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第3の不思議︰逆ラブ地蔵-03

 好きな異性のタイプ──それはこの後の恋バナにおいて各自がどういうスタンスなのかをはっきりさせておく話題であり、納得感やギャップがより深くお互いを知るのに役立つ。って書いてあるのを読んだことがある。本当かよって気もするけど、恋バナ初回なんだから好みのタイプを話題にするのは悪くないだろう。


「それにしても男女混ざっての恋バナなんて、リア充っぽいわね」


 兎和の何気なく言った言葉に、空気が硬直する。リア充、だと? リア充、パリピ、陽キャにカースト上位勢……それはオレたち郷土史研究会のメンバーからすれば忌むべき存在であり、日夜デイリーログインがわりに怨嗟を送る対象であり、何かの気まぐれで話しかけられたらキョドるしかないという恐ろしい奴らだ。

 しかし言われてみれば男女で放課後に恋バナをするなんて、奴らがやりそうな行動そのもの。これは己の至らなさを深く恥じるべきか。


「じゃあ、まずは長屋君から」

「え? オレ?」


 動揺しているところでいきなり兎和に指名され、思わず聞き返す。


「もちろん。長屋くんが言いだした話題なんだから」


 またしても正論。この女、圧倒的正論である。


「うーん。そうだな」


 観念して自分の好みのタイプを言おうとして、ふと我に返る。女子三人に対して好みの女性のタイプを言うって、かなり恥ずかしいぞこれ。


「ほら。もったいぶらなくてもいいでしょ。どうせ誰も興味ないんだから」


 宮華、それ、気軽に行けっていうフォローのつもりだよな? な?


「正直、見た目についてはそんなにこだわりないんだ。体型も太りすぎとか痩せすぎとかでなければ別に気にしないし。性格は優しいといいかな」


 オレの言葉に、3人は困惑気味で顔を見合わせた。


「え……? イチロそれ本気?」

「長屋君、真面目に答えたくないからって、それは……」

「情報量としてはゼロとほぼ同じね」


 女子三人の呆れたような態度に、オレは顔が熱くなるのを感じた。だって、好きな異性のタイプを正直に話したんだぞ。なんでこんなリアクションされなきゃなんないんだ。習慣的にオレの言うことを批判してるだけなんじゃないか? いや、そんなのが習慣化してたら人間ギスギス関係すぎだけど。


「な、なんでそんなに言われなきゃなんないんだよ」

「今の話に当てはまる人がどれだけいると思う? たとえば誰とか、多すぎて逆に思い浮かばないレベルでしょそれ。イチロそれに当てはまる有名人でこれだって人いる?」


 言われて考える。たしかに。見た目は特に条件なくて優しいって……。


「これ、ほぼ誰でもいいってことじゃないか!」


 我ながら愕然として思わず叫ぶ。


「でしょう? こういうのはね、いいなって思う人を想像して、その人の特徴を語らなきゃ」

「じゃあ、そう言う宮華はどうなんだよ」


 オレは問い詰める。これだけ言うんだから、さぞかし高精細な、それこそオレも知ってるやつなら特定可能なくらいのことを語ってくれるんだろうなぁ、おい。


「え? 私? 私は……自分の世界を持ってる人、かな」


 オレは笑いそうになるのをごまかすため、咳払いをした。いや、だって、なぁ? さんざん人にはキツく当たっておいて、自分のことだとこのザマだよ。なんなんだそのフワッとした夢見がちな好みは。


「芸術家とかクリエイターとか、そういうこと?」

「そうじゃなくても、自分なりの価値観とかモノの見方とかがある人なら。もちろん、それが私から見て魅力的じゃないと惹かれないけど」


 兎和さんの問いに宮華は答える。こいつ、特殊メイクとかそっちの世界に行きたいんだもんな。やっぱ個性とかそういうのが強い人に惹かれるんだろう。

 それはそれで構わないんだが、やっぱり“自分の世界を持ってる人”とか言うと果てしなく安っぽく聞こえる。


「で、誰なんだよ。具体的な誰かを想像してるんだろ?」


 宮華は数人の俳優やクリエイターの名前を出した。いずれも“鬼才”とか“個性派”とか言われている人だそうだ。なんというか、これはこれでベタすぎて面白みがない。


「神野さんって、隠れサブカル女なのね」


 兎和がバッサリ切る。そういうレッテル貼りはよくないぞ、と。


「んで、日下さんはどうだ?」

「いない」

「だろうな」


 オレのリアクションが気に障ったらしい。日下さんは一瞬ムッとした顔になり、言った。


「……強いて言うなら……そう……強いて言うなら……圧迫感のない人で、あんまり私のこと見てこない人」

「それ、どうやっても恋愛に発展しないんじゃないかしら」

「そういう兎和さんの好みは圭人なんだよな?」

「いいえ。今の圭人はまだまだ私の好みからは程遠いわ」


 意外だった。これまでの話から、てっきり兎和は圭人が大好きなんだと思ってた、宮華も日下さんも同じ思いらしく、驚いた様子だ。


「私の好みは色々あるけれど、まとめると強くて優秀なリーダーよ。だから圭人には私の理想に近づいてもらうために、まだまだ成長してもらわないと」

「なるほど。育成型か」

「じゃあ、まだまだだなって思いながら付き合ってるの?」


 日下さんに言われ、兎和はゆっくりと軽く首を横に振った。


「私と圭人は付き合ってないわ」

「「「?」」」

「──なによ。その顔は。あのね。私たちは生まれた時から夫婦なの。もちろんまだ、戸籍上は違うけれど」

「ああ、親が決めた、的な。古い家とかだとそういうのあるんだってな」

「いつの時代の話よ。もちろん違います。そういう仕組みが生きていたとしても、家柄的に私と圭人がいいなずけになることはありません」

「じゃあ、子供のときに結婚を誓い合ったとか」

「いいえ」


 訳が分からない。筋の通った説明を考えようとして、オレは諦めた。


「私と圭人が夫婦なのは、これはもう、そうと決まっているからとしか言いようがない。ただ単純にそうなの。自然の摂理として」

「じゃあ、プロポーズなんかも」

「もちろん、あるわけないでしょう」

「それ、圭人のほうでも夫婦だと思ってるのか?」

「ええ。もちろん。そうそう。こんなことがあったわ。中学の時のことよ。一時期、圭人がある女生徒のことをやたら口にしてたから言ったの。“私っていう妻がいるのに、浮気でもするつもり?”って。そうしたら圭人、それっきり何も言わなくなったわ。もし私と違う認識でいたなら、反論したはず。反論しなかったってことは、圭人も私を妻だと思ってるってことよ」


 それって絶対、圭人その時に兎和が何考えてるか察して、そっと聞き流しただけだろ。こんなのに小さいころから監督・管理されてきて、圭人よく普通でいられるな。


 ……うん。徹底的に正気のままこういうこと言うのが兎和なんだってことはよく解った。解りたくなかった。ちょっと怖えよやっぱこの人。え、ホントにこんなのウチに入部させんの? 宮華たちも軽く引いてる。


 その後も“デートで行きたい場所”だとか“あこがれる告白シチュエーション”だとか、話題を振ってるオレ自身もどうかと思うようなトークが少しも弾むことなくどんどん流れ、謎の気恥ずかしさに胃が痛くなり、ときどき兎和がゴリゴリの正気で放つ異常発言だけが滞空時間長めでその場をギラギラ照らして終わった。


「初デートで行きたい場所? なんていうか、どこかへ行こうってなって、結果としてそれが相手によってはデートになる、の方が自然なんじゃないの?」

「そもそも告白ってさぁ、したり、されたりしないとダメなものなの?」

「欧米では特にそういう習慣はないそうよ」

「日本でもなくなるといいのにね」

「圭人が得意げにデートプランを用意して私を連れ回そうとしたら、私は自分のしてきた教育がすべて無だったことを悟って自害するんじゃないかしら」


 ということで、一部を抜き出すだけでも悲惨な状況だ。宮華は恋愛がらみのおまじないを考案するより、恋愛がらみの呪いを考えた方が向いてるんじゃないかまである。


 ただ、無駄話ばかりってわけでもなかった。


「そういえばラブラブ地蔵ってあるけど、あれ、なんなんだろうね」


 そう言ったのは日下さんだった。宮華も兎和もピンと来ていない顔をする。


「日下さん、あの辺に住んでるのか?」

「え? なに? 住所絞り込もうとしないでよ。気持ち悪い」

「いや、違うって。なんでそんな暴言吐かれなきゃならないんだよ」

「あ、ごめん。つい」

「で、ラブラブ地蔵ってなに?」


 宮華が尋ねてくる。


「ああ、岩見町のあたりにあるんだ」


 岩見町はオレたちの住んでるあたりからだと、市のほぼ反対にある住宅地だ。わざわざ行くような機会はない。


 オレはスマホで画像を検索すると、宮華に見せた。宮華はそれを見て困惑する。


「地蔵には見えないけれど……」


 覗きこんだ兎和も不思議そうに言う。無理もない。ラブラブ地蔵と書かれたのぼりの隣にあるのは男女がハグしてる石像なのだ。かなり素朴な作りで、性別も服装や髪型、顔の輪郭からなんとなく解るくらいだ。


「もちろんこれは、本当はお地蔵さんなんかじゃない」


 ラブラブ地蔵は本当は“双体道祖神”だ。道祖神ってのは村の境なんかにあって外から悪いものが入ってこないように護る神様で、その中でも男女カップルのが双体道祖神。関東や中部、特に山梨や長野に多いらしい。


「で、最近になってそれを恋愛運アップのパワースポット的なものにして売り出そうってことになったとか」

「でも、なんでお地蔵さんなの?」

「さあな。道端に立ってて神秘パワーのある小さな石像だからじゃないか? 道祖神って言っても、誰もわからんだろ」


 呆れたような宮華と日下さんの視線が痛い。


「いや、オレが言い出したんじゃないだろ。それに、西区の中高生には縁結びの神様として注目されつつあるって話だぞ」


 言うとオレは山積みになった郷土史の冊子を見た。


「全部その中のどれかに書いてあった」


 宮華もそちらを真剣な目で眺めると、なにやら考えこんだ。


「もしかしたらそれ、七不思議に使えるかもしれない。あとで書かれてたやつ探しておいて」


 あまりにもナチュラルに言われて、オレは思わずうなずいてしまった。

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