第7の不思議︰サメジマ先輩-12
怒りは消えることなく、翌日の放課後まで静かに、オレの中にあった。途中、兎和が対風紀委員会用にゴリゴリの攻撃的な提案をしてきたときも、不安そうな宮華や日下さんを押し切ってオレがあっさり受けたのはその怒りがあるからだった。
普段ならそもそも受けないようなそのアイデアは、上手くすれば風紀委員の野望を滅殺し学生警察への道を断ってただの委員会に押し戻すだろう。問題はリスクが大きすぎること。けれど、人をあり得ないくらい舐めきり、小ざかしい理屈でうまく行くと思い込んでる風紀委員長を挫折させられるなら、見返りとしては充分だ。
約束の時間に面談室へ行くと、二人はもう中で待っていた。そろそろ兎和も動きはじめてるだろう。失敗するとは少しも思わない。鶴乃谷兎和という存在に失敗をイメージするのは難しい。
前回同様、お互いの会話を録音できるようにしてスタートする。
「一昨日に引き続いて、来てくれてありがとう。どうだろう。あれから考えてはくれたと思うんだけど」
一矢が言う。予想どおり、昨日の昼休みのことなんてなかったような態度だ。こういう薄っぺらい建前主義じゃ確かに、何年経っても兎和と圭人は超えるどころか並ぶこともできないだろう。
「考えようにも何で疑われてるのか知らないんだ。そんな状態で何を考えればいいんだ?」
「心あたりはあるはずでしょう?」
トモちゃんの顔に探るような表情がかすめる。オレが取引に応じるつもりでこんな芝居をしているだけなのかどうか、判断に迷ってる様子だ。
「いや。ないな。そっちこそ、なんでそんなに言いたがらないんだ? 本当はそんなもの、ないんじゃないか?」
「あなたが私たちに追い詰められてやったことを認めさせられるんじゃなく、自発的に認めることで、少しでも処分が軽くなればいいと思ってるの」
昨日のことを思い出せば、そこにはなんの本心もないことが解る。
「身に覚えのないことで疑われてるのに、何を疑われてるのかいっさい教えてもらえないって、帯洲先生や仲井真先生に相談してもいいんだぞ。だいたい、仲井真先生がこんなこと認めたとは思えない」
一矢が顔を強張らせたのとは逆に、トモちゃんは強気の姿勢を崩さない。
「先生たちは風紀委員会から相談と報告を受けるだけ。細かいやり方をあれこれ指示するわけじゃないから」
「ならなおさら、そんな強引なことやってるって知られたら、困るんじゃないか?」
「確かに、このやり取りを提出したらお叱りを受けるかもしれない。けれど私たちは自分の信念に従う。それで先生方にたしなめられるなら、甘んじて受け入れる覚悟くらいしてる。それにここまでの会話を聞けば、どうして私たちがそうしたかは知ってもらえる」
自分たちの信念。その言葉がなんとも空々しい。けれどそうか。トモちゃんたちはオレだけでなく、先生たちに聞かせることも意識して喋ってるのか。
トモちゃんがやたらオレに寄り添おうとするのも、それをオレが真に受けると思ってるっていうより教師ウケを狙ってるんだろう。
「ね。このままだと私たちは長屋くんの証言抜きに、手持ちの情報だけで報告資料を作ることになる。それはあなたにとって不利なものにならざるを得ない。反論したいことや弁明したいことがあっても、後からじゃ間に合わないかもしれない。変な話だけど、それは私たちにとっても望ましくない。なるべく公平公正でいたいから。だから、ほら。解るでしょ?」
一つの光景が目に浮かぶ。先生たちを前に深刻な表情のトモちゃん。
“私たちはなんとか処分が軽くなるよう、彼にチャンスを与えようとしたんです。ですが……。残念です”
そう言っているトモちゃんはどんな気分だろう。兎和を黒幕にできなかったことを悔しがってるのか。オレを有罪にすることで間接的に兎和の評価が落とせたことをほくそ笑んでるのか。
「ちっとも解らない」
オレはそう答える。もちろんウソだ。そろそろ黒幕のことを話せ。今のはそういう合図だったんだろう。最初から付き合う気はない。
オレの意図は二人にも伝わったみたいだ。空気感が変わる。オレは腕を組み、口を閉ざした。
さて。このままじゃ情報を引き出すなんて無理そうだ。どうしたものか……。
「長屋くんは何か、誤解してるんじゃない?」
「誤解? そうか、誤解だ!」
トモちゃんの言葉で閃いた。
「一昨日、証拠があるって言ってたよな? けど、オレには心当たりがない。つまり二人は何かを見て、誤解してるんだよ」
トモちゃんは目を閉じた。眉間にシワが寄り、かすかに頭が揺れている。一矢は渋い顔でじっとオレを見ていた。
「だから、誤解をときたい。証拠ってのはなんだ? それを見てオレが何をしたと思ったんだ? 弁解させてくれるんだろ?」
二人は答えない。そのまま時間が流れる。オレは不思議に思う。どうしてここまで答えたがらないんだろう。オレが自発的に告白したって流れが欲しいにしても、ここまで粘られると理解できない。
トモちゃんが目を開いた。
「まず、長屋くんが自分のしたことを並べて認める。その中に証拠と関わるものが含まれてなければ、こちらからそれを明かすから、弁解して。含まれてれば、その証拠は有効ってことになる」
「なんでそこまで……」
トモちゃんが答えるまで、僅かな間があった。
「私は……私たちは、絶対確実な百点満点を目指さないといけない。でないと……」
それは風紀委員会が生徒を取り締まる心構えというより、兎和に対峙するトモちゃんの心構えみたいに聞こえた。
そのとき、誰かがドアをノックした。




