第7の不思議︰サメジマ先輩-03
部室へ入ってきた兎和はやけに不機嫌だった。空いてる椅子へ乱暴に腰を下ろすなり言う。
「あんのバッ──」
そこで言葉を噛み殺し、両の拳で机を叩く。現実に人が怒りで机ドンするところ、初めて見た……。
短い悲鳴が聴こえた方を見ると、泰成くんが怯えきった様子で兎和から後ずさりしている。恐怖の感情に呑まれたらしい。
霧島さんが慣れた様子で首にかけられたイヤホンを泰成くんの耳に入れ、反対側を自分のスマホにつなぎ替え操作する。すると泰成くんの表情が和らいだ。何度見ても効果が劇的すぎて、これちょっと怖いんだよな……。
オレは泰成くんたちから兎和に視線を戻した。すると、座ったままこちらを見上げていた兎和と目が合う。その目が細められ、眉間にシワが寄る。
「なに見てんの」
えっ? 理不尽すぎないか?
「いやあの、なんかあったのか?」
兎和は自分を落ち着かせるように深呼吸する。
「教室部屋って知ってる?」
「ああ」
ウチの学校は設備維持のため、空き教室の利用を推奨してる。で、文化祭の後くらいからだろうか。そうした教室を自分の部屋みたいに使うやつが出てきて、今じゃ帰宅部やヒマな文化部の生徒を中心に、ちょっと流行りかけている。それが教室部屋だ。紳士同盟の宇梶がこの前自分の教室部屋を作ったって自慢してた。
自分の部屋っていっても没収されたり盗まれたりする可能性があるから、みんなたいしたものは置いてないみたいだけど。
「それで、何か問題が起きる前に見回りを強化しようという話が来たの。風紀委員会に」
その話のどこに怒りポイントがあったのか、兎和はまた机を殴る。
「あいつら最近、私たちがなかなか思うようにならないからって、風紀委員会を自分たちの犬にしようとしてるみたいなの。ほら、マンガとかであるでしょ? 学内警察みたいな風紀委員。ウチの風紀委員長は男女二人いるんだけど、どっちもお利口なだけで主体性も想像力もないから、ちょっと良さそうな話を吹き込まれただけでその気になってしまったみたい」
湧き上がる怒りを抑えるように、兎和は両手を握りしめる。
「あー。だからって別に構わないんじゃないのか?」
「あのね」
バカな発言に頭が痛いと言わんばかりにメガネを外し、眉間を揉む兎和。
「生徒に生徒を取り締まらせるとか、悪趣味にも程がある。それに、どんな権限があろうとそうした仕事には危険や癒着がつきまとう。今年はいないけど、本当にヤバい生徒のグループを生徒が取り締まるなんて許される状況じゃない。生徒会にはね、各委員会に対して責任があるの。だから、危険な役割を押し付けられそうになってるのを黙って見過ごすことはできない。たとえそうなっても仕方ないくらい愚かなんだとしても」
「なんでなんだろうな」
思わず言葉が口から出る。
「なにが?」
「いや、なんでも──」
誤魔化そうとして、兎和の眼光にビビらされる。
「怒らない。報復もしない。言ったことを後悔させたりもしない。で、なに?」
「ああ、その。……そんなに面倒見が良くて頼れるのに、なんであんま慕われないんだろう、って」
まあ、軽く死を覚悟したよね。ところが、兎和は宣言どおり冷静だった。
「生徒会のメンバーや生徒委員会のみんなは私や圭人を信じて付いてきてくれてるわ」
「そうだろ。だからなんでそれが広がらないのかと思って」
「私が親しみやすい雰囲気じゃないことくらい、解ってるでしょう? それに、ただ私を頼ろうとして近づいてくる人間を助ける気はないわ」
言いながら思うところがあるのか、兎和の声から覇気が失われていく。
「それで、どうなったんだ?」
話を戻す。
「ああ。圭人の提案で見回りは私たちがやることになった。とりあえず今学期いっぱい。役員と生徒委員から当番制で、ランダムな時間に巡回する。強引に仕事を奪う形になったから、風紀委員長たちは渋い顔してたけど。その間に学校を説得して、来年度から警備員の見回りに引き継ぐつもり」
そのための交渉に早くもうんざりしてるんだろう。兎和は疲れたように吐息した。
そんなわけで、灰やメモを設置してまわるときは生徒会の見回りや教室部屋のヤツらに見つからないように気をつける必要があるし、もし見つかったら上手く切り抜けなきゃならない。ステルスミッションてやつだ。上手くできるか解らないけど、他の二人よりはマシだろう。
こうして、最後の七不思議創りが始まった。




