第7の不思議︰サメジマ先輩-04
メモ作りは思ったより大変だった。何やら思わせぶりで、どことなく不気味なフレーズなんてそうそう出てこない。一部は呪われネットワークのときに考えた文章も使ったけど、校内中にバラまいて、しかも無くなったり、気づかれずに捨てられる場合なんかも考えると、何十枚も必要そうだった。
自宅や、他の部員が帰ったあと、オレたちはせっせとメモ作成に励んだ。そしてオレはできたものから順に敷地内のいろんな場所へと忍ばせていった。あるときは廊下の隅、あるときは掃除用具入れの中、あるときは教卓の中。黒板消しクリーナーの中やトイレットペーパーの芯の中なんてときもあった。特に見つかりづらいものなんかは何年も経ってから、ひょっこり発見されるかもしれない。
そうやって改めて放課後の校内を歩き回っていると、確かにスニークさんのときとは雰囲気が変わっていた。無人の教室に人の痕跡がある。机を積み上げて簡易な壁が作られていたり、教室の隅に大きなダンボール箱がつなげて置かれていたり。そうした中で誰かがくつろいでいる教室もあった。
生徒会の見回りにもたまに出くわした。二人一組で行動していて、兎和もいた。生徒会のメンバーはオレのこと見知ってるので、上手く隠れたりしてやり過ごせないと話しかけられることもあった。
「どうしたん? こんなところで」
「いやあ、郷土史研究会で学校の歴史、特に生徒の文化史みたいなものを収集、記録したらどうかって話になって、いま教室部屋って増えてきてるだろ。だから手始めになるべく多く、多角的にそれを記録しようと思って」
これが事前に考えておいた、対生徒会用の言い訳だ。何人かにこれを話したらそれ以後は何してるかを尋ねられはしなくなった。一応、偽装を兼ねて本当に教室部屋の記録をメモしたり、時には使用中のヤツにインタビューめいたこともした。これをまとめれば、次の部誌作るときのネタになるだろう。我ながら天才の発想である。
ある日、たまたま用事で日下さんが早く帰ってしまった。オレは適当に千切った紙を前にして頭を抱えていた。煮詰まって少し離れたところに座っていた宮華へ目を向けると、向こうもこちらを見たところだった。目が合う。気分転換に話しかけてみた。
「これ、意外と難しいよな」
「それ言うの何度目?」
「ああ、まあ……」
話題を変えよう。
「これで最後なわけだけど、どうだ? なんかこう、感想というか、感慨というか」
「んー」
少し考えて、宮華は続ける。
「私たちのやってきたことが七不思議としてパッケージされるのはまだ先のことだし、なんならそうなる保証もないから、完全に終わり! みたいな感じはしない、かな。それでもこの一年間、ずっとこのこと考えてきたから達成感はすごいと思うけど……まあまだ今のこれが終わってないしね。それに……悪く思わないで欲しいんだけど……」
「なんだ? そんな気を遣うなんて珍しいな」
睨まれた。
「七不思議創るよりも、その中で出会った人とか、その人絡みの騒動の方がインパクト大きすぎて……正直そっちの印象の方が強い。あ、別に嫌だったわけじゃ、まあ、その時は嫌なんだけど、おかげで気の許せる人が増えたし……」
「まあ、気持ちは解る。言われてみれば、オレもそうだ」
「イチロの好きな小説のキャラみたいに感傷的なこと言わなくてガッカリした?」
「は? いや、別にそんなんじゃない」
「じゃあ、どうしたの急に感想なんか聞いてきて」
「いや、それは……」
びっくりするくらい言うことが浮かばなくて恥ずかしさに顔が熱くなる。俯いて誤魔化そうとしたけど、たぶん失敗してるだろうな。
「でも、イチロが変なヤツだったおかげでここまで来れたとは思ってる」
「変な、やつ?」
「だってそうでしょ。たいした動機もなしにここまでこんなことに付き合ってくれるなんて。なにその何とも言えない顔は。感謝してるって、ホントに」
宮華に指摘され、オレは慌てて顔の力を抜いた。
「実はオレが宮華のこと好きで、とかだったら解りやすいんだけどな」
すると宮華は半笑いになった。
「は? 気に入られたくてってこと? ないって。本当ならそれは引く。キモい」
そこでふと、宮華は真顔になると少し身を乗り出した。
「え? 冗談、なんだよね?」
「おい。何だそのリアクション。もしオレが本気だったらめちゃくちゃヘコむぞ」
オレは内心を隠してそんな言葉を口にした……とかだったらいいんだけど、本当にそんな気はないので隠すような内心なんてない。いやだって無理だよこんなデスゲームで終盤まで残りそうな女。
確かにうちの部の女子は宮華をはじめ、日下さんや、人によっては兎和も、とにかく見た目がいい。霧島さんも配信でマスクしてるときはかなりの美人に見える。湯川さんも地味メガネ好きなら刺さる人間が一定数いるかもしれない。
けどね。そんな環境で一年近くを過ごして、オレは気づいたんだ。相手の外見をかなり好みじゃない感じにして想像して、それでもいいと思えるのが真に好きってことなんじゃないかと(諸説ある)。
ああ、いや、笑うな。なあ、おい。いいってそういうの。いいから。解ってるよオレだって。なあ、おい。……笑うなっつってんだろ!
などと頭の中で見えない世間様と情緒不安定気味に闘っていると、宮華が立ち上がってコーヒーを入れに行った。が、例によって電気ポットが音もなく電源落ちてたので、溜息をついてコンセント入れ直した。ピッという音がして無事にポットは息を吹き返す。たぶんもうじきそうやって電源が落ちて、それきり二度と戻らないんだろう。帯洲先生はマジでそろそろ粗大ゴミ寸前の家電を部室へ押し付けるのやめて欲しい。
「ところで、さっきから作ってるそれ、なんなんだ?」
諦めて戻ってきた宮華にオレは尋ねる。机の上に置かれたそれは、何だろう。酷く不気味でおぞましい感じなんだけど、どうにも説明のしようがない、えっと、本当に何なんだろうというシロモノだ。
「え? これ? $^&*^%§}だよ。イチロたちが何か気味悪いアイテムも一つくらい欲しいって言うから」
「? いまなんて??」
「だから、¿£※※‰¶✿だって。本物の^→&$とか№℉™®とかを©¢※¤π√»したりしたやつ」
何だろう。肝心のところがうまく聴き取れない。いや。聴こえてはいるんだけど、脳がうまく認識できないというべきか。
オレはあらためて、机の上の物体を見た。これは……ダメだ。何も説明できない。言葉で表せない。見えているのに、脳が理解を拒んでいるみたいだ。
あまり突き詰めて考えようとすると恐ろしいことになりそうな気がしたので、オレはとにかくそれがそういうものだと割り切ることにした。
「あー。それ。作ってくれてたんだな。ありがとう」
「なかなか良くできてるでしょ?」
「あ、そう、だな。うん」
なんとなく目の前の宮華が本物かどうかまで自信がなくなってくる。本物だとして、どうやってこんなものを……。いかん。考えちゃだめだ。にしても、これもオレがどっかに隠しに行くのか? ヤだなあ。絶対誰にも見つからなさそうな場所に隠そう。オレが人類に対してできる、せめてもの貢献だ。こんなもの、事情を知らない人間の手に入れさせるのは何らかの罪だという気がしてならない。
完成したのか、今日のところはこれまでってことなのか、宮華はそれを入念にチェックし、材料や道具と共に袋へ片付けた。ちなみに、あらためて見ると材料や道具もなんだかよく解らない。
そのとき、足音が近づいてきた。オレは机にあったメモを慌てて隠す。ドアが開き、入ってきたのは湯川さんだった。




