第2の不思議︰幽霊部員の幽霊-09
その日の放課後、オレは圭人に少し遅れるから待っててくれと連絡した。了解、との返事がある。
計画はこうだ。まずあらかじめ、部室では日下さんが待機してる。そしてオレと宮華は遅れて部室へ行く。
先に部室へ来た圭人は日下さんに声を掛けるだろう。日下さんは宮華によって、不自然じゃない程度に不健康そうな、顔色の悪く見えるメイクをしてもらってる。
日下さんはこれもやり過ぎないくらいに虚ろな暗い声で“一緒に部活に入るはずだった○○さんって友達を探してるの。この部活で見なかった?”と尋ねる。
当然、知らないと答える圭人。日下さんは部屋を出ていく。
何食わぬ顔で部に来るオレと宮華。圭人はさっきのことを話すだろう。
実際、そのとおりになった。
「さっき、知らない生徒が部室にいたぞ。なんだか気味が悪かったな。青白い顔で言うんだ。“同じ部活に入るって約束した娘がいるの。西野さんって言うんだけれど、私を待ってるはずなの。知らない?”って。ウチにそんな部員は居ないって答えたら、フラフラ部屋を出ていった」
打ち合わせどおり、目を見交わすオレと宮華。
「も、ももも、もしかして、それって……」
ガチガチに緊張しながら、日下さんの特徴を口にする宮華。ちょうど良く圭人の話に怯えてるようにも見える。
圭人はなぜ知ってるのか質問する。そこで、先に考えておいた“幽霊部員の幽霊”の話をする。
圭人の会ったのが本当に幽霊部員の幽霊なのか違うのかは解らない。けれど、不思議な話として圭人が周りに喋ってくれれば成功だ。最終的には噂になって、宮璃の耳に入ればひとまずミッション達成ってことになる。
ところが──。
「うーん。いや、背は高くなかったぞ。僕より低い。丸顔で、可愛い、まあ、可愛いというより、キツそうな顔だった」
予想外なことを言いだす圭人。オレと宮華は顔を見合わせる。
「ん? んん?」
「ちょっと、圭人、写真撮らせてもらっていいか?」
「? いいけど」
オレは写真を撮ってそれを宮華に共有、宮華がさらにそれを日下さんに共有した。宮華は圭人の写真を撮るなんてできないし、オレは日下さんの連絡先を知らないせいで、こんなまどろっこしいことに。
ともあれ、返事はすぐ返ってきた。
“この人、誰ですか?”
ほほう。そう来たか。誰ですか、と。はー。そんなこと言いますか。オレは宮華が撮影した日下さんの写真を圭人に見せた。
「ん? この人がどうかしたか?」
音もなく宮華が気絶した。
「おい! 宮華!」
オレと圭人が駆け寄ろうとすると、宮華はすぐに目を覚ました。
「ごめんなさい。一瞬、気が遠くなって……。私、ガチお化けとか苦手で。でも、もう大丈夫」
宮華の顔は蒼白で、とても大丈夫そうには見えない。それにしてもコイツ、フィクションてハッキリしてないと怖いのダメなのか。……それ、宮華のキャリア的にはかなり不利なのでは?
「イチロ、日下さん呼ぼう。ちょっと不測の事態すぎて、もう続行は無理でしょコレ。誤魔化すのも」
「いいのか?」
「しょうがないじゃない」
オレたちのやり取りを横で聞いてた圭人が口を開く。
「詳しい事情は知らないが、さっきの動揺ぶりだけでも何かあったことくらい解ったぞ」
そこでオレたちは日下さんを部室に呼び、圭人に今日やろうとしてたことを説明した。
最初、圭人はオレたちがからかってるんじゃないか、つまりイタズラを仕掛けたのに不気味な展開になって動揺してるってこと自体がイタズラなんじゃないかってかなり疑ってたけれど、オレたちの様子や宮華、日下さんのキャラから最後には信じてくれた。
逆にオレと宮華は圭人と日下さんがオレたちをハメようとしてるって可能性にすがりたかったけれど、もちろんそれがあり得ないってことくらいは解る。
ちなみに日下さんによれば、圭人を待っていると、やけに太って色白の男子生徒が入ってきたという。メガネはしてなかった。
男子生徒は日下さんに誰なのか尋ね、日下さんはそいつが圭人だろうと思ってセリフを言い、部室を出た。時間を照らし合わせると、圭人が部室に来たのは日下さんが部室を出てから10分ほど後のことらしい。
「そうか」
ひととおり話が終わると、腕を組み目をつぶる圭人。
「で、なんでそんなことしようとしたんだ? ただの悪ふざけをするようにも思えないが」
「それが、七不思議を創──」
「バッ!?」
叫んで宮華が立ち上がる。驚いた圭人が目を開けてそちらを見た。
あれ? なにかマズかったっけ。歯を食いしばり、眼圧高そうな目をしてる宮華を眺めながら首を傾げる。これまた後で、この前みたいなキレられかたするのかなあ。あれ怖いからヤなんだよなぁ。
ふと、宮華が闘気を収めた。大きくため息をついて、オレに向かって言う。
「本当に、“正直に”話すの? “あなたがそうしたい”なら、私が止めることじゃないわね」
“正直に”、とか、“あなたがそうしたい”、なんて部分を強調する宮華。どういうつもりだ?
……あ!
いきなりオレの目の前に、半透明のメッセージウィンドウが現れたみたいだった。そこに書かれてるのは二つの選択肢。
1.正直に七不思議創りのことを話す
2.ドッキリを通して、圭人ともっと打ち解けたかったと言う
ちなみにウィンドウの向こうには不審そうな顔をした圭人の立ち絵。
さて、フィクションなんかだとたまにギャルゲーの攻略に絶対の自信ある奴が出てくる。けど遺憾ながらオレはそうじゃない。
そもそもこれ、正しい選択を積み重ねるとどうなるんだ? オレ✕圭固有ルートになるのか? それとも圭✕オレか? いやいや人生に固有ルートなんてない。現実逃避するな。
さて脳内なのでここまでで0.2秒。思考加速みたいな能力なくても追い詰められてたらこんなもんよね? とにかく、宮華と圭人からのプレッシャーで極限状態にある今のオレからすらば、すべてが止まって見えると良かったんだけどそうでもない。
だから! 集中しろオレ氏!
元々はドッキリだって話して、上手いこと誤魔化す予定だった。けど現状はどうだ。圭人は意外と部活に来てるし、なかなか打ち解けてきてる。宮華との距離を無理に詰めようとしない良識もある。
そりゃまあ屈折した思いや根拠のない劣等感、ゲスい打算なんかがごちゃ混ぜになってポロポロこぼれがちでなかなか残念な奴ではあるけど、オレはそういうのキライじゃない。
幽霊部員になる。最初の宣言は圭人の中で、もう無効になってると思う。毎日来てるし、だんだんここで過ごす時間増えてるし。ここ数日は後の予定が大丈夫なのか、こっちが心配になるくらいだ。
そんな奴をどうすべきか。何も教えず裏で部外者扱いしてていいんだろうか。圭人がそんなヒドイ扱い受けるなんて理不尽なんじゃないか。
そもそも、今後も圭人に隠し通せるのか。途中でバレて怒りを買うってのは、この場合最悪の展開なんじゃないか。
となると、選択肢は一つ。1番、2番、えっとどっちだとにかく七不思議創りについて話す方。なぁに大丈夫。ここまでの付き合いだけでも、オレは圭人が味方になってくれるって、絶対の自信がある。というか、攻略のための策がある。
「オレ、おまえのこと最初は打算だけで入部してきた感じ悪いやつだと思ってた。けど、このところ色々と話して、今はけっこう深いやつなんだなって思ってる。友達になれてよかった。うん。だから、友達として約束してほしい。これから聞く話は外に漏らさないって。これはオレだけじゃない。宮華と日下さんにとっても大事なことなんだ」
名付けて友情エンド。いや、違う。エンドちゃう。オレたちの友情はこれからだ!
思ったとおり、圭人はまんざらでもなさそうな顔をしてる。
「イチロ。僕のこと友達だと思ってたのか……」
「違うのか? すまん。オレだけだったか。ゴメンな。人との距離感はかるのがヘタで」
「あ、いや、違う。逆に僕だけが友達だと思ってるんじゃないか心配していたんだ」
ほぅら。これだよ。チョロいねー。予想どおりだよ。オレたち友達だよなって言われると嬉しくなって流されちゃう。なんでこんな予想してたかと言えばまあオレも同類だからな! なんとなく圭人にはオレと似たニオイがあると思ってた。
その証拠に、なんなら、今こうやって口に出したことでオレにも圭人への友情心が急速に超育った。
「もちろん僕は同じ郷土史研究会の仲間だからな。秘密は守る。……ルールや倫理的に問題があるわけじゃないんだろ?」
「もちろんだ」
そしてオレは七不思議創りについて圭人に説明しようとして、致命的な失敗をした。うっかり宮華を見てしまったのだ。
宮華の顔からは怒りのあまり一切の表情が抜け落ちていた。ただ、びっくりするほど小さくなった瞳孔の奥から細く、そのぶん濃く、憎しみがまっすぐオレに照射されている。
オレの中に迷いが生まれる。オレは宮華の人見知りのことを考えなしに話して、嫌な思いをさせたばっかりだ。今またそれと同じ、いや、それ以上に宮華が知られたくないと思っていることを勝手に明かしていいのか。たとえ、なんでそんなに圭人に隠したいのか解らないとしても。
けれど一方で、やっぱり圭人にだけ何も教えないまま、今みたいな関係を続ける気にはなれない。ほぼ毎日来て、同じ部活のメンバーとして雑談したりして、意外と悪い奴じゃないし自分と同属性っぽい感じもしてきてる、そんなヤツを部内である意味ハブるような扱いになんてしたくない。
これは日下さんが言った“ちっぽけで薄っぺらな良心を満足させる”ってことなのかもしれない。他人が見たらそうなのかもしれないけれど……。って、何を熱くなってるんだオレは。落ち着こう。
やっぱり圭人には悪いけれど、今回は七不思議創りのことは黙っておこう。これ以上宮華を裏切るようなことはできないし、そもそも圭人に七不思議創りのことを明かすって予定はなかったんだから、今ここでオレがアドリブで明かすのは予想外のトラブルになるかもしれない。話すなら話すで、ちゃんと考えて宮華と日下さんとも話し合ってからにしよう。
ちなみにここまでで所要時間5秒くらいだ。脳内の時間の速さは現実とは一致しないって言ったら一致しないんだよ。
「実はオレたち、圭人ともっと打ち解けようと思って、学校の七不思議みたいなドッキリをやろうとしてたんだ」
「? それって、そんなに秘密厳守なことか?」
「最近はほら、やってる側だけが楽しいと思ってても外部から見ればいじめ認定受けるようなこともあるだろ? それに宮華だって、普段そういうことやりそうなキャラじゃないし、日下さんだって他の生徒に自分のことオープンにしたくないからさ」
「なるほど。周囲の思ってる自分と、本当の自分との差には悩まされるものだからな。解った。このことは誰にも言わない」
オレはホッとして、肩の力を抜いた。圭人に笑顔を向ける。これでこの話が広まる可能性は消えたも同然だが、仕方ない。
視界の端ではまだ宮華が祟り神みたいな顔してるけど、どうにか弁解できる範囲だろう。たぶん。そうとでも思わなきゃ今すぐ心が折れそうだ。
日下さんは少し不安そうな顔してるようにも見えるけど、違うかもしれない。まだ表情から何か読み取れるほど親しくない。
いきなり、部室のドアが開いた。
「圭人まだこんな所にいたの? 今日こそは会議に間に合うよう来るって言ってたわよね?」
入って来たのは何となく見覚えのある女子生徒だ。背が低く、リアルな三白眼ってこういう目だろうか。とにかく目つきが悪い。特に今は苛立ってるみたいで、かなり凄みがある。永井豪のキャラみたいだ。
「いぃ、いや、ちょっとトラブルがあって」
しどろもどろになる圭人。
「それってこの後も、圭人がここにいる必要のある状況なの?」
「うっ。うーん」
圭人はオレに必死の目線を投げてくる。しかしこれ、否定してほしいのか肯定してほしいのか解らんぞ。
「ちょうど落ち着いて、圭人もそろそろここを出ようとしてたところだ」
どうか正解でありますように。
「そう。じゃ圭人、行きましょう。みんな待ってる」
こうして圭人は突然現れた女子に連行されていった。
「ちょっと、整理しましょうか?」
人見知りの呪縛から解放された宮華が、妙に穏やかな声で言う。長い放課後になりそうだ。




