第7の不思議︰サメジマ先輩-09
連れて行かれたのはまたしても談話室だった。そろそろここ、密談室とか威圧室に名前変えるべきなんじゃなかろうか。
中へ入ると男子委員長はテーブルにスティックタイプのレコーダーを置いた。
「会話は録音させてもらう。ここの利用許可を得る条件として、後で録音内容を先生に提出することになってるんだ」
“取り調べの可視化”という不穏なフレーズが頭に浮かんだ。風紀委員会は何を目指してるんだ。
オレはスマホを取り出すと録音アプリを起動させてテーブルに置いた。
「じゃ、オレも。そっちが録音するんだからいいだろ?」
二人揃って、ちっとも良くないという顔をされた。なんでだよ。なんでそっちはよくてこっちはダメなんだ。
「こちらの録音を断ったのは都合悪い箇所を後で消すためだ、ってゴネてもいいんだぞ」
二人は顔を見合わせる。やがて、女子の方がため息混じりに言った。
「わかったわ。私たちに後ろめたいことはない」
コイツら、後ろめたいことがなければ何されてもいいってルールを自分たちにも適用すんの? ちょっと怖いな。
オレたちは同時に録音を開始する。
「えー。じゃあ、これから長屋一路くんの聞き取りを始めます」
男子委員長が少し緊張した声で告げる。
「どうぞ。ご自由に」
オレは投げやりに答えると両手を広げ、口をへの字に結ぶと肩をすくめた。これはウチの部員にやったら馬鹿にされそうなのでしないことリストの一つだ。いかにも海外映画に出てくるふてぶてしい男みたいでカッコいいと思ってる。まあ、もし録画されてて後から見せられたら恥ずかしさで悶え死ぬだろうけど。
女子委員長は歯を食いしばり、目元をヒクつかせる。やっぱ風紀委員ともなると、仕事のストレスも多いんだろうな。可哀想に。
「そもそもこんな時間に何してたんだ?」
「そっちこそ、オレの後をつけてたんなら知ってるんじゃないか?」
「いいから」
苛立つ男子委員長に向かって、オレは不敵な、というかそのつもりの笑みを向ける。……もしかしたら表情筋バグったみたいな顔になったかもしれない。
「友達の教室部屋に遊びに行ったら、いなかったから引き返した。途中、通りかかった教室でサメジマのメモを探して、部室へ戻るところだった」
「集めてるのか?」
「流行ってるだろ。さっきの教室でも一つ見つけたぞ。見るか?」
オレは箱と引き換えにポケットへ入れたままになってたメモを差し出す。男子委員長がそれを受け取って中身を読むと、返してよこした。
女子委員長が咳払いして、口を開く。
「長屋くんには学校の秩序を乱し、生徒に無用な不安を与え、不必要な混乱を生み出した疑いが持たれてるの」
女子委員長はゆっくりと言う。
「まるでテロリストだな」
……まあ正直に言って、芝居がかった振る舞いをすると今のこの状況の現実感が薄くなり、喋りやすいってのはある。最初は嫌がらせでふざけてただけで意図があったわけじゃないけど、自覚したらやめられなくなってしまった。実際にはどれだけ動揺してるかって話だ。
「そんな大層なことじゃない。ただの悪質ないたずら」
「へぇ。どんな?」
聞き返しはしたけれど、もちろん解ってる。風紀委員会は七不思議創りについて、何か掴んでる。
「たとえば、道祖神の呪い。あの道祖神て長屋くんの捏造だよね? 教育委員会に相談したら、そんな道祖神はないって言われたらしいじゃない」
第一問目は比較的簡単だ。もっと答えにくいものがぶっ込まれたらどうしようかと思ってた。
オレは息を吸い、落ち着いた。
「あれは、オレのミスだ。あのころ郷土史関係の本を色々と読んでいて、話がごっちゃになってたらしい。もしかしたらよその地方の話と混ざったのかも。ただ今となっては、何を読んでそう思ったのか解らない。出典を記録して、きちんと裏付けることの大切さを思い知らされたな……。もちろん解った時点で公表して謝罪したらよかったんだろうが、石はなくなるし時間も経ったしで、完全にタイミング逃した」
もちろんこれは嘘だ。前に霧島さんに対しては兎和の家に伝わる口伝をオレが漏らしたような説明をしたけれど、道祖神が本物だったと主張するのはやっぱり無理があるだろう、ということで考えた別案だ。口伝の存在もなるべく拡めたくはないし。
そんなわけで新しい説明は最低限こちらのミスを認めてやり過ごそうっていう、なかなかコスいものになってる。ちなみにこれも兎和監修である。まさか本当に使う日が来るとは。
風紀委員長たちはオレの話に穴がないか考えてた様子だったけど、やがて諦めた。そりゃそうだろう。そういう穴を兎和に突かれまくって完成したのがこの話なんだから。
「それでも石の呪いとかいう噂のせいで人間関係がギクシャクした生徒なんかもいるんだから、責任はあるんじゃないの?」
「それは一部の生徒が話を悪用した結果なんだから、オレの責任ってのはどうなんだ?」
実際には委員長たちが思ってる以上に悪いと思ってるけど、ここで認めるわけにはいかない。
「とにかく、他にも長屋くんが関わってることで苦しい思いや辛い思いをした人、迷惑をかけられた人がいる」
「オレがやったって決まったみたいな言い方だな。そもそもオレは何をしたことになってるんだ?」
「他には──」
言いかけた男子委員長を女子委員長が手で遮る。
「いま急に話をされて、この場で素直に受け止めたり、認めることができないのは解る。もう下校期限も過ぎてるし、悪いんだけど明後日、また話しましょう。16時くらいにここへ来て」
オレは降参するように両手を上げて言った。
「ご自由に」
二人の哀れなもの見るような視線に耐えられず、言い直す。
「解ったよ。水曜の16時にここな」
「よろしくね。何について疑われてるのか、あなたも本当は解ってるはず。それぞれにあなたを疑う理由があるし、一つについては決定的な証拠も持ってる。あなたのしたことには被害者もいる。そのことをよく考えてみて」
言い終えると、女子委員長の雰囲気が一変した。兎和を思わせる強く鋭い感じから、おとなしく気弱そうな感じに。
そこでようやく、女子委員長がオレと会ってからずっと、緊張して張り詰めていたことに気づいた。
こうして解放されたオレは二人を残して帰宅した。あらかじめ話が通してあったらしく、裏門を出るとき警備員からは何も言われなかった。
「ただいま」
玄関で靴を脱ぎながら言う。
「おかえり」
リビングから聴こえる峰山さんの声の調子がいつもと違う。というか、普段は“おー”と気のない返信があるくらいなのに。
どうしたのかと思いながらリビングへ行くと、そこには峰山さんと宮璃、さらには宮華と日下さん、兎和もいた。
ははあ。なるほど。これから18禁ハーレム的な何かが起こるわけだな。にしてはみんな裸でお尻向けて並んでたりしないのがアレだけれど、お互い最初はこんなもんだろう。よし。みんなまとめて掛かってこい!




