第7の不思議︰サメジマ先輩-08
目指す教室の近くに紳士同盟のメンバー、我孫子の教室部屋があるので、アリバイ作り的に立ち寄ってみると、本人は留守だった。
それから隠すところまでは特に問題もなく終わった。生徒会の見回りもなく、教室部屋を使ってるヤツらに声を掛けられることもなかった。
隠し終えると空になったバッグを自分のバッグの中に押し込み、目立たないようにする。これで今日は終わりだ。
今回の話も終わりに近づいてるのを感じる。アレが見つかれば、さすがにオリジナルはオカルト話として確定するだろう。放火と狂気と怪文書と呪術と、サメジマという人物にまつわる話。お題が五つもある。どんな話になるんだろう。
なんとなくしんみりした気分で歩く。以前はひと気の少ない校舎を寂しく感じたけれど、今となってはただの見慣れた場所としか感じない。外からの部活の音も、遠くからのかすかな足音も、全てがいつもどおりだ。でも、こうして人のいない廊下を歩き回る日々も、もうじき終わる。そしてすぐに2年生になって、あとは普通の郷土史研究会として残りの学生生活を過ごすことになる。まだ早いとは思いながらも、入学してからのあれこれが頭に浮かんできた。
上階から隣の校舎へ行くためのスカイデッキを渡る。左右の窓の外は暗い。ガラスに映り込んだ蛍光灯と自分の姿。そんな、いつもは意識しないようなものに気が向くのは、感傷的になってるからだろうか。
スカイデッキの真ん中まで来たとき、出口に一人の男子生徒が立ちふさがった。痩せていて、でもそれが弱そうというよりシャープな印象を与える、そんな雰囲気と顔立ち。どこかリラックスした表情でこっちを見ている。さすがに見覚えはあるけれど、誰なのかは知らない。身の回りのメガネ率の高さを思えば、裸眼なのはちょっと新鮮だ。
「長屋一路くん。ちょっと話を聞かせてほしいんだけど」
いきなり後ろから女子の声がした。振り返ると入り口側に一人の女子生徒が立っていた。待ち伏せだ。いや、オレが今日、ここを通るなんて判るはずがない。たぶん部室を出たときからつけられてたんだろう。それだって今日たまたまじゃないはず。たぶんここ何日か、部室を見張ってたに違いない。
女子生徒は長い髪を背中の半ばまで伸ばしていて、眼鏡こそしてないものの、そのキツそうな顔は知ってる誰か、というより兎和を連想させる。
「もしかして、風紀委員長、か?」
「そう。何か取り締まられるようなことに心あたりでもあるの?」
「いや、あの……学祭のとき開会式で話してただろ」
兎和に似てるからと言いかけて、そういやライバル視してるんだったと踏みとどまり、そのタイミングでギリギリ学祭のことを思い出した。そもそも兎和に似てるのかと言われると、顔はそんなに似てない。むしろ、雰囲気や佇まいに兎和と通じるものがあるのだ。
「それで、話って?」
「ここでは話しにくい。一緒に来てくれないか。部屋は取ってある」
そう答えると、風紀委員長はズボンのポケットからチャラリと鍵を取り出して軽く振ってみせる。実にキザったらしく、シンプルにイラっとくる。オレでなく泰成くんなら感情に翻弄されるまま殴ってるところだ。
「断る。下校期限も近いし、ツレを待たせてるんでね」
オレはなるべくカッコつけて言うと、人差し指と親指で左右からスマホのフチをつまむと、ぷらんと掲げてみせた。煽り耐性が低いらしくオスがイラッとした顔をするが、特にプレッシャーは感じない。だいたいウチの部員に比べれば根本的に圧が足りないのだ。
オレはスマホの画面を起動した。
「先に帰ってくれって言うだけだ」
何か言われる前に告げると、部活のグループに投稿する。
“悪い、先に帰っててくれ”
前後から風紀委員長がこちらに来る。
「ちょっと、見せてくれないか」
「は? ヤだよ」
「やましくないなら構わないだろう」
「じゃあ、お前と母親のLINEの遣り取り見せてくれよ。やましくないならいいんだろ?」
委員長オスが怒鳴りたいのを必死に堪えてる。いやあ、報復とか怖くないやつっていいなぁ。好きなだけ煽ってやれる。そんな趣味ないけど、日ごろ部活で聖人なみの心配りと寛容さを発揮してると、反動でたまにはこういうことをしてみたくなる。本当に、普段はこんなことしたいなんてカケラも思わない人間なんだけど。
「長屋くんは非常に非協力的だった。そう報告することになるけど」
女子委員長に言われる。
「報告って、誰に?」
「風紀委員会の相談役。生徒指導と学年主任と校長」
星高の委員会はそれぞれ教職員が相談役として付く。保健委員なら保健医、体育委員なら体育教師、など。にしても普通は一人だ。それなのに──。
「校長と仲井真先生も、だと?」
「少し前からね」
そういや学校側は言うこと聞かない生徒会から、風紀委員会に推し変しようとしてるんだっけ。
「相談役の先生方の印象が悪くなるだけだから、気にしないなら別にいいけど」
オレはスッとスマホを差し出し、画面を見せる。
「あ、返信」
言われて見ると、宮華から“わかった”とだけ。さすがに何かあったのか尋ねるようなマネはしてこない。内容と、部活の方のグループに投稿したってことから何かあったらしいことを察して、余計なことは言わずにいてくれたみたいだ。
「それで、話って?」
オレはスマホを上着のポケットにしまいながら、あらためて尋ねる。すると男子委員長が周囲を見回し、自分たち以外は誰もいないことを確かめてから小声で言った。
「君たちが裏でやってることについて、だ」
周りを気にするその態度は、男子委員長をどうしようもなく平凡な奴に見せる。圭人や兎和なら普通に堂々と“ここで言えるならそうしてる”とでも答えただろう。
オレはなるべく困惑した感じが出るよう、薄笑いを浮かべて聞き返す。
「は? え? 何それ。なぁ?」
困惑とバカにしたような態度の混じり合ったオレの反応に男子会長は不安そうな表情を浮かべ、女子委員長を見た。
「私としては、長屋君が協力的で、進んで聞き取りに応じてくれたと報告したいんだけど」
どうやら男子委員長にネチネチとウザ絡みするのはここまでらしい。残念ではないけれど、主導権を握ってるような感覚は動揺を鎮めるのに役立った。
もしかしたら宮華や兎和が相手をいたぶり、弄ぶのもSっ気があるからとか性格が悪いからではなく、主導権を握って精神的に優位に立つためなのかもしれない。……いや、それはないな。アレは二人とも楽しくてやってる目だ。間違いない。
オレは諦めて、二人と一緒に行くことにした。




