第7の不思議︰サメジマ先輩-27
謹慎明け。放課後オレは校長に呼び出された。不安な気持ちで校長室へ行くと、なぜか力強く褒められた。
“やったことは感心しないが、その企画力、実行力、精神力には感心した”
だとか、
“破壊的イノベーションで世界を変革するような人間に、穏やかで協調性があって温和な人格者のようなタイプは少ない。むしろその逆だ。方向を誤れば、社会とぶつかるだけで終わることもある。だが我が校が求めているのはそういう苛烈なイノベーターであり、我が校の役割の一つはそうした人材が社会から逸脱して終わるのではなく、社会の中で己を活かせるよう導くことだ。今回の件は残念だが、キミはいずれ大物になるかもしれないな”
だとか。
オレが一人でやったわけじゃないし、そもそも誰か一人がやったことでもないんでそう言われても聞き流すしかなかったけれど、校長が好意的じゃなかったらもっとマズイことになってたんだろうな、という気はした。校長が変なおっさんで助かった。
というわけで、部室へ行くのが少し遅れてしまった。入り口の前で少し足を止める。久々だし、あんなことの後なので、さすがに少し緊張する。
「久しぶり」
オレはなるべく軽い口調で言いながら部室へ入る。
「あ、うん」
頬杖をついたまま、日下さんが面倒臭そうに応える。
「あ、今日だっけ」
こちらを見て宮華が言う。
部室にいたのはその二人だけだった。一つの机を挟んで座っている。あれえ? オレの脳内ではみんな勢揃いして迎えてくれる光景が鮮明に見えてたんだかど……。
「あー、その」
決まり悪さを感じながら尋ねる。
「圭人と兎和さんは?」
「今日はもう生徒会」
「泰成くんと霧島さんは……」
「今日は放送部の日でしょ」
「あ、おう、そうか……。湯川さんは」
「原口さんと約束があるってもう帰った」
「あ、んー」
もしかしなくてもみんな、オレに怒ってんのか?
「ん、んっ」
宮華が咳払いをした。
「泰成くんがみんなでイチロのこと出迎えようとか言い出して、止めるの大変だったんだから。感謝してよ」
犯人おまえか!
「そんなことされたら重いし、いたたまれないでしょ」
「いや、あー、うん。んー。そう、か? まあ、そうか」
いちおう気を遣ってくれた結果みたいだ。出迎えられたくないって発想がいかにも宮華らしい。
「あ、そうだ。帯洲先生が春までに部誌作れって。新入部員獲得のために」
「は? もう3学期終わるぞ。なんで断らなかったんだ」
すると宮華の視線が不安げに泳いだ。
「だって、私と日下さんしかいないときに来たんだもん。断れるわけ無いでしょ」
帯洲先生も宮華たちの人見知りはもう知ってる。断れないと解ってて狙ってきたな。まあ、あの先生に関してはオレも断れる気しないけど。あ、というかあの先生、自分の巧みなトークでオレが親から勘当されたり、罪が重くなったりするの救った気でいるんじゃないだろうな……。嫌な想像にじんわり汗が浮かぶ。
「それと、予算あるだろうから創刊号の製本しろって。第2号の告知入れて。冊子配ったほうが宣伝効果あるから」
確かに、宣伝のためならチラシ1枚よりその方が効果的だろう。けれど、宮華の表情は暗い。たとえ後輩でも、新しい人間と関わるのは気が進まないんだろう。
珍しくオレの考えてることがキチンと伝わったみたいだ。宮華は力なく微笑んだ。
「仕方ないよ。辛いのは最初だけ。すぐ良くなってくるから」
これまでの経験で宮華も成長したようだ。にしてもそのセリフ。その、セリフ……。
「バカを排除しつつなるべく有望な生徒の興味を引くように、がテーマだって」
日下さんが投げやりに呟く。
なんだその都合良すぎるテーマは。ってか、それはテーマじゃない。
「それは無視しよう」
うなずいて同意する日下さん。
「責任は部長が負う」
「負わされる、の間違いじゃないか?」
「じゃあそれで」
しかしそうなると、早急にどうするか考えないとな。いや、そうじゃないな。さすがにみんなにも考えてもらおう。編集会議だ。
そんなことを考えていると、力強くドアを開ける音がした。
「おかえり長屋くん!」
帯洲先生だ。先生は教室内にオレたち3人しかいないことに気づくと、目に見えて気まずそうな顔をした。
「まあ、なんだ。人望がないとか、そういうことじゃないと思うぞ。そんなに落ち込むな。少なくとも先生はこうしてほら、出迎えたわけだし」
いや、出迎えてはいないだろ。
「みんなそれぞれの日常があるわけで、どうしてもタイミングが合わないことだってある。と、先生ももう行かないと。少し顔出しに寄っただけなんだ。そうそう。部誌、期待してるぞ」
帯洲先生はそう言うと、おっさんみたいな動きで後ろからオレの両肩をチョイチョイと揉むと、その肩をぽんと叩いて出ていった。
宮華と日下さんが犬の糞でも踏んだような顔してる。
「イチロってさ」
「やめろ。言うな」
「帯洲先生にめちゃくちゃ気に入られてるよね」
「だから言うなって。困ってんだから」
すると、グッタリしていた日下さんがゆるゆると体を起こした。
「長屋くんをイケニエに、部を優遇してもらえば?」
「いやホントそれやめて!」
即座の否定に日下さんがニヤリとする。しまった。平気そうにしておくべきだった。
「それで、その紙は? 部誌の企画とか?」
オレは話題を変えようとして、机の上に散らばったルーズリーフについて尋ねる。
「七不思議」
「え!? 終わったんだろ?」
思わず動揺してしまう。
「来年の夏に新聞部と放送部で星高七不思議やるんだって。新一年に受け継ぐから。で、そのためにそれぞれの話をまとめて欲しいって頼まれて」
バラバラに出回ってる話をいったん整理して、とりあえずの確定版を作ろうとしてるらしい。
「私たちの考えた話がそのまま広まってるわけじゃないからね」
「原口さんが集めてた噂を送ってくれた」
「最終的にはイチロがまとめたってことにして放送部とかに出して。なにせ“作者”なんだから」
宮華の口調にはトゲがあった。
「あのとき、宮華が原作者だって言っても良かったんだぞ」
宮華は言葉に詰まると、忌々しそうにオレを見た。
「まあ、まだ8番目の不思議は残ってるけどね」
負け惜しみのように言う。8番目の不思議ってのは、“七不思議には実は隠された8番目がある。それを知ってしまうと恐ろしいことが起きる”とかそんなやつだ。
「まさか、やるって言うんじゃ──」
「そんなわけないでしょ。アレは中身がないから成り立つ話なんだし。あと、これは個人的な感覚だけど、8番目の不思議って後付感があって、美的バランスが崩れるというか……」
宮華なりのこだわりがあるらしい。
「そのためにイチロが不可解な状況でなるべく無惨に死んでくれるならいいけど。そしたらそれを8番目の不思議と絡めるから」
望んでるわけじゃないだろうけど。もしもの話として本気なのは伝わってくる。
「じゃあ、もしもそんなことになったらな」
オレは軽く応える。
さて、どうやらこれで本当に七不思議創りは終わりらしい。といっても高校生活はまだ2年くらい続くし、郷土史研究会もそうだろう。オレたちはこれからもゆっくり少しずつしか変わらないだろうし、今日が特別な一日ってわけでもない。こんな時のしめくくり的な気の利いたフレーズでも思い浮かべばいいけど、あいにくオレはいたって平凡な男子高校生活なので──。
「ま、無理だな」
小さく呟くと、机の上のルーズリーフに手を伸ばした。
------
●星高七不思議の7
サメジマという高校2年生の女子がいた。彼女は心を病んで入院していたが、たまたま星高が開校することを知り、そこに転校したがった。しかしその願いがかなえられることはなく、狂気のうちにいつの間にか、自分が星高の2年生なんだと思い込むようになった。彼女の頭の中では自分は病院に捕らえられており、いつまでも学校に通わせてもらえないということになっていた。
やがて彼女は中庭で見つけた鳥の死骸や自分の髪の毛などを使い、見るもおぞましいモノをこっそり作りだした。それは彼女の気分によって、自分を捕らえた人々を呪うモノとされたり、自分を差し置いて高校生活を楽しむ星高生を呪うモノとされたり、自分の身代わりとして星高へ通うためのモノとされたりした。自分が捕まっている理由も日によって変わり、安定しなかった。
看護師や医師たちは彼女の作ったモノを気味悪がって取り上げようとしたが、ひどく暴れるので持たせておくしかなかった。家族は一度も見舞いに来なかった。
やがて彼女は隙をついて焼身自殺をしてしまう。奇妙なことに、彼女が作ったはずのモノはどこにも見当たらなかった。
それ以来、焼け死んだサメジマ先輩は自分が通うはずだった星高をさまよい、生徒たちを道連れにしようと放火をしたりしている。サメジマ先輩の作ったモノは校内のどこかに彼女の狂った手記と共にあり、呪いの源になっているという。
またサメジマ先輩の霊は自分のことに気付いてほしくて、手記の断片を校内にばらまいている。もしふざけてその断片の偽物を書いたりすると呪われてしまう。
サメジマ先輩の断片を手に入れるとその人は憑りつかれ、次々と他の断片を拾ってしまう。そして全てがそろったとき、サメジマ先輩によってあの世へ連れ去られてしまう。だから校内で不審な紙切れを見かけても、決して拾ってはいけない。
------




