第7の不思議︰サメジマ先輩-20
今、全校生徒の前に立ってようやくオレは自分のしてきたこと、そのタチの悪さを実感させられていた。しかもそれはこれまで向き合ってこなかったせいか一気に押し寄せてくる。罪悪感に絡め取られ、やったことをそのまま認められないのが辛い。それでもオレはやったことを認められない。そんなことをしたら、他の部員が危険だ。
“みんなのことはオレが守る”──それは苦しいばかりで、少しも支えてはくれない。むしろ後ろからオレを押さえつけ、罪の意識との間でオレを擦り潰そうとする。
「次に、幽霊部員の幽霊の噂。不審者騒ぎとして警察まで動いたけれど、あれは郷土史研究会で起きたこと、だよね?」
「え? なんでそれを」
思わず顔を上げる。あれは学校側しか知らないはずだ。
「風紀委員の活動として必要だと認められ、情報提供してもらったんだ」
オレはゴチャゴチャになった頭の中を必死で掻き回す。確かこういうときのシナリオが……あった。
「あ、あれは警察が捜査に必要だから公表しないようにって」
「もちろん確認はしてもらった。生徒の不安を晴らしたいから詳しいことを公表してもいいか、と。実際、あれのせいで不安になって部活をしばらく休んだり、退部した生徒もいる。なるべく部室に一人でいないように、ともなっていたしね。それで、あっさり許可されたよ」
休部や退部。そんなの知らなかった。オレを見ている生徒の中に、怖くて不安で悩んでそんな選択をした生徒がいるのか……。その生徒はいま、どんな思いでこれを見てるんだろうか。想像しないようにするのは難しかった。
「そもそも監視カメラの映像にも、その他どんな痕跡でも、不審者は確認できなかった。君たちの証言以外、何もないんだ。言いたくはないけれど、警察も君たちの狂言だと思ってるんじゃないだろうか」
「嘘をついてる、と?」
「そこまでは決めつけないにしても、他の可能性が残っていなさそうなのは確かだろう」
オレは思い出したシナリオから伸びた糸を必死でたどる。
「あの二人だって怖い思いをしたんだぞ」
「だから決めつけはしないんだよ。けれどねぇ」
一矢くんの様子を窺う余裕はない。ただ覚え込んだ問答集から当てはまるものを引っ張りだす。
「二人はあのころ、面識がなかった。それが口裏を合わせて嘘をつくのは無理だ。そもそも動機がない」
「もちろん、それはそうなんだろう。けど長屋くんは二人と面識があったし、二人に嘘をつかせる動機があったんじゃないか?」
シナリオの糸が途絶える。オレが日下さんたちに嘘をつかせる? なぜ?
「どんな動機があるっていうんだよ」
「さあ。……まあ、この件はこちらもそこまで確証があるわけじゃない。ただ疑惑があるから説明をしてもらいたかっただけだ。面談のときに聞けていればこうやって大勢の前で持ち出すまでもなかった。これについてはここまでにしよう」
あっさり引き下がる一矢くん。ハメられたことにようやく気づく。今日ほど自分のバカさを自覚させられたことはない。当たり前なんだ。公開討論会の勝利条件は一つ。なるべく相手が疑わしく、信用できないと見ている生徒に思わせること。一つ一つの疑惑についてハッキリした有罪や無罪の証拠を出す必要なんてなかったんだ。
そこでオレは、宮華たちの用意した言い訳集で見落としていたことに気が付いた。あれは自然な言い逃れという以上に、風紀委員会が無茶な言いがかりを付けてきている、そういう印象を与える方向性でまとめられていたんじゃないか。その視点でざっと思い返すと、当てはまる点がいくつもある。オレは今さらすぎる理解にあきれて笑い出しそうになった。
それならそれで宮華たちの考えたことからは外れるけど、言わなきゃいけないことがある。
「待った」
次の話題に移られないよう、とりあえず待ったをかける。そう簡単にリードさせるものか。どうせやるなら面倒くさくなろうぜ、だ。そもそも幽霊部員の幽霊については完全に無実だ。
「動機も方法も解らないけどオレが嘘をつかせた、そう言ってるのか? さすがにそれは乱暴なんじゃないか? オレのことはいい。けど、ウチの二人が感じた本物の恐怖や不安を根拠もなく嘘だと決めつけ、踏みにじったことは謝ってほしい」
「ほん──」
一矢くんは何かを言いかけて口を閉ざした。マイクの先を軽く手で覆い、隣のトモちゃんに小声で話しかける。するとトモちゃんもマイクが拾えないくらいの声で何かを答えた。一矢くんはうなずき、マイクから手を離すと客席にまっすぐ体を向けた。
「たしかに、被害者の二人にたいして思いやりが足りませんでした。すみませんでした」
深く頭を下げる。隣でトモちゃんも頭を下げた。しばらくそのまま。やがて頭を上げると、少し神妙な声で言った。
「次の話をしよう」
その声はオレの耳を素通りしていく。二人が素直に頭を下げてるのを見て、ものすごく居心地が悪かったのだ。悪いと思ったことは認めて謝る。シンプルなことだ。けどオレは今のところ誰にも何も謝ってないし、悪いことしたって意識だってこの場でようやく実感したくらいだ。
それも目の前の二人の印象を悪くすれば勝ちだって気づいたとたんに薄れて、日下さんたちに謝れって言ったときは完全に意識から消えていた。
そんな自分の薄情さに対する自覚が、被害を受けた生徒への罪の意識を倍にして呼び戻す。それは物理的に殴られたような衝撃で、オレは自力で立っていられなくなり、演台に手を突く。衝撃でマイクが揺れ、音がスピーカーに乗る。
「どうした?」
「ああ、いや、なんでもない」
すると、それまで一矢の隣で黙っていたトモちゃんがマイクの方へ軽く身を乗り出して言った。
「私たちは何もあなたをこの場で裁こうというわけじゃない。ただ、あなたについて疑問に思うことがあって、それについて説明をしてほしいだけ。だから誤解があるならそれは堂々と指摘してほしい。これから出てくる話についてもそれぞれ疑いを晴らして、結局はどれも誤解だった、問題なんてなかったんだ、そうなればいいと思ってる。
なにも私たちはあなたが問題生徒であってほしいわけじゃない。むしろその逆。けれど、解るでしょう? 怪談話めいた噂には、いつもあなたの影がチラつく。一つならまだしも、二つ三つとなると、偶然とは思いにくい」
トモちゃんはそこで一矢くんを見ると元の姿勢に戻った。代わって一矢くんが喋りだす。
「そういうことだ。それで次の件だけれど、スニークさん、だ。あれは郷土史研究会と放送部のヤラセなんじゃないか。そういう疑惑がある」
「は?」
一部に放送部の仕込みはあったらしいけど……。もしかしてそれがバレた、のか?




