第6の不思議︰呪われネットワーク-15
少し心配していたものの、泰成くんは翌日も部活に来た。昨日のことを言葉少なに謝罪すると、ストールの続きに着手する。昨日のお礼に霧島さんにプレゼントするんだとか。
その霧島さんもなんだかんだで来てくれたものの、宮華に対して警戒心バリバリなのは無理もない。宮華の方を見ようともしないし近づきもしない。そのくせチラチラと視線を向けて様子をうかがってるので、怒りに無視してるってわけじゃないことが解る。一方で、泰成くんとは何やらポツポツと話をしていた。
宮華は宮華でそんな霧島さんに話しかけたそうだったけど、警戒されてることもあって、どうすればいいのか解らなさそうだった。
日下さん、湯川さんはいつもどおりに見える。圭人と兎和は生徒会の前に少し寄っていった。
そんなわけで一応は平穏を取り戻したわけだけれど、オレはそんな中、一人で頭を悩ませていた。
まず泰成くんの件が重い。とにかく意識を持っていかれるし、学校側が何考えてるかも解らない。教師の希望なんて知ったこっちゃないけど、無視してて後から面倒なことになると困る。そして街ではオレを探してヤンキーとギャルが徘徊してる。
七不思議も手詰まりで、日ばかりが過ぎていく。下手をしたら3学期にずれ込みかねない。年度内に七つやる方針を変えない限り、そうなると三ヶ月で2つやることになる。これまでよりはスローペースだけど、かなり厳しい。
当然だけどこれには宮華もかなり悩んでるようで、最近はじっとノートの白紙のページを睨んで考え込んでる時間が増えてるし、湯川さんや日下さんと話してるときもどこか上の空だ。
この中で一つだけ、今すぐにでも取り組める課題がある。
「ちょっと出てくる」
オレはみんなに声をかけると、部室を後にした。
それから少しして。オレは面談室にいた。向かいには仲井真先生が座っている。先生はどこか面白がっているような、期待しているような、そんな淡い笑みを口元に覗かせている。
「さて。用事というのは? 帯洲先生は呼んでこなくていいのか?」
「いや、いいです」
オレはキッパリと断る。
「そうか? 生徒に対して自然な自分のままで向き合う。なかなか難しいことを実践するいい教師だと思うんだけどね。見方によっては」
それって見方によってはいい教師じゃないってことじゃないか。仲井真先生が言うと真面目なのか冗談なのか、皮肉なのか何なのかよく解らない。
「長屋くんが呼びたくないならそれでいい。……それで?」
「泰成くんのことなんですけど」
「退部させたいのか?」
「いえ。先生たち、ウチの部なら泰成くんを受け入れられるって思ったんですか?」
「そうじゃないと思って入部させる馬鹿はいないだろう」
「でも、なんで」
「なんで大丈夫だと思ったか、ということか? それは、キミたちが一番よく解っているだろう。それとも、なぜ部活に入れようと思ったか、ということか? 学校の中に一つでも居場所だと感じられるところがあるのは、重要なことなんだ。これについては日下さんなら同意してくれると思うが」
春からスクーリングやめて、もし周りと上手くいかなくてもウチの部があれば大丈夫。確か日下さんはそんなことを言ってたはずだ。
「それだけ、ですか?」
「大切なことだよ。それとも、何か驚くべき真相でも期待していたのか」
「まあ、前に呼び出されたとき、隠すような感じだったんで」
「今みたいな話を先にして、変な影響があっても困る。キミたちにはなるべく他の生徒と同じような先入観で小田くんと接して欲しかった。そのうえでどうなるか見たかったんだ。それに、こちらの手持ちの情報を明かしてしまうとキミたちか自分で観察し、悩み、考え、成長する機会が奪われるだろう?」
「そういうの今いいですから。おかげでかなりモヤモヤさせられたんですけど」
すると仲井真先生は意地悪そうに笑った。
「教師の言うことを無視して忘れたりしないとは関心だ。それに、私の信条は常在教育でね。どんなことも学びの機会にしたいんだよ。ただ勉強を教えるだけなら塾の方がいい」
あー。なんか日下さんが仲井真先生に心酔するのが解った気がする。こういう人好きなヤツっているよな。オレはこの人面倒臭えとしか思わないけど。
「とにかく、郷土史研究会は先生たちの期待に応えてくれている。その点は心配しなくていい」
「それはよかったですけど、泰成くんのこと気にしながら部活するのは意外と大変で……。これって終わりとかないんですか?」
「入部した以上は他の部員と同じで、退部しない限り卒業まで続くだろう」
何を当たり前のことを、みたいな顔して答える仲井真先生。そりゃまあ、期間限定で入部させて欲しいとか、そういう話じゃなかったけどさぁ。
「現状、なぜ疲弊するのか、どうなればそれが解消されるのかは把握しているか?」
「はあ、まあ」
要は泰成くんが感情を上手くコントロールできるようになればいい。少なくとも人並みくらい行動に出さないでいてくれれば。
「なら、それが実現されるのを祈りながら待つもよし、積極的に働きかけてもよし、だろう」
先生の言葉に嫌な予感がジワジワと湧いてくる。
「あの、もしかして……」
すると仲井真先生は笑みを浮かべて告げた。
「第二問、というやつだ」
「ふざけんなこのバ……」
しまった。つい本音が出てしまった。ところが仲井真先生は笑みを深くした。
「つまりそれだけ、感情を抑えるのは難しいということだな。特に孤立無援ならなおさらだ。実際の役に立つかどうかはともかく、ときに感情のコントロールができなくなるのは自分だけじゃないと思えるだけでも精神的にはずいぶん違う」
「泰成くんが自分でもなんとかしたいと思ってるっぽいのは解ってます」
「であれば、部員として受け入れるなら手を差し伸べてみてもいいんじゃないか? それで上手く行けばキミたちにもメリットがある」
理屈としては正しそうに見える。けれど、これは言っておくべきだろう。
「ウチの部はお互い、求められてもいないのに踏み込んだりはしません。だから今があるんです」
「なるほど。それは興味深い。まあ先生が言ったのは単なる一意見だ。そういう考え方もある、という程度の。とにかくキミたちは自分たちの判断で行動すればいい」
言われなくてもそのつもりだ。オレはうなずくと、面談室を出た。
部室へ戻ると生徒会の二人以外は全員部室にいた。オレは宮華を呼び出すと、部室から離れたところにある空き教室へ移動した。
「どうしたの?」
「いや実はさっき泰成くんのことで仲井真先生と話してきたんだけど──」
オレはさっきの談話室でのやり取りを宮華に話して聞かせた。宮華の感想はシンプルだった。
「クソが」
不快なものを固めて口から吐き出したようだった。
「自分たちの手に負えないからって私たちに丸投げ。それでいて第二問だのどうするか私たちが考えろだの、馬鹿にしてんの? ウチは厄介生徒を押し付けるごみ捨て場なんかじゃない!」
「でも、いちおう仲井真先生的には──」
「仲井真先生のご大層な考えなんか知るかバカ! なんで私が仲井真先生の考え方に合わせなくちゃなんないわけ?」
「いや、それは……。でも、じゃあどうするんだ? 泰成くんに退部してもらう方向で行くか?」
オレの言葉に宮華は少しだけ冷静さを取り戻した。
「そっ、そんなわけ、ないでしょ。私だって、というよりたぶんイチロ以外の部員はみんな、学校に居場所がないキツさを身を以て解ってるから。ここで泰成くんを放り出したら、薄っぺらい人間関係でヘラヘラしてるヤツらと一緒になっちゃう」
宮華にもそんな気持ちがあったんだ、と、関係のないところに感心してしまう。
宮華はそれきり黙り込んでなにやら考え込むと、やがて口を開いた。
「イチロ、兎和さんと圭人を呼んできて。私はここでもう少し考えるから」
「あいつら、この時間ならまだ生徒会だろ」
「だから、帰る前に呼んできてって言ってるの。それともなに? 生徒会の仕事が分秒でも遅れたら人死にでも出るの? いいから早く行って!」
宮華の気迫に押されて、オレは生徒会室へ向かおうとする。
「あ、イチロ」
教室を出る間際に呼び止められる。
「もし泰成くんが暴れだしたら、死ぬ気で時間稼いでね」
「は? 嫌だ」
さすがにオレの忠誠心もそこまで高くはない。
「じゃあ、我先に女子を置いて逃げる?」
「うっ……」
そう言われると返事に困る。
「圭人くんも付けるから」
それ、別に安心材料じゃないよな……。
生徒会室では、なにやら話し合いの最中だった。ノックして入ると、みんなの視線がオレに集まる。
「あの、圭人と兎和。悪いんだけどちょっと部室に来てくれないか?」
「なんで?」
兎和はオレに鋭い目を向ける。
「理由は向かいながら説明する」
「理由も聞かずに行くわけないでしょう? もし本当に急いでるなら、こんなやり取りしてる間に説明すれば?」
うっ……。勢いで押し切るのは無理だったか。仕方ない。
「えっとあのー、だな。とある生徒が救われるか全員まとめて終了するかの瀬戸際なんだ」
泰成くんの名前は伏せて話す。咄嗟のことだったから超絶頭悪そうな説明になってしまった。
「それならそうと言えばいいのに」
兎和は手元の資料をまとめると立ち上がった。
「圭人」
「ああ、そうだな」
圭人も立ち上がる。
「終わったら顔出すけど、待たなくていいから」
兎和はそう言うといくつかの指示を出す。他の役員たちは了解の印にうなずいた。
「お待たせ」
オレは兎和さんと圭人と共にさっきの空き教室へ。宮華はそこでオレたちを待っていた。合流して足早に部室へ戻ると、みんな落ち着かない様子だった。オレがどこかへ行ったかと思ったら宮華を呼び出し、なかなか戻ってこなかったんだから無理もない。
「泰成くん」
宮華は真っ直ぐよく通る声で呼びかけると、泰成くんの前に立った。




