第2の不思議︰幽霊部員の幽霊-13
オレは兎和を探し出して廊下で接近し、どうにか部室へ呼ぶことに成功した。
いやあ、辛かった。緊張した。具体的にどんな会話したとか、記憶ないもんな。かなり渋られたことだけはぼんやり憶えてる。あと、周りの視線が痛かったこと。
最後はなんか切羽詰まったオレが嫌がらせで土下座を繰り出そうとしたら、さすがにドン引きした兎和さんが来るって言ってくれたんだった気もするけど、そんなハズないよな。いくらなんでも土下座って。……ホントはけっこう憶えてる説あるなこれ。
その、なんだ。あの超絶人見知りの二人がした決断なんだ。オレもできるだけ協力してやりたい。決して、兎和さんを前にストレスで苦しむ二人を見たいと思ったわけじゃない。
そんなこんなで某日。生徒会のない日に兎和が部室へやってきた。圭人は塾がある日で、もう帰ったあとだった。
オレたちの前には、それぞれ温かい緑茶が湯気を立てていた。それと鶴乃谷駅近くの和菓子屋で上手いと評判の麩まんじゅうが置いてある。なぜか麩まんじゅう。よりにもよって麩まんじゅう。本当にウマいんだけどね。
しっとりもちもちの食感を楽しんでもらうため、消費期限は当日のみ。つまり宮華か日下さんが途中で学校抜け出して買ってきたんだろう。何個あるのか、中央の皿に積み上げてある。もてなす準備(物理)。
「いったい何の用です? あんなマネまでして」
当然のように兎和の態度は冷やかだった。が、フォークで麩まんじゅうを一口サイズに切り、もっちもっち食べている。
「一度、ゆっくり話してみたかったんだ。圭人のことは部全体に関わることだし、宮華たちも加えて」
「といっても、私の方から話すことなんてありませんよ」
口の端についたあんこを舐め取りながら兎和が言う。舌の動きがちょっとエロい。
「あのな、圭人も反省してるしオレたちも気をつけてるから、部のせいで他に遅れるなんてこと、なくなると思うんだ」
兎和はお茶を一口すすり、軽く顔をしかめた。少し熱かったらしい。
「で、友達ヅラどうこう言ってたけど、考えてみればそれって当然なんだよ。オレたちはまさにこれから、圭人と友達になろうとしてる最中なんだから。信じてもらえないかもしれないけど、七不思議のことだってそのうち話すつもりだったんだ。あのとき廊下で聴いてたんなら、オレが七不思議のこと言いそうになってたのも知ってるだろ?」
オレは自分の言葉を強調するように、麩まんじゅうに齧りついた。むちり。
「それで?」
兎和は言うと麩まんじゅうの残りを口に押し込み、二個目に手を伸ばした。
「つまりオレたちはちゃんと圭人と向き合う気があるし、今後は生徒会や塾に影響が出ないよう気を付ける。だから、その、圭人が部活へ来ることを許して欲しいんだ」
兎和は答えなかった。ゆっくり二個目の麩まんじゅうを食べ終えると、三個目に手を伸ばした。
「さっきから長屋君だけが喋ってるけど、他の二人はどうなのかしら?」
兎和のすさんだ目が宮華と日下さんの間を行き来し、片方で止まった。
「日下さん。あなたはどう思ってる? 長屋君は会長にずいぶん執着しているようだけど、あなたはそもそも会ったことさえほぼないはずよね?」
日下さんの手が上がり、顔の前あたりの宙を親指と人差し指でつまんだ。ハッとした様子で一瞬固まる。どうも無意識にキャップのつばを引き下ろして顔を隠そうとし、今は被ってないことに気づいたみたいだ。
「私は、せっかくの新しい部員だし、親しくなれたらいいと、思っていたところ、だけれど。だけれども、すぐ帰らなきゃいけないから、なかなか会えないとは思うけれど、それでも来てくれてれば親しくなる機会もあると思うし」
「ああ、そうだったの」
うなずく兎和。
「未だに不登校のフリをしてこっそりスクーリングなんてしてるから、人とかかわるのが苦手、新しい出会いなんて望まない人かと思ってた。中学で不登校になった理由、知っているのよ?」
とたんに日下さんの顔が白くなる。動揺してるのか、視線が手前の一点に固定され、瞳孔が小刻みに揺れだした。
「ああ、だから何というわけではないの。ただ、その原因を考え合わせると、新しい人が加わるのは負担だろうと思って。だから圭人をそちらの部活へ行かせないようにするのは日下さんにもちょうどいいと考えていたんだけど、どうやら私の見立て違いだったようね」
「変わろうと、思って、ここに……」
日下さんは絞り出すようにして、そう答えるのが精一杯だった。
「それと、宮華さん。あなたは?」
「えぁ、そそっ」
今さらだけど、兎和これ絶対狙ってやってるな。日下さんを不登校の話で沈めて、間接的に宮華へプレッシャーを与える。そのうえで宮華に話しかけて勝ち確。女子二人を抑えられればオレ一人どうにでもなるって読みなんだろう。まあ否定はできない。
宮華が喋ろうとして、でも喋れなくてってのをやってると、兎和が言った。
「え? ごめんなさい。聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」
コイツ怖いよ。いま明らかに宮華なにも言ってなかったじゃん。そこであえてそれ言うなんて、どれだけ相手追い詰めるのに長けてんだよ。
効果は絶大だった。人見知りで辛かったエピソード記憶が一斉に押し寄せてきたのか、宮華は横で見てても解るくらいテンパってる。
こうして女子二人は苦も無く沈められた。基本三人でしか会わないから忘れがちだけど、オレ以外に対しては宮華も日下さんも超弱いんだった。
なのに自分たちから兎和と話す場を設けようって言いだしたんだから、それだけでも頑張った方か。
で、えっと、これ、本当にこの人を郷土史研究会に入れるのか? やるだけやってみようって感じだったけど、これ入られても逆につらいんじゃないか? というか宮華と日下さんは今もまだその気があるんだろうか。
そうこうしているうちに兎和は悠然と三つ目の麩まんじゅうを食べ終え、残りのお茶を飲んだ。
「さて、二人からは特に意見らしい意見もないようだし、長屋君の話はさっき聞きいたし、私から言うことはない、ということでもういいかしら? 私はそろそろ失礼するわね。美味しい茶菓子、ごちそうさまでした」
立ち上がり、部室を出ようとする兎和。
「ま、まま、mmm待って」
宮華が呼び止めた。
「はい?」
「ぁの、と、えっと、また、ま、ま、また、その、ぉゃっ、食べに来て」
血を吐くような口調だった。言い終えると口元ひくつかせながら、ぎこちない笑顔になる宮華。
宮華の言葉がよっぽど意外だったのだろう。兎和はゆっくり一度大きく目を開き、薄く笑みを浮かべた。
「ありがとう。いつでも誘って。私は逃げないわ」
こうして最後までなぜか好戦的なまま、兎和は部室を出ていった。
 




