第6の不思議︰呪われネットワーク-19
オレはさっきの藤田くんみたいに、簡潔にみんなを紹介した。
「これで郷土史研究会は全員だ」
オレの言葉に藤田くんたちはうなずく。
「それで、オレたちからの相談はさっきの話と絡むんだけど……泰成くんの行きそうな場所を教えてほしい」
藤田くんと柴田さんは目を見合わせる。
「教えてもらったらオレたちは全員手分けして、そこを探す。そのために集まったんだ」
そう聞いても二人は返事をしない。
「オレたちは泰成くんを部員として認めてる。だから困ってたら放ってはおかない」
「放っときゃいいだろ」
「そんなのいつでもできる」
オレとしては真面目に答えたつもりなのに、なぜか藤田くんは笑いだした。
「おまっ、それっ、え? そんな理由ある?」
「いや、それは、力になりたいってのもあるけど、そんなのは別に」
「別にって……」
藤田くんはまた笑いに流される。
「いい、もう、解った」
まだ笑いを含んだ声で言う。
「逆に信用できるわ」
そこでふと真顔になり柴田さんとアイコンタクト。
「泰成くん、悩んだときによく行く場所あって、たぶんそこだ」
そして教えてもらったのは、ここからわりと歩いたところにある高台の公園だった。確かオレも小学生のときに一度行ったことがある。そこからは鶴乃谷が見渡せた記憶がある。
他にもいくつか教えてもらったけど、その公園の確率が一番高いとのこと。
礼を言ってさっそく向かおうとして、オレはふと尋ねた。
「あー。一緒に……?」
「いや、いい」
藤田くんは即答した。
「ウチらが出てくのも変でしょ」
「それに俺らも、これから予定があんだ」
そこでオレたちは藤田くん、柴田さんと別れた。
公園までは距離がある。オレたちは足早に歩いた。みんな喋らない。
すると、しばらくして圭人がポツリと言った。
「よく考えると……思い切ったな」
「ん? なにがだ?」
オレは話し合いが無事に終わった開放感から、少し気を緩ませながら尋ねた。
「いやな。イチロ、あの二人と連絡取るために誰かに仲介頼んだだろ。その人が直接あの二人の連絡先を知ってるわけじゃないなら、間に何人かいるわけだ……。となると、その人たちは全員、イチロの顔写真と名前、肩書を手に入れたことになる。あんまり偏見を持つのも良くないが、あの二人に繋がる人脈って、なあ?」
「ああっ!」
全っ然考えてなかった。
「いやまあ、偏見は良くないよな。大丈夫だろう」
今更そんなこと言われても不安しかないんだが? つまりあれか。ヤンキー及びギャルのネットワークにオレを特定できる情報が流れたわけで……。いや、偏見は良くないよな。うん。オレは考えるのをやめた。
高台の公園までは急いで歩いて20分以上掛かった。終盤は女子たちがバテてペース落ちてたけど、オレと圭人だけでも15分、いや、もう少し掛かったろう。
住宅地の端にあるその公園は記憶の中とほぼ一緒だった。市内を見渡せる側は背の高い木や植え込みがなく、反対側は逆に木や植え込みがある。そのすぐ裏に真新しいマンションが建っているけど、前は古びた戸建てが並んでたはずだ。
そして、こちらに背を向けるようにして、公園の中央ややこちら寄り、柵の手前から夜の市内を眺める泰成くんがいた。
泰成くんは人の気配にこちらを向き、驚いた顔で固まった。オレたちも立ち止まる。公園内の照明に照らされて、泰成くんはハッキリと見えた。泣いていたのか目は腫れ、打ちひしがれ、それはもう疲れ切ったひどい顔だった。
打ち合わせてはいなかったけど、霧島さんが自然と前に出た。それに続いてオレと宮華も前に。
「よお」
オレはそう言って軽く右手を上げる。
「どうしたんだ? こんなところで」
すると泰成くんはいきなりオレたちに背を向け、走りだした。よく見れば公園の奥側に柵の途切れている場所があり、どうもその先が狭い階段になってるようだった。
オレは泰成くんを追って駆けだす。が、数メートルも行かないうちに止まる。それは泰成くんも同じだった。
階段を登って、誰かがやって来た。いや、誰かじゃない。藤田くんと柴田さんだ。二人によって階段は塞がれた形になる。柵の向こうは崖で、反対側はマンションのフェンスに塞がれてる。つまりは逃げられない。
なるほど。予定ってのはこれだったのか。もし泰成くんが逃げ出そうとしたら、それを封じること。
「泰成!」
階段を登りきった藤田くんが叫ぶ。立ち往生した泰成くんは藤田くんたちとこちらとを何度も見比べる。
すると、そんな泰成くんの所に霧島さんが歩いていく。泰成くんは不安そうに霧島さんを見ている。
霧島さんは泰成くんのすぐそばまで来ると、思い切り蹴った。見事なヤクザキックだ。硬そうな革靴の底が制服の上からスネを強打する。
泰成くんが痛みにその場へ崩れる。さすがに怒りで反撃する、なんてことはなく、呆然と霧島さんを見上げている。そりゃそうだろう。
すると、今度は宮華が前に出た。
「最初に言ったでしょ。私たちはあなたを見捨てない。手放さない。そっちのお友達もそうみたいだけど。で、さっきの話の続き。覚えてる?」
なんだっけ? 色々ありすぎて思い出せない。
「なんで今、霧島さんに蹴られたのか。その意味を考えながらもう一度、答えて。いったいあなたが抱えてる問題はなに? 詳しく教えて。どうして話せないわけ?」
泰成くんは答えない。
「なら、そこにいるお友達に教えてもらってもいいんだけど」
藤田くんと柴田さんはまだ、階段を塞ぐようにして立っている。
「……いんだ」
泰成くんが言う。
「え? なに?」
宮華が耳に手を当てる。
「恥ずかしいんだ! 恥ずかしくて、情けなくて、惨めで、辛くて……!」
「なら、恥ずかしさと惨めさと情けなさと辛さにはらわた千切れながら話せばいいじゃない。どうせ本人以外にはたいした話じゃないんでしょ」
瞬間、泰成くんが確実な怒気を向けた。思わず宮華が一歩後ずさり、藤田くんが止めようと一歩前に出るくらい。すると霧島さんが一歩横にズレ、泰成くんと宮華の間に立った。
泰成くんは荒い息に体を震わせながら、耐える。やがて、霧島さんを傷つけたくないという思いが怒りに勝ったらしい。泰成くんはゆっくりと立ち上がった。けれどその背は丸められ、肩は力なく落ちている。顔は伏せられ、視線は足先に向けられている。
「俺は、感情が上手くコントロールできない。子供のころからそうだった。あまりにヒドいから、医者にも連れてかれた。いろいろ検査を受けて、そもそも感情が普通の何倍も強いことが判った」
感情の強さが?
「それって、どういうことだ?」
「脳内で分泌される物質の量だとか、それを抑制する成分の少なさ、神経の受け取れる量だとか、そういうこと、らしい。医者にも正確なところは解らないみたいなんだけど」
いちおうそれっぽい裏付けがあるんだな……。
「そのせいで俺はずっと苦しめられてきた。どんな感情でも大嵐みたいになって、俺を呑み込んで掻き消してしまう。何倍もの意志の力があれば抑え込めるのかしらないが、そんなのは現実的じゃない。俺だってこんな自分は嫌だし怖い。周りの人を傷つけたくなんかない。だからなるべく人と関わらないで、退屈に過ごすことで、できるだけ何も感じないようにしてるんだ」
ああ、それで普段の泰成くんはあんなにローテンションで何に対しても無関心、無感情みたいに見えたのか。
今もまた、込み上げる感情と戦ってるんだろう。泰成くんは一言一言を苦しげに、絞り出すように喋る。
泰成くんが独白を終えると、宮華はため息をついて首を回した。
「やっぱり、たいした話じゃないよ、それ。本人的には辛いだろうけど、泰成くんが感情にすごく左右されるのは解ってたし、だいたいそれ、体質的なものでしょう? なら、泰成くんが恥じる必要はないと思うんだけど。むしろ、必要なのは恥じたり惨めに思うの辞めることじゃない?」
宮華の言葉は理屈として正しい。けどそれは、さっきの兎和さんと一緒だ。理詰めで説得はできたとしても、納得はさせられない。案の定、泰成くんは黙ったままだ。
すると今度は霧島さんが言った。
「泰成くん。そんなことで悩むの、ダサいからやめなよ、ね?」
「ダサ、い?」
自分の悩みをそんなふうに言われたことなかったんだろう。泰成くんは驚いた声を上げた。




