第2の不思議︰幽霊部員の幽霊-04
さっきの今だとダメージが大きいからと、圭人をとりあえず帰らせて一人で部室に戻る。
宮華は机に突っ伏していた。日下さんがその背中をさすりながら、何事かしきりと謝ってる。ただ声が小さいせいで、まるで頭上から呪いの言葉を浴びせ、宮華がダメージ喰らってる図のようにも見える。
「どうだ? 大丈夫か?」
こちらを見る二人。どちらも顔色が悪い。
「今回だけは悪かったと思う」
力なく宮華が言う。
「いやいや、気にするな。オマエが悪いわけじゃ……今回だけ?」
「あんなのが生徒会長……。人のこと怒鳴りつけて……」
ぐったりしながら日下さんが呟く。
圭人が来たとき、日下さんはトイレに行っていたとか。そして戻ってきたら教室の中から男子生徒の苛立つ声が聞こえてきたので、そのままそっとトイレに戻ったらしい。教室へ戻ったのはついさっきだとか。──ピンチっぽい宮華を残して逃げるってなかなかだな。
「なんか自分が思いっきり無視されてると思ってたぞ。オレが説明したら反省してた」
オレの言葉に二人は顔を見合わせた。なぜか殺意に満ちた波動が漂ってくる。
「えっ、と?」
オレは真相を究明すべく、二人に向かって曖昧に言葉を投げる。
「宮華さん。コイツ、本当に?」
感情の起伏に欠ける日下さんの口調がセリフのおっかなさをブーストしてる。
「宮華でいいよ。イチロのことは私も、実はよく知らないのよね」
「信じられないくらい無神経。あ、私も雪子で、いいよ」
「ありがとう。けど日下さんて呼んでいい? ……それにしてもイチロにはガッカリ」
「私も宮華さんって呼ぶほうが呼びやすい、かも。で、どうすればこのクズの心をバキバキに折って反省させられるか──」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着こう。な? 二人とも言ってることの前半と後半のベクトルが違い過ぎて不安になる。それにそれ、二人とも心の距離縮まってんのか?」
いい感じで盛り上がっていた二人の声が止む。凍てつくような視線。宮華が整った顔を歪めて舌打ちする。
「本当に、解らないの?」
オレには宮華がヤクザキックで机を蹴り倒す幻が見えた。
「いやそりゃ実際問題ないかも知れないけれど、人のメンタルのデリケートな問題をなんで勝手に他人に喋るの? ねぇ? 私べつに隠してないけどオープンにもしてないよね?」
「あっ……」
あまりにもっともな指摘で、自分のバカさに驚いて、言葉が出ない。悠長にツッコミ入れてる場合じゃなかった。
あと、キレた宮華ハンパなく怖い。言動とかじゃなくて、放ってくる空気感とか目つきとかが。なんでこんな一瞬でトップまで振り切れるのか。
「あ? なに? “あっ”て」
「ご、ごめんなさい」
宮華は視線で吹き飛ばすくらいの勢いでオレを睨むと、もう一度舌打ちして座った。それから日下さんに目を向ける。その顔に動揺が走った。
荒ぶる宮華の気迫に、日下さんはすっかり怯えていた。まるで自分が怒鳴られたかのように固まって立ち尽くしてる。さっきまで宮華と一緒に怒りの階段を絶頂まで昇りつめようとしてたくせに。
「あ、その。ちが、違うの!」
宮華は腰を浮かせ、日下さんをなだめるように両手を伸ばした。
日下さんはその動きにビクッとして、我に返った。
「あ、私もごめん。そんな、うん。そうだよ、ね。ちょっとビックリ、あ、えと失礼だよね。ごめん。あ、失礼っていうのは」
「ううん。全然、そんな全然。驚かせちゃったよね。私こそごめんなさい」
「そんな謝らないで。私が勝手に……。宮華さんはそんなに……」
どぎまぎしながら早口で喋る二人。一方のオレは宮華の言葉が深く突き刺さったまま立ち直れずにいた。
確かにヒドい人見知りってのはそこまで隠しておくようなものじゃないかもしれない。けど人によってはあまり知られたくないだろうし、現に宮華だって自分から積極的にカミングアウトしてるわけじゃない。
だから外見と合わさって、周りから謎めいた孤高の美少女ってことになってるんだし。
圭人は宮華の様子がおかしくなるのを見てた。けど、だからといってオレが考えなしに人見知りのことを明かしていいってことにはならない。
ダメだ。考えれば考えるだけ、罪悪感と自己嫌悪の沼に沈んでいく。あとやっぱ宮華が怖い。
「っ!?」
いきなり後ろから背中を押された。強くはなかったけれど、軽くよろめく。振り返ると宮華だった。いつの間に背後を取られたんだ。
「なに落ち込んでるの?」
日下さんも言う。
「なに? 落ち込んでるの?」
同じセリフでもニュアンスが全然違う。
「悪いことしたと思って」
「いやまあ、そうなんでしょうけど」
「それを私たちに見せないで」
仕方ないけど、めっちゃ辛辣だな。あとこの二人、オレを攻撃するときは息ピッタリだな。
「それで、まさかとは思うけど」
「入部許可してないよね?」
「もちろん、ああ、してない」
「それにしてもなんで」
「ここに入部しようと思ったんだろ」
「それよりも、なんでお前ら二人はシンクロ双子キャラみたいな話し方になってんの?」
二人から同時に睨まれた。けど、宮華たちも少し恥ずかしかったみたいで、お互い少し頬を赤くして咳払いしたりなんかして、なんだかすごくいい雰囲気だ。
これはあれか、オレという存在を敵視した結果、二人が団結できたということだろうか? あるいはこの世界は実は百合姫掲載作品なんだろうか。
「ただ鶴乃谷がどうしても入部したい理由を聞いてくれってしつこくてな。どういうわけか入部はしたいけど参加する気はない、幽霊部員になるって言ってたし」
宮華と日下がぴたりと動かなくなる。
「その話、どうして今したの? ひょっとして──」
ハッとした顔で廊下の方へ視線を走らせる宮華。
「いや、さすがに来てない。呼んでない。ただその、明日、な。音声通話でその、理由を聞く会をやることになった」
「誰が?」
「オレたち三人が。あ、日下さんのことは言ってないけど、一緒に聴いててほしい」
「なんで私たちが?」
「なんか、オレがいくら言っても納得してくれないんだ。けど、お前からも断ってもらったらさすがに諦めるんじゃないかと思って」
顔を見合わせる宮華と日下さん
「そこまでして、幽霊部員になりたい……」
日下さんが考えこむ。
「あの、もし辛いとかだったら断るぞ」
「いえ、本人が目の前にいないなら私はどうにか、たぶん、一言二言くらいは喋れると思う……。あ、たぶん。たぶんね。絶対ではない」
「私も、聴いてるだけなら」
弱々しい声だ。この二人、オレに対して異様に攻撃的だったりこうして内気キャラになったり、なかなか忙しい。オレは今後もこんな情緒不安定な女子2名と部活を続けていけるんだろうか。
「怒らないのか? 使えないとか罵ったり」
「イチロ、そいうのが好きなの?」
「そうじゃない。たださっきまでの流れ的にキレられると思ってたから」
「私も宮華さんも、そんな理不尽に怒ったりしない」
「うーん……。その線引きがオレにはちょっと解りづらいんだが」
「ここでイチロが強引に鶴乃谷君を説得にしようとするより、確かに私も一緒に断ったほうが自然だし効果的でしょ。だからイチロが無理しなかったのは私も、たぶん日下さんも間違った判断だとは思ってないってこと」
いや、怒られなかったことから逆算してそうだろうとは思ってたけど、そもそも今、宮華が言ったような考え方をしてくれるかどうかが解らんのだが──。なんて、そんなこと言ったらこじれそうなので黙っておくことにした。
そして翌日の放課後。オレたち三人は机に置いたスマホを囲むようにして座っていた。妙な緊張感がある。いちおう宮華はイメトレしたり事前に言うこと考えたりしてきたって話だったけど。
着信。オレはスピーカーモードで受けた。
「もしもし」
「もしもし。あ、長屋です」
「鶴乃谷だ。一緒にそこに?」
「ぁ」
「ん? いる?」
「ぇ」
はい、ダメでした。イメトレ無惨。
「あ、いるいる。ほら、もっと声大きく」
「ああ、いや、いるならいいんだ。無理はよくない。うん」
電話越しに鶴乃谷が少し慌てた声を出す。
「それで、ウチに籍だけ置きたい理由を聞いてほしい。そういうことだったよな?」
「そうだ。そのうえで入部について判断してもらいたい。ただ、その前に。昨日のことを謝りたい。正直に言って、何組の誰なのかは解らない。が、」
オレは圭人の話を遮る。
「いや、おい。生徒会長なのに知らないのか?」
少し間があって、返事が来た。
「全校生徒を知ってる生徒会長だの、生徒名簿を好きに見られる生徒会なんて創作の中だけだぞ」
「それでも自分なりに調べるくらいできるだろ? 周りに聞くとか」
「調べたに決まってるだろ。周りにも尋ねた。郷土史研究会にいる女子。……誰も、誰も知らなかったぞ。長屋ひとりの部活だと思ってる奴もいたし、あまりに誰も知らないから、少し不安になったくらいだ」
あっ──。オレはハッとして宮華と日下さんを見る。二人はスッと目をそらした。
誰も知らない。そりゃそうだ。日下さんはいないはずの未確認生徒だし、宮華は顔の良さと雰囲気でうやむやにされてるが、実態はただのボッチだ。
「そんなことはどうでもいい。とにかく、僕の勘違いで辛い思いをさせてしまったのは謝る。ごめん。悪ふざけで無視されてると思ったんだ。それでも初対面の女性をあんなふうに怒鳴るべきじゃなかった」
なんとなく気配で、向こうがスマホの前で頭を下げたのが伝わってきた。
「あっ、あのっ!」
宮華が口を開く。
「あれは、その、もう、いいので」
少しの沈黙。
「……ありがとう」
ふぅっと大きく息を吐く音。圭人は緊張してたらしい。
「それで、入部したい理由ってのは?」
オレはさり気なくスマホのバッテリー残量を気にしながら促した。なぜか20パーセントくらいしか残ってないんだよなぁ。途中で切れなきゃいいけど。




