第2の不思議︰幽霊部員の幽霊-10
部室内の空気は重たかった。クッソなんで毎回こんな感じでピンチになるんだろオレ。もっとこう、優しい世界でもいいだろうに。
「なんでさっき、七不思議のこと言おうとしたの?」
宮華の声だけは優しい。他に何か、何か優しい要素は……。
「私が鶴乃谷君だと思ってた人は……」
不安そうな声の日下さん。そうだよな。日下さん的には何よりもまずそれだよな。
「あ、でも、長屋君の件が先でいいよ」
宮華への気遣いが優しいな。
「で、本当にどういうこと?」
「ほら、圭人このところ毎日部活に来てて、普通に話してるだろ。オレとだけだけどさ。宮華とも、無理させない感じでは打ち解けようとしてる。そんな奴に七不思議のこと黙っとくのもどうなんだろうって思って。なんとなくアイツなら知っても黙っててくれそうだし。おまえだって、最初のころならともかく、今の圭人にウソついて部活のことでハブにするのは悪いと思うだろ?」
罪悪感に訴える戦法。ただ、オレの言葉にウソはない。本当に思っているとおりの話だ。
宮華は気まずそうに視線を下げた。
「そりゃ、ちょっとは悪いと思うけど……。でも、だからって簡単に教えていいものでもないでしょ。本当に圭人君が信用できるかも判らないし」
「ああ。そこは悪かった。けど最後の最後でオレもそう思ったから結局言わなかったんだ」
「じゃあ、そのうち圭人君には七不思議のことを教えたいってこと?」
「教えたいっていうか、そうすべきだと思ってる。気持ち的にもそうだけど、そもそも圭人がこんな感じでこれからもウチの部室で過ごしてくんなら、隠し通すの難しくないか? そのうちバレるくらいなら、上手くこっちから明かした方がいいだろ」
考え込む宮華。
「そもそもおまえさっき、正直に話したかったら話してもいい、みたいなこと言ってたろ」
「いや、あれは言ったらどうなるか解ってるでしょ? って、ことよ」
「ああ……」
どうりで。変なとこ強調しながら喋ってるな、とは思ったんだ。普段のナチュラルな“無言の圧力”が強いせいで、全然気づかなかった。
まあいい。今は身の安全を確保すべく、宮華を説得しなきゃならない。オレは話を戻した。
「正直、おまえも圭人がこんなにウチの部になじんでくると思ってなかったろ。おまえは重度の人見知りだけど、別に人間が嫌いだとか、生命が憎いだとか、圭人が嫌いだとか、そういうわけじゃない。よな? なら、圭人に教えてもいいんじゃないか? あいつ、秘密は守るタイプだと思うぞ」
ちゃんとね、オレもピンチになったからってピンチっぱなしってわけじゃないんだよ。ちゃんと窮地を脱するすべを心得ているんですよ。
「イチロはイチロで逆に圭人君に肩入れしすぎな気もするけど、ま、その謎の思い入れ行動がイチロの個性ってとこだよね……。というか、そう思わないとやってられない」
「思い入れ行動ってなんだ?」
「変な罪悪感から日下さんをストーカーしたりとか、変な仲間意識から七不思議のことを勝手に喋りそうになったり」
あっ。
「熱血主人公にありがちな性格」
「日下さん、それは言い過ぎだって」
笑いをこらえて宮華が言う。
「けど、宮華さんもそう思う、でしょ?」
「んー。でも、イチロはそれが何の成果にもなってないのがね」
「実在したら迷惑な性格。まあ、長屋君として、実在してるんだけど」
よしよし。本日も宮華と日下さんが結託してオレを責めることで、二人の間になんとなくウキウキして暖かい雰囲気がみなぎってきている。
いいぞいいぞ。自らを生贄にして場を和やかにしていくスタイル。他に同じ効果を得られる方法が皆無ってのが冷静に考えると泣けてくるけど、今はまあいい──どうかこれが全キャラ中、オレだけの固有スキルなんかじゃありませんように。
「とにかく。イチロの言うように今後の圭人君との付き合い方はちゃんと考えないと」
「現状、あいつと付き合いあるのオレだけだけどな」
「わ、私だって近日中には話せるようになるはず」
「私ももう隠れなくていいし、これからは鶴乃谷君に会う機会あるから」
「そうだな。……ところで圭人、鶴乃谷って呼ばれるの好きじゃないらしいぞ」
「そうなんだ?」
「それにしても鶴……圭人君を連れ去った子は誰だったんだろ。生徒会の誰かみたいだったけど」
「それな。見たことはあるんだけど」
「日に日に部室にいる時間伸びてるから生徒会とか大丈夫かな、って心配してたんだど、やっぱりダメだったみたいね」
「な? むしろそれだけオレたちと過ごしたいって思ってくれてるんだよ。アイツ」
「うーん。まあねぇ。イチロと喋っててもそんなに楽しいとは思えないんだけど」
「なかなか言うなぁ」
「えっと、それで、私と圭人君が見た生徒のことなんだけど……」
日下さんの言葉で、オレと宮華は逃避から連れ戻される。
「ちょっと。急に黙らないでくれる?」
「いや、日下さんもオレたちと普通に喋ってくれるようになったなあ、と思って。宮華も日下さん相手には人見知りしなくなったし。オレは嬉しいよ」
「それで、二人の仕込みとかじゃないんだよね?」
話の脱線を許さないスタイル。
「もちろん違う。現にこうしてグダグダになって、この話が噂になる可能性もほぼ消えたでしょう?」
「じゃあ、誰が……」
「少なくとも女生徒は圭人君が見たことない生徒のはず。男子生徒は日下さんしか見てないから」
「普通に考えたら、オレたちの計画を知った誰かの悪ふざけなんだろうけど」
「どうやって知ったの? イチロ裏切者なの?」
「じゃあ幽霊ってことでいいや。学校の怪談を面白半分でいじったせいで、本物が出てきたってことで」
すごい! 二人からめっちゃ睨まれてる。
「なんでそんなこと言うの?」
「信じられない。サイテー」
すごい! ドラマでしか聴かないようなセリフ。
「じゃあ、なんて言やいいんだよ。そもそも二人はどう思うんだよ」
何も言えない宮華たち。
「ほらな。リスク取って発言して批判されるのはいっつもオレだ」
「悪かった。イチロ、ちょっと遠慮なく言いやすいからつい……」
「いやいや、どういう扱いだよそれ。オレだってこう見えて中の人には心があるんだぞ。あんまり言われりゃ傷つくこともある」
「なに、長屋君て人の皮をかぶった何かなの?」
「ほらすぐそういうこと言う」
「あ、ホントだ。ごめん。なんだろ。なんでこんなこと言っちゃうんだろ私」
わりとマジっぽくショックを受ける日下さん。どういうことだ。
「言っとくけどな、二人くらいだぞ。そんなポンポン言ってくるの」
「解った。じゃあ、それをテーマに今度新しい七不思議のネタ考えてみるから。それでいいでしょ」
「よくねぇよ!」
「長屋君ツッコみキャラみたい」
「恥ずかしいからキャラ言うな。実在してんだよこちとら」
なんか変な深夜テンションみたいになってきた。不安の裏返しってのは解るけど、とにかく話をまとめよう。
「じゃあ、オレと宮華は明日から犯人探しをするってことで。どうせ一年の誰かだろ?」
「もし、そうじゃなかったら?」
は? にわかに怖いこと言いだしたよ、この日下さん。
「おい。やめろよ変なこと言うの」
「でも……」
「日下さんの言うとおり突き止めたからってどうなるものでもないし、わざわざ探す必要はないかもしれない」
「いや、放っておいて他の七不思議のときも邪魔されたら困るだろ。そもそも普通に考えて居るはずなんだよ。学外者だとか幽霊だとか、あり得ない。日下さんに探してもらうのは無理でも、圭人に探してもらえばすぐ見つかるはずだ」
「じゃあ、この件はイチロと圭人君に任せる。私と日下さんは次の七不思議に取り組むから。もちろん私も見かけたら教えるけど」
「解った。じゃあ、それでな。──ところで、今回の話をきっちり終わらせるためのケジメっていうか、スッキリ次へ進むために言っておきたいことがある」
「なに? どうしたの?」
オレのあらたまった雰囲気に宮華も身構える。
「今回おまえが考えた話ってさ、幽霊部員も出てこないし部員の幽霊も出てこないし、もちろん幽霊部員の幽霊だって出てこないし、タイトルと中身が合ってないよな」
「あ、うぐ、それは」
「日下さんもそう思うよな」
日下さんの目が泳ぐ。
「どう、かな? あんまり、そういうの考えたことなかった、かも。うーん。あ、でもさっきほら幽霊っぽいのは出たか……ら……ぐぅっ」
なんで自分で言って怖くなって涙ぐむのか。
「ね。もう出たりしないよね」
宮華も不安そうだ。やれやれ、しかたないな(一度は言ってみたかった)。
「二人とも、ちょっと待ってろ」
「え? 私たち置いて逃げるの?」
「なんでだよ。いいから待ってろって」
オレは教室を出ると目当てのものを手に入れ、二人のところへ戻る。
「ほら、これだ」
オレは手にしていたものをまいた。
「清めの塩。家庭科部からわざわざ天然塩をもらってきたんだ」
「塩?」
「塩と幽霊になんの関係が?」
ピンとこない様子の二人。
「いやほら、塩をまくと幽霊とかが寄ってこないって」
「「?」」
二人そろって首を傾げる。え? なんか間違ってる? あれ? んなことないよな。そんな高度な専門知識だっけ?
「ああ、なんかマンガのやつね」
「あー」
薄く笑みを浮かべる宮華と、なんか深く納得する日下さん。
「私たちのために何かしてくれようって気持ちはありがとう」
「長屋君、なんだかんだ思い遣りの気持ちあるね」
優しい顔でねぎらってくれる美少女二名。オレは言い知れぬ恥辱に打ち震えるしかなかった。オレとこいつらの関係ってわりと良好だよね? ギスギス人間関係じゃないよね? いまのくだり、動画にとってYouTubeにアップしてもいじめだなんだって炎上する感じじゃないよね?
 




