第7の不思議︰サメジマ先輩-21
落ち着いた様子で一矢くんはオレをまっすぐに見ている。
「まず、確かなことを順に整理しよう。もし間違ってたら教えてくれ」
照明が落ちて、舞台中央の壁にプロジェクターで1枚の図が映し出される。
1.スニークさんの噂が広まる
2.お昼の放送に長屋ゲスト出演。内容が急遽変更される。スニークさんほか、出回っていた怪談話について
3.放送部と郷土史研究会とでスニークさんを追う動画の撮影が決定。文化祭で上映することに
4.前後してスニークさんを探す生徒が増える。放送部と郷土史研究会の撮影の様子も目撃者多数
5.動画が上映されるも、許可を受けた内容や方向性と大きく異なるため、すぐに上映中止となる
6.動画に本物のスニークさんが映っていると噂に。視聴希望者が出る
7.動画データがすべて破損、消失
8.失われたはずの動画が高額な料金で観られると噂になる
「どうだろう」
一矢が尋ねる。プロジェクターの白い光にうっすら照らされた一矢とトモちゃんはモノクロに見えた。
「……いや、この、8番目はなんなんだ?」
「知らない? まあ、それはあとで話そう。それ以外は?」
不穏な空気を出しつつ、一矢くんはオレの疑問を脇に置く。
「ああ、だいたいこれで合ってる」
としか答えようがない。言い回しなんかも意図的なのかどうかかなり客観的なものになっていて、印象操作だのそういうことは言えない。
「部活紹介で決められた内容から外れるのは異例のことだよね?」
「さあ。あんまりちゃんと聴いてなかったからなあ」
「でも、急に話を振られて困ったろう」
「そう、だな」
どこにどんな罠が仕掛けられてるのか解らない。自然と受け答えには慎重になる。
「それで、なんで一緒に動画を撮ることに?」
「ええっと……」
なんでだっけ? 確か霧島さんがお昼の放送の件で謝りに来て、それで──。
「話の流れで、なんとなく誘われたんだ」
確かあのときは何か掴んでるっぽく見えた霧島さんとの関係を悪くしたくなくて、興味をオレたちから逸らすためにもOKしたんだった。
「それで引き受けた理由がわからない」
「あー」
それについては宮華たちのシナリオにあった。
「霧島さんが郷土史、の中でも噂とか言い伝えの研究に興味を持ってくれて。たしか放送のときもそれで学校の怪談の話を膨らませてしまったとか、そんなだった。まあそれで、その、そんなに興味があるならってことで。オレたちとしても、今の噂や出来事を郷土史の資料として収集して残すってのはいいことに思えたんだ」
うん。もっともらしい。さすがに宮華が考えただけのことはある。
「不自然に学校の怪談をトークテーマにしてからの撮影発表。そもそものスニークさんの話も含めて、すべて仕込みだったんじゃないかと、そう疑いたくもなるだろう? 撮影後に霧島さんは郷土史研究会に入部してるし、かなり親密な関係なのでは?」
「それは順序が逆だ。スニークさんがあって、郷土史研究で昔のそういう話を調べることがあるって流れからの撮影協力。そんなこんなで接するうちに霧島さんは郷土史に興味を持ってくれて、居心地もいいってことで入部した。仕込みなんてのは言い掛かりでしかない」
「けれど、あの内容じゃ上映が中止になるのは解っていたはずだ。そこから観たい気持ちを煽った上でのデータ喪失で飢餓感を高めさせ、ほとぼりが冷めた頃にこっそり高額と引き換えで視聴させる。と、こう考えると全体のスジが通る」
なかなか粘るな。けれどこの件は本当に放送部主導だし、そもそも──。
「スジが通れば事実、なんてことないだろ。だいたい、高値であの動画が観られるってのはなんなんだ? 初耳だぞ」
「あそこに書いたとおりだ」
一矢くんはスライドを指差す。
「じゃあ、それやってる奴に話を聞いたらどうだ」
「それが……風紀委員会でも実際にそんなことが行われているという確証は得られなかった」
「つまり、そういう噂があるってだけか?」
「……そうだ。誰がそんなことをやってるのか、どうすれば観られるのかとか、具体的なことは何も」
そういうことか。噂ってのはこっちの都合がいい形で固定できるものじゃない。語る人がいる限り変化する可能性はある。たぶんスライドの7番までが絡まりあって、8の噂が生まれたんだろう。“実はこの話には続きがあって”ってやつだ。実際に誰かがそんなことをしてたら、もっと突き止められたはず。
「さすがに、身に覚えのないことについては何も話せない。だいたい、撮影以外は動画に関わってないんだ。ましてそんなあやふやで、できたてみたいな噂話のことで問い詰められても困る」
トモちゃんがこっちを見たまま軽く一矢くんの背中に触れ、すぐに離す。
「今のところ、お互いに証明ができない以上は“どちらの話を信じるか”レベルの状態だけれど、これ以上はこちらも材料がない。残念ながら疑惑が充分に晴らせたとは言えないけれど、ここまでにしよう」
「そうだな。そっちの難癖を完全に否定してみせられなかったのは残念だ」
それでスニークさんの話は終わった。オレはゆっくり息を吐いて体の力を抜きながら、視線を手元に落とす。客席の方を見ると罪悪感に溺れそうだったから。
自分が直接その中にいて、霧島さんをどうやり過ごすかでいっぱいいっぱいだったからだろう。部外者からどう見えるかなんて考えてもみなかった。確かに起きたことだけを後から順に拾っていけば、一矢くんの言うことには残念ながらそれなりに説得力があった。他の話と合わせれば、よけいに疑わしく見られてもしょうがない……いやいや。オレが説得されてどうするんだ。しっかりしなきゃ。
「ここまででずいぶん長くなってしまったけれど、残りは少しだ」
一矢くんが話しはじめたので、顔を上げる。
「あかずの首、についてだ」
プロジェクターが舞台中央のスクリーンに一枚の画像を映す。そこでようやくオレは照明がまだ暗いままだったことに気づいた。が、そんなことはどうでもいい。その映し出された写真を見て、オレは息が止まった。
それはあかずの首を仕掛けた部屋の前の廊下を歩くオレの写真だった。
スライドが切り替わる。




