんだぞ」
宮璃は小さく笑って肩をすくめた。それがどういう意味なのかオレには解らなかったけど、可愛いかったからよしとする。
翌日。オレはさっそく宮華たちに呪う墓の話をした。
「ってわけで、オレとしてはこれを逆にこっちへ持ってきて七不思議にしたらどうかと思うん──」
「わかった! それ逆!」
いきなり大声だして立ち上がる宮華。
「恋愛成就はもうあるんだから、それにかぶせてもしょうがない。だいたい、なんだって他人の恋愛が上手く行くようになんて……」
ブツブツ言いながら黒板へ向かう宮華。何かをつぶやきながら、一心に黒板へ撮る言葉を書いては消し、書いては消しする。オレと日下さんはそんな宮華を見守った。
黒板の大部分が断片的な言葉や丸囲い、矢印なんかで埋まると、最後に宮華は大きくこう書いた。
“逆ラブ地蔵”
そして宮華が語った内容をまとめると、こんな感じになる。
──────
ラブラブ地蔵とは別に、その昔、鶴乃谷にはもう一つの双体道祖神があった。
ところが電機メーカーが社屋を建てるときに邪魔になったので、移転させることにした。
しかし、動かそうとすると重機の故障やケガなどの事故が多発。しかたなく爆破することにしたところ、なぜか火薬の量が多くて、多数の死者が出た。おまけに爆破された双体道祖神は、土台部分が残ってしまった。
そうして、引き離された道祖神の恨みなのか、残った台座に祈りを捧げると恋人同士を破局させたり、告白を失敗させると言われるようになった。この台座は今でも星高敷地内のどこかにあるという。
さらにその台座のかけらを持っていると3日以内に一番付き合いたくない相手と付き合うか、他人へ石を譲らないと……。
──────
「死ぬ、とかどうかしら?」
いきなり声がして、オレたちは死ぬほどビビった。見ればいつの間にか、兎和が立っていた。
「なるほど。こうやって七不思議を創っているのね」
感心したように言うと、兎和は流れるような動作でスマホを構え、黒板を写す。
「ふむ」
「おい、なに撮ってんだよ」
「いいじゃないの。保険は多いにこしたことないでしょう?」
「誰の何保険だよそれ」
「とにかく。なかなかいい話ね」
強引に話を流す兎和。宮華も日下さんもいきなりの襲来に心の準備が間に合わず、アバアバしている。
「自分たちをさておいて恋愛にうつつを抜かすような人間は不幸になればいい。そんな想いが伝わってくる」
「いや、別にそんなつもりは……」
宮華の声は小さく弱々しい。兎和が聞こえなかったフリをできるくらいに。
「面白いじゃないの。私も全面的に協力させてもらうわ。まずはそうね……1週間でプランを立てて。安心して。私はやると言ったら必ずやり遂げる女よ」
兎和の声は少しも面白がってるようには聞こえなかったし、少しも安心させてくれるようなものでもなかった。
行くも地獄、戻るも地獄。ふと、そんな言葉が頭をよぎった。




