第2の不思議︰幽霊部員の幽霊-11
翌日の昼休み。オレが遠藤たちと教室で昼飯を食ってると、やたら目つきの悪い小柄な女子が近づいてきた。昨日、圭人を連れ去った奴だ。
「長屋君、ちょっと生徒会室まで来てくれない?」
「ここじゃ駄目なのか? オレいま昼飯中なんだけど」
「おいナゴヤ、行って来いよ。女子の呼び出し断るとかありえんだろ」
遠藤の言葉に他の奴らもうなずく。
「いや、どうせ個人的な話じゃないんだろ?」
「ええ。郷土史研究会の部長として、話し合いたいことが」
「廃部か? 廃部か?」
帰宅部の新野が言う。
「場合によってはありえる、とだけ言っておきます」
その返答にどよめく一同。オレは食べかけのパンを遠藤に渡すと、立ち上がった。
「そのパン、預かっててくれ。無事に帰ってこられたら、そのとき続きを食べるから」
「ふ。まかせとけ。お前の帰りをコイツと一緒に待ってるぜ。何年でも」
生徒会から来た名称不明な女子の視線が冷ややかだ。
「じゃあ行ってくる」
「ちゃんとお勤め果たして来いよー」
こうしてオレは生徒会室へ連行された。
生徒会室といっても、空き教室に机を口の字に並べただけの部屋だ。壁際にキャビネットが並んでる。部屋にはオレたちのほか、誰もいない。
「郷土史研究会部長、長屋一路君。私は生徒会副会長の鶴乃谷兎和。私も鶴乃谷の一族で、会長とはお互い遠縁にあたるの」
兎和の口調は冷たかった。メガネ越しに見える険のある目つきと合わさって、なかなか怖い。というか、よく見れば兎和の顔はその目だけでなく大きくて唇の薄い口といい、細くて小さい鼻といい、どことなく蛇を思わせた。じつは蛇女だったとかでも違和感ない。むしろしっくりくる。兎? コイツが? などとほぼ初対面なのにかなり失礼なことを思ってみたり。というか、そんなふうにでも軽く見てないと兎和が放つ謎の圧が凄くて膝を屈しそうだ。
名乗っただけでこれとか、本題入ったらワイヤーアクションばりにオレ吹っ飛ばされるのではなかろうか。
「それで用件だけど、会長を引き留めるのをやめてもらいたいの」
「へ?」
「とぼけないで。最初は生徒会が始まる前15分くらいという話だったはずが、今やあなた方が引き留めるせいで1時間近く。こちらの活動に支障が出ているのよ」
「違う。違うぞ。オレたちは引き留めてない。あいつが勝手に居残ってるんだ」
ぐいっと兎和がこちらに距離を詰めてくる。一瞬、兎和の首が伸びたような錯覚に襲われ、気づけばその顔がオレの目の前、触れそうな距離にあった。その凶悪な目つきがオレの視界の大部分を占める。いかにも催淫、じゃなかった催眠効果がありそう。
「本当に?」
乾いた囁き声。ミントっぽい香りの吐息が鼻をくすぐる。
「ほ、本当だ」
オレの息はさっき食べてたコロッケパンのニオイだよなと思うと恥ずかしくて死にそうだ。
「だと、思ってたわ。あなたたちが雑談のために圭人を引き留めるなんて、おかしいと思ってたのよ。おおかた圭人が、居心地よくて長居するようになったんでしょう」
「オレの言うこと、やけにあっさり信じるんだな」
オレはせめて息が直接兎和の顔にかからないよう、ちょっと横を向いて話す。おかげで兎和の唇がオレの頬に触れそうだ。
「圭人のことはなんだって解るの。もちろん、嘘をついているかどうかも」
「じゃあ、なんで確認したんだ?」
「あなたがどう答えるか、興味があったからよ」
そこで言葉を切ると、兎和さんはオレの耳元に口を寄せ、囁いた。
「あなた、圭人と友達の“フリ”をしてるでしょう? 本当に友達なら、圭人をかばうはず」
ゾッとするほど冷たく、乾いていて、それでいて絡みつくような粘度のある声だった。あ、こいつヤバい奴だ。これまでの平凡な人生で出会ったことなくても、本能的にわかるレベルで。
「友達のフリって。確かにまあ友達って言うほど親しくないだろってツッコ入れる人が出るくらいの関係かもしれないけど、オレは友達だと思ってるし、もっと親しくなりたい」
「へぇ……」
ふぅっと、兎和が息を吐いた。オレの耳をくすぐる。
「じゃあどうして、あんな嘘をついたの?」
「嘘?」
兎和は両手でオレの頬を挟むと、至近で両目をのぞき込んできた。え? マジ? 現実でナチュラルにこんな芝居がかった動きの人いんの? いやでもやっぱ目が怖い。力が吸い取られてるような気になる。
「ドッキリで絆を深めたい、だったかしら? どうして正直に七不思議を創ろうとしたって言わなかったの?」
背筋が冷たくなった。なんで知ってるんだコイツ。
「もしあの場で正直に話していたら、私は部室へ踏み込まなかったわ。誠実な友人は圭人のためになるから。でもあなたは友達ヅラして嘘をついた。だから、圭人を享受する資格を失ったの」
とりあえず、兎和が何かオレたちと異なる世界線に生きてることは理解した。そこでは圭人がこの世界とは異なる概念なんだろう。“享受する資格”って。
「それで結局、何をどうしたいんだ? 今ここでオレたち、何のために話をしてるんだ?」
オレは兎和が七不思議創りを知ってることについて触れなかった。正直、どう扱ったらいいのか解らなかったからだ。
「圭人が部活へ行かないようにさせてちょうだい。籍は残したままで」
「そんなの、自分で頼めよ」
「それは一番逆効果よ。圭人は私に言われると、意地でも逆らうから。それでいて、私が本心で言ってるのか敢えて逆を言っているのか見抜いてくるから厄介なのよね」
「なんで、そうまでして圭人を部活に来させたくないんだ?」
「バカなの? 生徒会や塾へ遅刻させ、そのくせ上辺だけ友達ヅラしてるような人たちの所に、圭人を置いておけると思う?」
過保護で支配欲の強い親みたいだ。
「とにかく、逆らうようなら七不思議の件を生徒会で取り上げ、問題にするから」
そうなれば七不思議創りは終わりだ。オレたちの活動は公表されただけで、もう何もできなくなる。
「部内で考えさせてくれないか」
「もちろん。ただしあなた達が考えていいのは、どうすれば穏便に圭人が部活へ来なくなるか。それだけよ」
兎和が体を離した。
「じゃあ、もう帰っていいわ」
一度にいろいろなことが投げつけられ、オレは少しぼうっとしていた。フラフラと部屋から出ようとして、足を止める。
「ひとつだけ教えてくれ」
「なに?」
「圭人や日下さんと会った知らない生徒。あれ、おまえが関係してるのか?」
「え? なにが……?」
「いや、知らないならいいんだ」
オレは戸惑う兎和を残して部屋を出た。




