第6の不思議︰呪われネットワーク-20
困惑した様子の泰成くんに霧島さんはうなずくと言葉をつづけた。
「孤立してる奴が急に爆笑したりニヤついたりキレて暴れたりしたら、それはヤバい奴。でも人と関わってる中でちょっとしたことで爆笑してくれるならゲラだし、ちょっとしたことで大喜びしてくれるならチョロい奴だし、怒らせて暴れられたら“普段はいいけど、怒らせると怖い奴”だし、それって別にいいんじゃない? でしょ?」
なんだろう。言ってることは宮華とだいたい一緒なのに、よく考えるといくらでも反論できそうな感じ。でも、なるほどと思わせるものがある。
と、そこで気づいた。いまの霧島さんやけにスムーズに喋ってる。けど、放送や配信の時とは違う、もっと力の抜けた自然な感じだ。
「全部合わさってたら、“あいついい奴だけど、なるべく怒らせないように気をつけよう”ってなるだけ、でしょ? だいたい、よく解らないけど独り言でキレ散らかしてる奴とか、わけわかんないことで駅のホームなんかで喧嘩してるのとかいる、よね? ああいうのに比べたら、基本いい奴な分、泰成くんの方がいい、でしょ?」
「う……。そう、なのか?」
「だいたい我慢するからよけいに悪化するんじゃないの? 普段から小出しにしてれば、その、なに? 分泌物? とかも作るより早く使い果たされるかもしれないし、そうなったら出来た端からバンバン送り出しても量はたいしたことないんじゃない? あと、慣れる。普通に生きてて出くわすくらいのレベルで、おんなじネタで無限に泣いたり笑ったり怒ったりできる人なんなていないから。そのうち慣れて何にも感じなくなる」
「でも、今さら」
少し考える霧島さん。
「放送部で私とお昼の放送でもやる? アナウンス班、女の私しかいないから、男入ればバランスいいんだけど、ね?」
「そんなの、俺。っていうかなんで?」
「今まで絶対にやらないようなことやったら変われるかもしれない、でしょ? それに、他の生徒も泰成くんがどんな人間か知れる。対面じゃなきゃ怖がられない。大丈夫。放送部なんて基本、入るまで人前で喋ったことなんてないようなのが基本だから」
「でも、他の部員が……」
「私が言えば大丈夫。私が面白くするし、泰成くんが感情爆発で喋れなくなっても放送事故でウケが取れるし、怒りで暴れるの心配なら檻に入るか手足拘束して椅子に縛り付けてやればいい。でしょ? さすがに椅子ぶっ壊したりはできない、でしょ?」
泰成くんは少し黙る。
「ああ、まあ、ヤワな椅子じゃなければ」
「なら頑丈なの用意しようよ。ね?」
「いや、でも」
「やってれば認知されるし、なんとなく親しみを持ってもらえるから。ね? あと、放送聴いた生徒から からかわれたりイジられたりしても、怒ることないからね。それって親しみや興味の現れであって、馬鹿にしてるのとは違うから。むしろ無反応なのが一番キツい」
さすが、なぜか視聴者増えなくて迷走してるYoutuberが言うと重みが違う。
「あと、言っちゃうとお昼の放送なんてみんなそんなにじっくり聴いてないから。矛盾するようだけど、気軽にやって大丈夫」
考えるまでもなく、うまく行かなかった場合がいくらでも思い浮かぶような話だったけれど、不思議と“そうかもしれない”と思わされるものがあった。
「どうして、そこまで」
「そこまで、って、私は血ヘド吐くわけでも身銭切るわけでもないし、たいしたことしてない、でしょ? でも、恩を感じるならいつまでも感謝の心で私に接して。ね?」
「無茶苦茶だな」
藤田くんの呟きが聴こえるけど、オレもそう思う。
でも、霧島さんが泰成くんのことを想って、泰成くんのために語られた言葉は、たしかに届いた。
「ありがとう」
泰成くんはそう言うとようやく、体の力を抜いて前を見た。
「もちろん、郷土史研究会にも来てよ。理屈が解ったからもう誰も気にしないし、好きなだけ素のままで感情をダダ漏らしてくれていいから。ね? みんな」
宮華はそう言ってこっちに振り返り、そのまま固まった。
と同時に背後でガシャンと自転車のスタンドを立てる音がした。慌てて振り返ると、
「ここで男女が騒いでるって通報があったんだが」
と言いながら警官が現れたのとは同時だった。
「あっ! えと、あの」
焦って泰成くんたちの方へもう一度振り向くと、藤田くんと柴田さんの姿は消えていた。あいつら、オレたちを置いて逃げやがった!
結局、生徒会長、副会長立ち会いで芝居の練習してたら熱くなりすぎたという我ながら迫真の言い訳でどうにか許してもらった。ただ、さんざんネチネチ説教された。
その間も泰成くんはニヤニヤしていて、さすがに警官も不気味だったのか泰成くんのことはいないものとして扱っていた。
帰り道。霧島さんが解決したことで、自分がやり遂げるって意気込んでた宮華は落ち込んだものの、日下さんから“頑張ってたんじゃない?”と慰められて気を取り直した。
湯川さんは“この興奮と感動!”みたいなテンションでオレに“青春ですね。あの、ああいうの、ですね。ですよね”としきりに言ってきた。満足そうで何より。
兎和と圭人も満足げで、後方腕組み保護者ヅラみたいな感じだった。
こうして泰成くんは放送部と兼部になり、霧島さんと同じタイミングでそれぞれの部活に顔を出すようになった。
「ああっ! くそ! この、このラインが、この!」
ストールを編みながら叫ぶ泰成くん。今や彼は郷土史研究会一にぎやかな男になった。
けれど宮華は湯川さんと話をしてるし、その横では日下さんがスタンバイモードになってる。霧島さんは泰成くんデビューのシナリオ計画に没頭してるしで、誰も泰成くんを気にていない。全員が自然体でいる結果だ。泰成くんも変に気にされるよりは楽でいいと言う。
そんな泰成くんは本人の希望で壁近くの席に座っている。壁からは太い鎖が伸びていて、泰成くんの腰に巻き付いている。
泰成くん曰く、万が一暴れてもこれなら鎖が届く範囲外の人を傷つけることがないから、心穏やかなんだとか。どうかこのヤバい光景を部外者が目撃しませんように、と部長として願うばかりだ。
ちなみにオレは帯洲先生と仲井真先生に呼び出され、帯洲先生から
「何がどうなったのか全く知らないけどよくやった! さすが私が見込んだ生徒だけはある。今後もよろしく!」
というありがたいお言葉を、仲井真先生からは憐れみの視線を頂戴したばかりで、少しぐったりしていた。なんなんだ。報酬体系がバグってんじゃねえのか。
ともあれ、そんなわけで泰成くんは晴れて本当に郷土史研究会の一員になったのだった。




