第7の不思議︰サメジマ先輩-19
遠巻きにみんなからの視線を感じ、休み時間のたびに入れ替わり立ち替わりオレの様子を教室の入り口から覗いていく生徒があとを立たず、落ち着かない。教師でさえオレをなんとなく気にしているのが伝わってきて、授業中も居心地が悪かった。
オレは結局暗記しきれなかった各不思議の言い訳を読み込んだり帯洲先生のSNSを巡ったりして時間をやり過ごした。
先生はこのごろ野心家の女教師と教え子の恋愛ドラマにハマってるらしく、それ関連の投稿が多い。なんというか、不穏だ。主人公の女教師と自分を重ねてるっぽいあたりも良くない兆候と言える。
そもそも今回の騒動を乗り切ったところで、オレには帯洲先生から解放されるという難題が待ち構えているのだ。しかもそっちはしくじれば人生決まりかねない。厭な順番待ちにも程がある。
自分を待ち受ける暗い運命について考えていると、ずいぶん気が紛れた。公開討論会なんてたいしたことじゃない気さえしてくる。おかげで緊張に呑まれたり、プレッシャーに圧し潰されそうになったり、そういうことにはならなかった。まあ、テンションは下がったけど。
そして放課後。オレは言われていたとおり大講堂へ向かった。大講堂は敷地の端にあり、外からも校内を抜けずに出入りできるようになってる。目標としている大人数の生徒が収容できる規模の馬鹿デカい建物で、維持費の足しにするため普段は市民ホールとしても貸し出している。中へ入るのは入学式のとき以来だ。
入り口から入ると風紀委員が待っていた。裏手の控室に案内される。
「準備ができたら呼びに来るから」
風紀委員はそう言い残して去っていく。オレは一人きりだ。
控室は面談室に似ていた。ただ、椅子や机がグレードアップしてる。それと液晶モニタがあって、チャンネルを切り替えるとステージの様子や客席の様子が見られるようになっていた。
空調費をケチってるのか、暖房はついてない。おかげて酷く寒く、あたりは耳鳴りがしそうなほど静かだった。緊張が高まる。世界から切り離されたような感覚。これから演じたり講演したりするため独り静かに意識を高めるにはいいのかもしれないけど、この状況だと不安が高まるばかりでいいことはない。そういえば親にはこのこと何も言ってなかったな。そんなことを今さら思い出す。
スマホをいじってみても集中できなくて、気がつけばぼんやりモニターを眺めていた。
客席の映像を見ていると、だんだん生徒が集まってきている。と、妙なことに気づいた。座席が1階席の後ろの方から埋まっていくのだ。どうもそういうふうに案内されてるらしい。まだ生徒数が少ないから2階、3階を使わないのは解る。けど、これじゃ前の方はガラ空きになる。なんでわざわざそんなことを。
しばらくすると、風紀委員が呼びに来た。一緒に舞台袖へ。広い舞台の上には中央を挟んで上手下手に一つずつ、演台とマイクが設置されている。照明の電気代も節約してるのか、演台近くと中央のスポットライトがそれぞれ一つずつしかついてない。
そして向かいの舞台袖の暗がりに、風紀委員長たちが立っていた。向こうもこちらを見ている。トモちゃんが一矢くんに何か囁いた。
向こうからマイクを持った男子風紀委員が歩いてくる。ウチのクラスの東山だ。
東山は中央まで来ると立ち止まり、客席に礼をすると言った。
「お忙しいなか、ありがとうございます。これより公開討論会を開催します。終了後、お配りしたアンケートを記入してください。学校側が最終判断する際の参考にします」
そして東山は一礼すると、こちらにハケてきた。チラッとオレを見ると小さく拳を作って、少しだけ殴るような動きをして軽くうなずく。そういや風紀委員の仕事、めちゃくちゃダルがってたな。
中央の明かりが消えて委員長たちが出てきたので、オレも舞台へ。演台まで行き立ち止まる。自然と客席が見えた。客席の照明は落とされていたけれど、スポットライトの明るさが控えめで意外と様子がわかる。
ただ、だだっ広い空間の反対側なので細かいところはよく判らない。ぼんやりとした暗がりに制服の明るい色の部分が模様みたいにチラつき、その上にみんなの顔があやふやに浮かんで見えるだけだ。もしこれが前の方から詰めて座ってたらもっとみんなの表情や感情、ざわついてるのか静まり返ってるのか、そんなことが伝わってきて緊張してたろう。ああ、なるほど。それであんな後ろに座らせてるのか。
「まずはじめに」
一矢くんが喋りだす。マイクの拾った声ががらんとした空間に響く。
「風紀委員会は長屋一路くんに対して、いくつかの噂話を意図的に作りだし、生徒の不安を煽ったという疑いを持っている。動機としては愉快犯、まあつまりイタズラ目的だろう」
一矢くんの喋り方は堂々と、ゆったりとしていて、なかなか説得力があった。面談室でオレの挑発に振り回され、実質トモちゃんに操られてるヤツと同一人物には思えない。たぶんこういう、人前だとやたら映える部分でトモちゃんと役割分担してるんだろう。
「さて。風紀委員会では公開討論会に先立ち、何度か長屋くんに聞き取りを行ってきました。その中で一つ。逆ラブ道祖神と呼ばれているアレは長屋くんの創作だと判明しました。それについてここで話してもらえるかな?」
一矢くんは自信に満ちた様子でこちらに話を振る。あのときはアッサリ認めたけれど、こうして大勢の前でそれを言われると目の前の視界が急に狭まるような、手が震え、呼吸が苦しくなるような感覚に襲われる。想像してた何倍も嫌な感じだ。
思わず客席の方を見ても、遠くの生徒たちがどうなってるのかはよく判らない。
「ああ、あれは、その──」
言葉が出てこない。しかもそのことに余計に焦る。
「この前の話をそのまましてくれればいいから」
こっちが焦ってるのを見透かして、煽ってくる一矢くん。
「えっと、あれは……」
オレは前と同じ説明を繰り返す。これはもうオレと向こうの間で確定した内容だ。いまさら変えられない。惨めな気分だ。オレはまた客席に目を向けてしまう。
「勘違いを正すタイミングを失って、ということだけど、あまり感心できる話ではないね。それ自体はともかく、そのせいで呪いの話が出てきて、実際に辛い思いをした生徒もいる」
それは解ってる。これまでの七つの中で一番後悔してるのが逆ラブ道祖神だ。あれは怖がらせる、驚かせるだけじゃなく、そのせいで人間関係がギクシャクしてしまった被害者がいる。けど、本当に解ってたんだろうか。オレはちらりと客席に目を向ける。あの中に友人からいきなり裏切られ、悪意を向けられ、安心して人を信じる気持ちが傷つけられた人がいる……。なんだか吐き気がしてきた。
「だから……だからオレはこうしてやったことを認めてるんだ。もっと早く名乗り出るべきだったんだろうけど、その、すみませんでした。アレのせいで嫌な思いをした人。全部あれは身近な誰かのせいじゃなく……オレのせいなんです」
どうにか言葉を絞りだす。なんで謝るんだ。頭の片隅で声がする。特にあとの方で出てきた便乗の石は誰かが誰かに嫌がらせやイタズラで置いたものでオレが悪いわけじゃない。
それでも。それでもオレたちがあの話を作ったからそんなことが起きたんだろ。そう自分に言い聞かせる。
「あんなことになるとは思っていなかった。そういうことかな?」
オレは同意しようとして言葉に詰まる。それを認めたら後から別件の話が出たとき、展開によっては困る気がした。しかたなく、うつむいて黙り込む。




