第7の不思議︰サメジマ先輩-13
委員長たちは顔を見合わせ、結局 一矢がドアを開けた。
「取り込み中のところごめん。急いで伝えたいことがあるんだけど」
隣のクラスのヤツだ。風紀委員だったのか。オレを見て少し困った顔をする。
「長屋くん。申し訳ないけど、廊下で待っててくれる?」
風紀委員が伝えたいことは解ってる。オレはおとなしく机のスマホを持って外へ出た。
ドアを閉めると中の声は聴こえない。オレは緊張の糸が緩んでぼんやりしかけ、気がついた。
委員会は各クラスから男女一名を出すことになってる。任期は1年。もしこのまま風紀委員会が生徒による校内警察みたいになれば、その負担と危険は大きい。それでも今年度はよく解らないままやる奴がいるだろう。けれど来年度になればやりたい奴のいないクラスも出てくるはずだ。
そうなってもくじ引きなりして、誰かはやらなきゃならない。それで押し付けられたヤル気のない生徒にとって、風紀委員会の仕事は荷が重い。内輪モメや不正、見逃しが横行するだろう。本当に買収だって起きるかもしれない。そうなれば、風紀委員会は崩壊する。それを避けるには厳しい統制で委員にかなりの無理をさせるしかない。
オレは初めて、兎和があれほど強く権限拡大に抗う理由を本当の意味で実感できた気がした。
そんなことを考えてると風紀委員が出てきた。オレを見てなんとも言えない表情になると、会釈して去っていく。オレは中に戻った。
トモちゃんと一矢のオレを見る目が厳しい。
「どういうこと?」
トモちゃんの声には誤魔化しやはぐらかしを許さない調子があった。こっちもそんなつもりはない。
「つまりこんな密室じゃなくて、みんなの前で、みんなに判断してもらおうってことだ」
そう。全校生徒の前での公開討論会。それが兎和が提案し、オレが受けた作戦だ。一発勝負で決着をつけ、さらに公開の場にすることで風紀委員会の印象を悪くし、その力を削ぎやすくするのが狙いだ。今みたいな密室だと、どういう結果になっても表向きは上手く取り繕われるかもしれない。公開討論会なら、結果に対して小細工はできなくなる。
兎和はオレの聞き取りが始まると同時に校長室を訪れ、校長からの開催許可を取りに行っていたのだ。
「そ、そんなことしたら──」
「オレはおしまいかもしれない。けど、破滅するのは逆にそっちかもしれない」
全員の前で疑惑を指摘される。それは致命的なことだ。けど、オレの心は落ち着いていた。
どのみち風紀委員会は報告書が承認されたら、生徒会の評判を落とすためにそのことを大きく騒ぐつもりだろう。だから少なくともオレは、すでにだいたい詰んだようなものなのだ。
宮華は覚悟覚悟って言うけれど、さすがに10ヶ月くらいもやってりゃ、こっちもそれなりの覚悟はできてる。
「あっ、頭おかしいんじゃないの!? あなたも! 兎和も!」
激昂したトモちゃんが立ち上がって怒鳴る。見れば机の上のレコーダーはオフになってる。惜しい。
「トモ」
一矢が名前を呼ぶ。柔らかく、優しい声。
「でっ、でも、そんな……。おかしい……。狂ってる」
声が震えている。トモちゃんから虚勢の仮面が剥がれて、不安そうな素顔が現れる。にしても、面と向かって本気で狂ってるなんて言われるのは初めてだ。意外と悪くないな。
「トぉモ」
一矢がまた名前を呼ぶ。今度は少し強い口調で。トモちゃんは腰を下ろした。
「ごめんなさい。取り乱しちゃって」
言って深呼吸をする。
「とにかく、校長先生が決めたことだから、僕らは従う。なるべく思い直してもらえるよう働きかけるけれど……」
一矢の声には諦めの色があった。たぶん校長は言い出したら聞かない性格なんだろう。
「信じてはもらえないだろうけど、僕らは本気で長屋くんの処分がなるべく軽くなればいいと思ってたし、あまり大ごとにしたくないと思ってた。けどキミらはそうした親切心を拒んで、台無しにした。こちらとしてももう、気遣う理由はない」
声の調子は穏やかだったけれど、一矢の言葉には抑えきれない怒りが滲んでいた。当然だろう。向こうがどんな思いだったのか知らないが、オレたちはハッキリと攻撃を仕掛けたんだから。例えそれが身を守るためだとしても、敵としての立場を確定させたことに変わりはない。
「来週の金曜放課後。総合ホールでまた会おう。今日は……ここまでにしよう」
一矢がひどく疲れた様子でそう告げると、今日の聞き取りは終わりになった。トモちゃんはとうとう最後まで強気を取り戻すことなく、会話するオレたちを頼りない顔で見守っていた。




