第7の不思議︰サメジマ先輩-17
帯洲先生にジャージを渡して部室に戻ると、宮華と日下さんが見たこともない顔をしていた。と思ったら、それは笑顔だった。この二人の普通の笑顔なんて始めて見た。
「ウキッ……じゃなかった。どうしたんだ?」
「七不思議の説明、書けたよ」
宮華がスマホを操作するとオレのところに何かが届いた。テキストファイルだ。開いてみると……。
「長っ!」
レシートどころの話じゃない。棒だ。これもう棒だよ長さ的に。
「どんな展開でも対応できるように、それぞれ最低10は考えておいたから」
「てことは、少なくとも70はある、てこと、か」
「逆ラブ道祖神の話はないけど、数としてはそう。ほとんど徹夜しながら二人で考えたから」
「そうか……ありがとな」
いささか引いてるのを悟られないよう気をつける。
「どれだけテンパってても適切なの言えるように、明日からテストするから」
「あ?」
「さすがに明日は満点取れなくてもいいし、大丈夫。死ぬ気になればできるでしょ。ね?」
満面の笑み。あ、なるほど。それそういう笑顔か。嬉しいとか楽しいとかじゃなくね。圧力的な。あー。なるほど。……なるほど。
「いやいやいや。無理だろこんなの。悪いけど憶えきれるわけない」
「じゃあ死ぬ?」
「いや生きるけど。さすがにこれは」
「甘いこと言わないで!」
「甘いとかそういうことじゃなくてな」
言いながらオレはテキストに目を通していく。さすがに二人が考えただけあって、どれもそれなりに説得力がある。
「当日までに全部憶えられなかったら罰ゲームね」
「何するんだ? 歯でも抜くか? 指でも折るか?」
「そんなことしてなんの得があるの? 私たちにチョコを奢ってもらうからね」
「何そのラブコメみたいなの」
すると日下さんがスマホを差し出した。見るとチョコが並んでる。
「え? これ?」
それは知らないブランド名のチョ……ショコラティエ? のサイトだった。チョコ3枚で5000円とかそんなの。値段が全然ラブコメではない。
「ま、頑張って」
「いや、まあ、その、罰ゲームについてはまた考えよう。オレが苦手なホラーゲームやるとか、壺クリア耐久やるとか、Twitterのアカウント名変えるとか、色々あるだろ?」
例えがVtuberっぽいのは許してほしい。
そんなこんなで二人をどうにか誤魔化して帰宅する頃にはフラフラになっていた。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
宮璃の声が迎えてくれる。リビングへ行くと、エプロン姿の宮璃と峰山さんがいた。
「今日は私も一緒に夕飯作ったんだよ」
腰に手を当てドヤる宮璃。そんな宮璃を暖かい目で見ている峰山さん。家庭っていいなあ。ハードな放課後を乗り越えた今だと余計にそう感じる。頭のおかしい女教師だとか、難易度フロムゲー級の女子部員たちなんてこれに比べたらクソだ、クソ。
「今日の夕飯は」
宮璃がビシッとテーブルを指差す。敷かれた新聞紙。その上にはウチで一番デカいボールになみなみと注がれた白い液体。バットには細かく切ったタコやソーセージ、キムチにチーズに牛すじなんかもある。そして中央には親父が何年も前にどっからかもらってきたまま、しまい込まれてたタコ焼きメーカー。
「タコパです! あ、おばさんたちの分は取ってあるから」
いい。素晴らしい。まるで疲れ果てたオレを癒やすために、わざわざ準備してくれたみたいだ。
「で、も。イチニィは食べる前にちょっとしたゲームにチャレンジしてもらいます。成功すればタコパ。失敗すれば……」
宮璃は峰山さんを見る。
「昨日の残りの白米とインスタント味噌汁。あと漬物な。……てか、マジ気まじぃから失敗すんなよ」
最後の一言に峰山さんのぶっきらぼうな優しさを感じる。
「えぇっ! ゲームかぁ。簡単なのだといいなぁ」
アホ丸出しの緩みきった声を出す一方、内心では高まる不安に押しつぶされそうだった。普段の宮璃はオレに対してこんな企画めいたことしない。
「大丈夫。簡単だよ」そこで宮璃はスッと真顔になる。「イチニィが隠してること白状して、私が許す気になったら成功」そしてまた、にこやかに。「それじゃ、スタート!」
二人は戸惑うオレを放置してテーブルへ。
「油は煙出るくらい熱くするといいらしいよ」
「今日はゴマ油にしてみたけど、香りどうだろな」
キャッキャしながら準備を始めた。すぐにゴマ油の香ばしい匂いが漂いだす。
隠していること。ある。七不思議創りと公開討論会。どっちだろう。オレは二人が大騒ぎしながら生地を注ぎ、具を選んで散らすのを眺めつつ考える。もうこの光景を見ながら米食うんでも充分満たされそうだし、そうしようかな……。ダメだそんな敗北主義。それだと宮璃をガッカリさせる。
とりあえず討論会のことを話そう。七不思議のこと話して違ってたほうがヤバい。けど、それで許してもらうってどうすりゃいいんだ? 黙ってたこと謝る? 宮璃チョロいからそれで行けそうな気もするけど、さっき何するか言ってたときの感じは相当怒ってたよな。
「あの……」
ソロソロと挙手するが、二人は焼かれゆくタコ焼きに夢中でこっちを見やがらない。仕方がないのでオレは勝手に続ける。
「風紀委員会とちょっとモメててだな──」
そして、これまで尋ねられるたびに繰り返してきた表向きの説明をする。
「てなわけだ。黙ってたことは、その、すまん。あんまり心配させたくなかったんだ。オレにもなんの容疑がかけられてんのか解らないしな」
宮璃たちは焼けたタコ焼きを皿に盛ると、そこでようやくオレの方を向いた。
「この中に一つだけ、ワサビ入りの激辛タコ焼きがあるんだけど」
知ってる。オレの見てる前でめっちゃワサビ入れてたよな。
「ここから一つ選んでもしそれが当てられたら許してあげる」
「外したら?」
「許されない」
オーケー。シンプルだ。そして二人がそれを皿に乗せるところも見てた。つまりこれはまあ、そういうことだ。
オレはタコ焼きの山から一つを選び、躊躇なく口に入れた。オレ渾身のリアクション芸を見やがれ!
「から、アッツ!? 熱いあ、こ、あべ、熱つつつつ! あ、あぁ! ほひぃ」
あまりの熱さに辛さへのリアクションが取れない。というか一瞬で口の中を灼かれて辛いかどうか解らん。口から出そうになるタコ焼きを指で押し戻すと、オレはテーブルのコップに入った水を口へ。どうにか冷ます。
「どう? 辛い? って、うわ。顔ヤバいじゃん」
峰山さんがオレを見て普通に引く。
「まら」
オレは口の中にタコ焼きをくわえたまま首を振る。それからもう一度水を口の中に溜め、そのままタコ焼きに歯を立てた。熱い中身が溢れ出すけれど、水に冷やされどうにか食べられ──。
「えぼっ!」
吐きそうなのをこらえると辛さが鼻に抜けて悶絶する。
「辛い! 苦い! げぁ」
リアクションがどうとか忘れ果ててもだえ苦しむオレに宮璃が言う。
「イチニィ、なんかヒーロー気取りっていうか、いつも一人でどうにかしようとするでしょ? そういうの本当にもうやめな? イチニィは平凡な高校生なんだから」
「あー。んっ。んっ。あー。んんっ」
ノドがダメージを受けてて、上手く声が出ない。コップの水を飲み干す。
「あのな。ラノベの主人公は9割が平凡な高校生なんだぞ」
「それで?」
宮璃の視線が冷たい。義兄としての威厳が見る間に失われていく。
「ああ、いや。たまたま思い出した豆知識であって、本件とは関係ない。でまあ、そうやって気にかけてくれるのは嬉しいけど、今回のオレは今までとは違う。どっちかって言うと宮華とか周りに頼りっぱなしだ」
兎和に頼った結果 公開討論会をやることになり、宮華と日下さんに頼った結果 膨大なテキストを短期間で暗記するハメになったけど。あとたぶん、高額チョコおごる運命が待ってる。これが仲間で戦うってことだ! チームの力だ! ……選択を間違った気がしないでもない。
宮璃はオレの言葉に少し意外そうな顔をした。それから少しだけ、安心したように微笑んだ。
「そっか。なら許す」
あれ? 激アツ激辛タコ焼き食べて悶絶してみせたのに許されてなかったのか?
「よし。じゃあ食べるぞ。ちょうどいい感じに冷めてっし」
そう言うと峰山さんはオレに箸と皿を渡してくれた。




