第7の不思議︰サメジマ先輩-23
喋りながらその先その先を考えていたので、正直自分が何を喋ったのか、あまり記憶がない。だいたいこんな感じだ。
ヒキコサン──冗談のつもりで背の高い女性に見えるようなかぶり物を作って校舎内を歩いていたら、当時 黒髪ロングでワンピース姿で誰にも知られていなかった日下さんの目撃情報とごっちゃになって話が大きくなった。
幽霊部員の幽霊──入部にあたって上手くやっていけるか不安に思っていた圭人と日下さん。共通の恐怖体験をすれば打ち解けやすくなるだろうと思い、中学時代の友人を呼んで幽霊役をやってもらった。男子にはオレの制服を貸し、女子には宮華の制服を貸した。宮華の制服は宮璃を適当な話で騙し、こっそり持ってきてもらった。
逆ラブ地蔵──先に話したとおり。
あかずの首──夏といえば怖い話、というノリで運動部の友人を驚かせようとしてやった。ヒキコサンのかぶり物を改造して使った。部屋の鍵は引越しの準備や片付けを口実に日下さんから借りた。
スニークさん──本当に心当たりはない。霧島さんが入部したのは郷土史研究会の居心地が良かったから。あと、放送部の部長にも頼まれたから。
呪われネットワーク──モバイルwifiの接続先名を変えられると知り、いたずらでやった。メールも自分が送った。
サメジマメモ──何度かの成功でみんなが騒ぐのが楽しくなり、やった。オリジナルは自分が書きました。
こうして見ると穴だらけで、よく考えるとおかしな点が色々ある。ただ、オレが予想以上に多くのことについて大勢の前で自供する展開の異様さと、喋るうちどんどん惨めそうになっていく空気感とで、みんな何となく誤魔化されてくれたみたいだ。
「……それで、全部、です」
オレは震える声で言うと、付け足した。
「兎和や圭人は……オレが何かしてるんじゃないかって疑ってたみたいでした。けど、オレが自分から話すのを待ってくれてたみたいです。なのに……。何であれ突き止めて辞めさせる。二人の立場的にはそれが正しかったのかもしれない。けど、人として、友人として向き合うことを選んでくれたんだと思います。そっちの方が……」
えっと、なんだろう。ピッタリな言葉が出てこなくて、オレの話はそれで終わる。けれど、最後まで言わなかったことで“言わなくても解るよね? なんとなくそっちの方がいいよね?”みたいな感じが出た気はする。
嘘しか言ってないけれど、話し終えるとスッキリした。相変わらず不安も恐怖も申し訳なさもあるけれど、それでも何か、心が軽くなるものを感じた。顔を上げて観客席を直視できるくらいには。
客席は相変わらず暗くて遠い。みんな黙って座って、こっちを見てる。そんな中、一人の女子生徒が立ち上がると何かを叫び、ポケットへ手を入れると出し、こっちへ何か投げつけてきた。
何が投げられたのかはよく見えない。ただそれはここまで届かず、形のない怒りだけがぶつかってきた。
その感情にオレの心は痛……んだりはしなかった。ただ、“そうだよなぁ”という妙な納得がある。
なんでそんなふうに感じたんだろう。オレは他人の痛みに共感できない人間なんだろうか? それともこれまで、無自覚なだけで自分のしてきたことに苦しめられていて、今さらそれで改めてダメージ受けたりしないってことだろうか?
そこで、気づいた。オレが話してスッキリしたのは、ようやく堂々と“責められる立場”になれたからだ。
自分のやってることには被害者がいる。これまでは、それにどれだけ罪悪感を持ってもどうすることもできなかった。けれど今は自分のしたことを責められ、報いを受けることができる。そこに宮華たちを巻き込むこともない。
日下さんあたりに言われなくても、これが独りよがりで身勝手だってことは解る。けれど七不思議創りを実行しつつ、一方で辛い思いをした人からも当然の責を受け、それでいて他の七不思議メンバーを護るには、今みたいにオレ一人が七不思議創りをやったって告白するしかなかったんじゃないかと思う。
“自分の罪悪感を抱えきれなくて誰に対してもいい顔しようとするあたりが救いようもなく独りよがりだ”って言われそうだけど。
最初の女子に続いて立ち上がる生徒が出てくる。みんなこっちに何かを投げてくる。だいたいは見えない。けれどハンカチや、たぶん丸めたティッシュ? なんかは白っぽいものとして見えた。もちろんどれもステージまてまは届かない。
座っている生徒たちもこちらへ向かって口々に何か叫んでる。それは混ざり合い、反響し、距離に弱められ、ぼんやりした音の塊になって届く。オレはそのトゲトゲしい音の塊に殴られるままになっていた。
両サイドに立っていた教師たちが見かねて止めに入ろうとしたとき。
「おおおおおおおおっ!」
ひときわ大きな雄叫びが上がり、巨体が立ち上がった。泰成くんだ。裏切られたって感じて、怒り狂ってオレを八つ裂きにでもするつもりだろうか。周りのみんなは早く逃げないと危険だぞ。
ところが泰成くんは邪魔な生徒を殴りとばし投げとばししながら近づいてくることもなく、その場で身振り手振りを交えながら何かを熱弁しはじめた。声の断片がときどき聴こえてくるけれど、内容は解らない。一人、また一人と立っていた生徒が腰を下ろす。
しばらくして泰成くんの話が終わった。隣に座っていた霧島さんが慣れた様子で立ち上がると、スッとその耳にイヤホンを差し込んだ。
すると、離れたところで誰か立ち上がった。遠藤だ。胸元で手をヒラヒラさせている。目を細めてよく見ると、どうやら拍手して──泣いてんのか? たぶん、泰成くんの話に感動したんだろう。だからって……いやまあ、あいつバカだしなあ。
すると今度は通路際の席から二人が立ち上がった。宮華と日下さんだ。二人は通路に出ると、こっちへ向かってくる。裏切り者のオレを始末するんだろうか。
近づいてくるより前から、二人が緊張でガチガチになってるのが解った。遠目に見ても明らかに歩き方がぎこちない。ロボみたいだ。二人はステージ脇の階段から上にあがると、オレの横に立った。どちらも顔色が最悪で、顔は脂汗びっしょり。前髪が額に張り付いてる。
オレが場所を譲ると、宮華は演台に置かれたマイクの前に立った。制服の下で拘束でもされてんのかと思うほど固い動きでわざわざマイクのスイッチを切ると、オレを横目に見て小声で告げる。
「これまでのこと全部台無しにした責任は絶対に取ってもらうから」
アレ? なんか集会前に言ってた事と違くないか?
宮華は深呼吸するとマイクのスイッチを入れて、口を開いた。
「ワタッ──」
メチャクチャ声が上ずってた。宮華は落ち着こうとして目をギュッと閉じ、何度も深呼吸する。というより、過呼吸になりかけてると言ったほうがいい。
「私は、だろ」
見かねてオレはささやく。
「わっ、私、私は、郷土史研究会副部長の神野宮華です」
そこで宮華は言葉を切り、オレをチラ見した。いや、お前がなにを言うつもりかなんて知らんがな。宮華もすぐそれに気付いて、客席の方に顔を向けた。ただし、視線は落ちている。その先にはいつ取り出したのか、スマホが置かれていた。
「私は、ヒドい人見知りで、知らない人、とか、こういう場所だと、全然、全然──全然しゃべれなくて、こうやって書いて、書いた、書い……読むので精一杯、です。長屋くんはそんな私が、部活で居心地よくいられるよう、新しい人が増えても、えー、増えても……辛くならないよう、がんばってくれてまきした。まきしま、た。がんばってくれました。もちろん、長屋くんのしたことは許されるものでは……あれ?」
宮華の言葉が途切れる。慌てたように指がスマホの画面を上下する。やがて、それも、止まった。どうやらメモの続きがないらしい。




