第7の不思議︰サメジマ先輩-06
息を殺し気配を殺し、五感を研ぎ澄ませて他人の存在を探り、足音を忍ばせて放課後の校内を歩く。ときには敢えて隠れず見つかる。
あらゆる場所をサーチして見つかりやすさの重み付けをし、最適な場所に紙切れや燃え残りを置く。
実際にやってみると想像以上に気の張るミッションで、かなり疲れる。おまけに撒く量や頻度、見つかりやすさのバランスなんかも考えながらやるのは、なかなかキツいものがあった。自分から引き受けたのを後悔するくらいに。
前に撒いたものが無くなってるかどうかのチェックもついでにやる。最初の数日はほぼ変化なしだったんだけど、日が経つにつれて無くなるものも多くなっていった。全部が全部誰かに拾われたわけじゃなくて、たんに捨てられたものや風に吹かれるとかしてどこかへ行ったものもあるんだろうけど。
燃えカスの方は紙切れより目立たない場所に少しだけ置いておいたんだけれど、これもわりと見つかりやすい場所にあるものから一つ、二つと消えていた。
そんな状態になったある日の昼休み。オレは兎和から部室に呼び出された。
「生徒会室だとあいつらに察知されるかもしれないから」
行くなり早々にパラノイアみたいなセリフを聞かされる。誰だよあいつらって。MIB? SCP財団? 収容されるとしたら宮華の作ってたアレの方だろ。
「ああ、風紀委員会のことよ」
まるでこちらの思考を読んだようなことを付け足す。
「風紀委員会が、どうかしたか?」
「先に知りたいんだけど、これ、あなたたち?」
兎和はスマホの画面に何かを映してこちらに見せる。机の上に何枚かの紙切れと、ビニール袋に入った灰が置かれた写真だ。そうか。一部は見回りが回収してたのか。
「えっと、まあ、そうだな。……いや、結果的にゴミを撒き散らすような形になったのは悪いと思うけど、最後なんだし大目に見てくれないか?」
オレはスマホを返す。
「それは別にいいんだけど……。これがあるから、最近校内をうろうろしてたのね」
「話したような調査もちゃんとやってるぞ」
「ああ、あれ。いちおう説明を用意しててくれたのは悪くない判断だったわね。宮華さんが考えたの?」
「オレだよ! なんで名案だからオレじゃない、みたいな感じになるんだ」
「冗談よ」
ニコリともせずに答える。そう言えば許されると思ったら大間違いだ。ま、兎和に許さんとか言う度胸ないけど。
「とにかく、やるなとは言わないけど気をつけて。風紀委員会があなた達のことを嗅ぎ回ってるの。それに、個人で校内を歩いてるだけだってことにして、勝手に見回りもしてるし」
オレたちのことを? ……身に覚えがありすぎる。
「詳しいことは解らないけど、生徒会と直接対決する代わりに郷土史研究会を落として、間接的に私や圭人へダメージを与えようってことだと思う。小賢しい凡人の考えそうなことよね」
ヒドい言われようだ。
「その、凡人ってのは?」
「女子の委員長。あの娘、私と遠縁なの。それで、前からどういうわけか私に張り合おうと無駄な努力をしてて。男子委員長の方はよく知らないけど圭人の劣化コピーといったところね。たぶん」
男子委員長については心底興味なさそうな口ぶりだ。
「てことは、女子委員長も鶴乃谷なのか?」
「いいえ。母方がそうだから、名字は違う。確か……彼女は私の父のはとこの娘とか、そんな感じ」
なるほど。確かに遠縁としか言いようがないな。にしても、そんな遠い関係が把握できてるとか凄いな。オレの親のはとこなんて情報完全にロストしてて、生死どころか、存在するかどうかもあやふやなのに。
「そういや、なんで風紀委員だけ委員長が男女でいるんだ?」
「風紀ってほら、異性のことには気付かなかったり踏み込めなかったり、利害が対立したりするでしょ。だから、らしいわ。それにしてもずいぶん余裕そうね」
「そりゃまあ、これまでもバレないように気をつけてきたからな。今さら風紀委員会に気をつけろって言われたところで変わらない」
「でも、今まで明確にあなたたちを怪しんで調べ回ってた人はいないでしょ」
「いるぞ。湯川さんはそうだし、霧島さんも」
「あっ」
気まずい沈黙が流れる。兎和は咳払いを一つして続ける。
「とにかく、何かあったときは部長として全力で他のみんなを庇うのよ」
うっかり同意しそうになって踏みとどまる。
「なあそれ、みんなを守ってオレだけ死ねって言われてないか?」
兎和は呆れたような笑みを浮かべ、首を振った。
「誤解よ。あなた一人ならどうとでもできるから、よ」
「なるほど。オレ一人くらいなら兎和さんや圭人が裏から手を回して──」
「私たちは動けない。それこそ風紀委員会の狙いの一つだから。あなたが、自分で、自分を助けられるでしょ。そういうこと。それくらいの信頼はしてるわ」
なんで最高にオレに都合悪いところだけ信頼度マックスなんだ。どういう接し方してたらそんな歪んだパラメータ上昇が起きるんだよ。おかしいだろ。それにしても──。
「さっきから聞いてて思ったんだがオレたちの部、生徒会と風紀委員会の権力争いに巻き込まれてないか?」
「それは違う。風紀委員会が郷土史研究会を使って、生徒会を権力争いに巻き込もうとしてるの。現状、生徒会は風紀委員会と権力を巡って争う気はない。私たちは生徒に大きすぎる権力や、それに伴う役割を押し付けられないようにしてる側なんだから」
「でも、見回りの仕事を風紀委員会から奪ったのは生徒会の権力だろ。向こうはそういうのが欲しいんじゃないか?」
「赤ん坊がナイフやライターで遊ぼうとしてたら、とりあえず無理にでも取り上げるでしょ。それは意地悪でも、それが欲しいからでもない。赤ん坊を守るため。それで泣かれたからってまた渡すのは、責任ある行動じゃない」
言い返せない。それでも、生徒会と風紀委員会の対立がなければオレたちが探られることもなかったわけで、なんとなく腑に落ちない。
説得はできても、納得はさせられない。圭人が兎和について言ってた言葉を思い出す。
オレは時計を見た。もうすぐ昼休みが終わる。
「とにかく、これまで以上に気をつける。特に風紀委員会には。忠告、ありがとう」
そして安心させようとうなずいてみせる。それでも兎和は少し不安そうだったが、結局、こう言っただけだった。
「もうそれしかできないんだから、完璧にね。これはどちらかというと、個人的な忠告よ」
「その言い方だと、なんか手遅れ感ないか?」
「そうじゃないことを願ってる」
その口調にはどこか諦めが感じられた。静まり返った教室に兎和の言葉がゆっくりと溶けていき、代わって不安がオレを満たそうとしてくる。
「どう? 少しは真剣に警戒する気になった?」
そう言うと兎和はいたずらっぽく笑っ、たりはしない。むしろ引き締まった、冷たいほどの厳しい顔つきになる。
「あ、ああ」
オレはそう答えるのが精一杯だった。




