第2の不思議︰幽霊部員の幽霊-06
圭人の入部が決まったあと、オレは宮華の指示で帯洲先生のところへ。生徒会長で、おまけに鶴乃谷の人間である圭人が入部すると聞いて、先生はかなり上機嫌になった。
「先生、ゆくゆくは教育者としてどこかの理事になるか、市議や県議になるか迷ってるんだ」
なんて金銭欲と権力欲で意識を朦朧とさせている。
「先生が文科大臣になろうが教育論の本を出そうがどうでもいいんですが、とにかく鶴乃谷には日下さんのことを伏せておいて欲しいんです。これは本人の希望で、もし知られたらスクーリング辞める、だそうです。まだ僕ら以外に知られる心の準備ができてないとかで」
これ。これを先生に言っておいてほしいと宮華に頼まれたのだ。幽霊部員の幽霊をやるためには、日下さんの存在を隠しておかなきゃならない。
「解った解った。そのあたりは部長君に任せるよ。キミはどうやら優れた人材を集める才能があるみたいだからね」
どちらかというと陰キャが集う部活になりつつあるんだが……。いや、圭人はそんなことないか。むしろリア充寄りなんだろうなぁ。
だってあれだろ? 生徒会やってる奴らなんて実際は大学進学したらイベントサークルとかに入って、飲み会やら他大交流やらでオラついたウェイウェイ言うノリは苦手だけどそういうのに興味あるような男女とか意識高い系とか繋がり厨なんかをマイルドでクレバーな仮面をかぶったまま美味しく頂いちゃうんだろ?(尋常じゃない偏見)
ま、圭人はそんなタイプには見えないけど、それこそが偽装の可能性もある。気をつけないとオレたちも他校との合同イベントとかいう謎の薄っぺらい苦行にモブとして駆り出されるかもしれない。(妄念のような偏見)
他にも日下さんの意思を尊重したいだの、手を出さず見守るのも教育だのキレイゴト無双先生のありがたいお話を受け流してから帰宅すると、宮璃がアイス食ってた。
「あ、おかえりー」
「おお」
疲れがドッと出て、オレはカバンを置くとソファに身を沈めた。
「アイス食べる?」
「おお」
宮璃が“ガツン、とみかん”を持って来てくれた。
「はいどうぞ」
「おお」
一口食べると甘い香りにくったりしたミカンの食感、本物の酸味がシャリシャリの部分と一緒に拡がって脳が痺れるほど美味い。これは語彙力失われる。
「イチニィ疲れてるの?」
「おお」
ホント語彙力。アイス食べながら思考力をトロトロに溶かしてると、ふと言葉が出た。
「今日、宮華にめちゃくちゃキレられた。悪いのはオレなんだけど」
すると、隣に座ってあずきバーかじってた宮璃は眉をひそめた。
「お姉ちゃん、スイッチ入るとすごく怒るよね……。暴れたり暴言吐いたりはしないけど、なんかあの圧力、凄いよね。ひょっとして、人見知りのこととか? お姉ちゃん、あれはかなり気にしてるから」
「やっぱり、地雷なのか」
「うん。見た目もいいし頭もいいし、クリエイターな夢もあって、運動神経もよくて。人見知りが異常って以外に弱点ないでしょ? なんか恥だと思ってるみたいなんだよね……」
ゴリゴリゴリゴリ。宮璃はあずきバーをかじると、オレの目の前へ置くように言葉を放った。
「イチニィはお姉ちゃんの人見知り、どう思う?」
「そうだなぁ。生きづらそう、かな。あれがなきゃ、アイツもっと人生楽勝モードでいろんな可能性から選び放題だったろうに」
ふんふん、とうなずく宮璃。
「やっぱりそうだよね。前は私もそう思ってたんだよ。でもさ、最近そうでもないのかなって思うようになったんだ」
「というと?」
宮璃はちょっと上を向くと、考えながらアイスの棒の先で唇をつついた。
「うーん。もしお姉ちゃんがあんなに人見知りじゃなったら、たぶんたくさんの人が寄ってくるよね?」
「まあ、そうだろうなあ」
人見知りさえしなければ普通に話せるし、別に感じ悪いとかいうこともない。それであのスペックなら確かに人気者だろう。
「お姉ちゃん、人見知りじゃなかったとして、いろんな人に取り囲まれるのが好きだと思う? 損得で近づいてくる人を上手くあしらえると思う?」
オレは驚いて宮璃を見た。
「な、なに?」
「いや、おまえ中学生なのに難しいこと考えるなあ、と思って。さすが自慢の妹だ」
宮璃はオレを軽くたたいた。
「ひょっとしてイチニィ、女子供はバカな方がいいってタイプなの?」
「違う。本当に感心してるんだ」
「そうだよね。イチニィ、私の評価大甘だもんね。……それでね? お姉ちゃん、人見知りとか関係なしでいろんな人と浅く付き合うとか苦手だと思うんだよ。むしろ少なくても気の合う人と深く付き合いたいっていうか。でもさ、あれで人見知りとかじゃなかったら絶対まわりが放っておかないでしょ? それってお姉ちゃんにとってはかなり辛い状況かもなぁって。あ、もちろん私の想像だけどさ。そもそも人見知りじゃなかったら友達たくさん作るの大好き人間とかだったかもしれないし」
オレは深くうなずいた。
「やっぱりオマエ、可愛い賢いだな」
「そういう話じゃなくてっ!」
「解ってるって。オレはまだ宮華のことよく知らないけど、そうだな。言われてみれば人見知り関係なく、そんなに社交的なタイプじゃないかもな。全体的にけっこう癖ある性格してるし」
「じっくり付き合えば、かなり優しいんだけどね」
そういえば、なんだかんだ言って日下さんのヤバい服装やめさせたのだって、親切心まじりだったな。
「じゃあ中学時代の友達とか、まだ付き合いあるのか」
「あるよ。スマホでやり取りしてるだけだけど」
「あー、それだんだん疎遠になるやつな」
「違うよ。イチニィじゃないんだから。あのね、お姉ちゃんの中学時代の友達たちは決めたの。このまま一生お姉ちゃんに付き添うことはできないかもしれない。だから心を鬼にして高校でそれなり友達できるまで会わないって」
「なんだその愛されようは。ほぼほぼ保護者だろそれ」
「あのお姉ちゃんの人見知りを乗り越えてくるような人たちだもん」
「あー。なんかその一言ですべて説明つく感じあるな」
と、そこでオレは冷静になる。
「で、この話はどこへ向かってるんだ?」
「えー? うーん。お姉ちゃん本気で怒ると怖いし、対人ヘタでマイペースにもほどがあるけど、じっくり付き合えばいい人だよってこと。だからこれからも、お姉ちゃんをよろしくね」
ようやくオレは気づく。宮璃、オレと宮華の関係がぎくしゃくしないようフォローしてくれたのか。さすが人付き合いの擬人化。
「オレも宮華も、お前には勝てないな」
「そうだね……。そうだよ」
んん? んー?
「なんだか含みのある言い方だな。おまえの言葉は口調だの単語だの、細かいところまで意図があるの知ってるんだぞ」
すると宮璃は苦笑いして、手にしたアイスの棒を振った。
「イチニィいっつもそれ言うけど、そんなわけないからね?」
「だとしても、今のは何かあったろ」
「うーん。こういう話するとさ。いっつも思っちゃうんだよね。お姉ちゃんがもし社交的だったら、私、お姉ちゃんよりいいところなんて一つもなくなっちゃうなぁ、って。あ、これイチニィだから言うんだからね。ほかの人に言っちゃだめだよ」
ホントこいつは一度足を踏み入れると、沼のように自分へ引きずり込もうとするな。けどその心地よさよ。
「おまえな。それ、あれだろ? “そんなことないよぅ”とか言ってもらいたい奴が言うセリフだろ? あと、オレだけにってところで地味にオレの親密度を上げようっていう」
宮璃は大きくため息をつくと、眉間をもんだ。お? どうしたどうした?
「あのね。もし本当にそう思ってるんなら、私そんなお兄ちゃんにも見破られるようなショボい手は使わないよ? それこそ解ってるでしょ」
「ああ。いちおう確認しただけだ。で、違うってんなら、説教だ」
「え」
ぽかんとする宮璃に、オレは厳しい顔をした。
「あのな。人の価値ってのは外見とか能力とか、カタログスペックで決まるものだけじゃないんだよ。そういうの、おまえが一番よくわかってるはずだろ。もしお前が他人を外見とか能力とか人脈とか金とかだけで見るような人間なら、これだけ大勢と親しくはなれないだろ。なのになんで宮華相手にそういう見方するんだ。だいたいお前のコミュ力はな、並の人間程度じゃ狙ったってとうてい到達できねぇんだよ。宮華が普通に社交的だったとしても、それくらいじゃ比較にならない。それどころかお前と並べて棒グラフにしたら、コミュ力モンスターとか言われてるやつも絶望的なコミュ障も、みんな誤差の範囲でしかなくなるんだよ」
宮璃はにっこりした。
「うん。そっか。ありがとう。……ありがとう? まあいいや。お礼に、いいこと教えてあげるね」
「なんだ?」
「私ならこうやって、言ってほしい人から言ってほしいこと言ってもらうんだよ」
とたんに顔が熱くなる。それを見て笑う宮璃。
「冗談だよ。冗談。イチニィが私の言動には全部裏がある、みたいなこと言うから」
「うっ、裏じゃない。意図だ」
「同じだよー」
宮璃はケラケラ抜けるように笑うと、満足したのか家に帰った。
残されたオレはぼんやり思う。やっぱ宮華と宮璃は姉妹だ。よく似てる。考えてることの筋道がオレにはさっぱり解らない。その解らなさ具合がそっくりだ。




