第0の不思議︰はじめに幼なじみありき-01
天地創造の第1日目。神は言った。
「幼なじみあれ」
すると光も闇もなく、空も大地も水もない世界に男女一対の幼なじみが生まれた。神様、ガッツキすぎだろ。どんだけ幼なじみに飢えてんだ……。
もちろん神様が実在したとして、たぶんそんなことはやらかしてない。
けどオレが現実逃避してそんな妄想をするのには、それなりの理由がある。
放課後。とある理由からいくらでもある“ひと気のない”教室。外からは部活にいそしむ運動部の声と、吹奏楽部の奏でる不安定な音が聴こえてくる。
目の前には少しキツめの、凛とした顔立ちの美少女。いつものように前髪を立たせて左右に分け、サイドと後ろの髪を一つにまとめてクルンと輪っかにして、つむじのあたりでまとめた彼女は、まっすぐオレを見てる。というか軽く睨んでる。
少し薄いその唇から、言葉が紡がれた。
「イチロ。私と二人で七不思議を創って。具体的にはまず、郷土史研究会を立ち上げて」
たいして親しくない女子から呼び出され、期待と不安を胸に来てみたらこの仕打ち。
というわけでさっきのはオレの精神が厳しい現実に向き合いきれずに生まれた、悲しい妄想だ。
なんで幼なじみかっていうと、目の前のコイツ。キリッとした顔の神野宮華が幼なじみと言えなくもないから。
そもそも今日は朝からパンチが利いてた。ゴールデンウィーク明け初日の憂鬱な今日未明。第二グラウンドの脇にあった体育倉庫が放火された。
最新の耐火構造だったとかで、外はほんのり色づく程度、中はこんがりと。
当然朝は緊急全校集会になった。教頭があらましを説明した後、質実剛健を擬人化したような中年男性の校長が演壇からおごそかに言った。
「全員目をつぶれ。今朝の放火をやったやつは手を挙げろ」
ここは高校だ。小学校じゃない。上履きを隠したとかそういう話でもない。
少しして、校長が目を開けるよう言った。校長は全体をゆっくり見渡し、うなずく。
「警備員。いま手を挙げたやつら、全員ひっ捕らえて進路指導室にでも放り込んでおけ」
ざわつく生徒たちのあいだを警備員が割って入り、男女合わせて10人くらいの生徒たちが連行される。全員呆然としてたから、たぶん面白がって手を挙げたんだと思う。
なんでそんなバカがいるんだって話だけど、よそならともかく、ウチならありそうなことだ。うん。よくあるよくある。たぶん。よく知らないけど。
私立創星高校。名前は頭弱そうだけど、この惑星の明日を創る人材の育成を目的に政財界が一丸となって設立し、成績優秀、あるいは一芸に秀でた学生が全国から集まる6000人規模の高校──にいずれなるはずの新設校だ。
いま日本一学生数の多い高校でも4000人以下らしいから、達成すればぶっちぎりで在校生人数一位の規模になる。
それでいて生徒はみんな未来をリードするエリート候補な学生で固めようっていうんだから、よく考えなくても色々とおかしい。4年くらいは潰れないでほしいなぁ。
さらに言うと、ここ鶴乃谷市は人口10万人くらい。6000人といえば0.6パーセントにあたる。100万都市なら6万人くらいの感覚だ。そんな人数をいきなり増やそうって、かなり無謀なんじゃないだろうか。
新設校なので、当然今年は1年生しかいない。しかも400人くらい。それでもよく集めた方だけど、そのうちの半分くらいは県内各中学から大人の事情とか付き合いで生贄として差し出された各校成績上位者で成り立ってる。
かくいうオレもその口で、中学では平均して学年10位くらい。他に同じ中学から来たやつは一人しかいないし、そいつはスポーツ枠。残りの成績上位9人はどこ行ったんだ。上手いこと逃げやがって。
とまあそんな感じだけど6000人規模を目指すってのはわりと本気らしくて、かつて大手電機メーカーの工場、倉庫、社屋なんかがあった広大な敷地にはいくつもの校舎や設備棟、グラウンド、寮なんかがある。校舎は6階建てで、もちろん現状、そのほとんどは空っぽだ。
使わずに締め切ってると建物はすぐに傷むとかで、生徒や教師には“我が校の自由で創造的な校風にふさわしい用途で”どんどん使うよう通達が出てるし、基本的には開放されてる。
ああ、そうか。あまり親しくない男子生徒を空き教室に呼び出してその純な心をもてあそぶってのは自由で創造的かもな……。いやいや、非生産的にも程がある。
「なんでオレなんだ?」
「だって同中じゃない」
「そりゃ同中どころか同小で同ホッ……同じ保育園だけどさ」
危ない。最後動揺するとこだった。だいたい今日び、同中なんて言わないだろ。言うのか?
そう。コイツとは保育園ゼロ歳児クラスからずっと同じだ。といっても──。
「同じとこに通ってたってだけで、オレたち特に親しくないよな? だいたい同じクラスになったのだって二、三回だろ」
そうなのだ。保育園のときはさすがに遊んだこともあるけど、小学校入ってからはそれほど親しくしてたわけじゃない。
幼なじみって言ったら普通は家同士が近所で物心ついたときからいつも一緒で、大きくなってからは学校じゃちょっと距離が開くか、相変わらず兄妹みたいなノリで接してくるか、とにかくそういうものだろう。あとは淡かったり無自覚だったりする恋心。けど、オレとコイツにはお互いそんなものなんてない。
だからコイツを幼なじみって言うのはちょっと違う気がしてしまう。
けど、さっきのセリフでコイツがなんでオレなんかに声をかけてきたのかはピンときた。
「同じ中学ってことなら遠藤だってそうじゃないか」
「え、遠藤くんはスポーツ枠で野球が忙しいし……」
「なるほど。それにあいつ小学校は別だったし、中学でもおまえ接点なかったもんな」
オレがわざとそう言うと、宮華の目が泳いだ。
そう。中学始まって以来の才女と言われ、その容姿や抜群の運動神経と合わさって「鶴中の至宝」とまで呼ばれたコイツは重度の人見知りなのだ。
何かのきっかけや、保育園から同じとこに通ってる、みたいなことがあるとワリと残念かつ容赦ない性格を見せてくるんだけど、それ以外の相手には無口かつ無愛想。三年同じ学校に通ってた程度の遠藤じゃどうにもならない。
けれど、そんな態度もコイツの場合は凛々しい外見にふさわしいミステリアスでクールな振る舞いとして許されるんだから不公平だ。
ちなみに親しい女子のあいだでは“神野さんのジンは残念美人のジン”と言われてたらしい。
つまり何が言いたいのかというと、コイツは初対面ばかりのクラスの奴らになじめず、唯一人見知りしないで済むのがオレだったから声をかけてきたってわけだ。
もちろん相手がいくら破天荒なスペックの女子だろうと、そんな理由で選ばれたなんて面白くない。他の理由? あるわけないだろ。
けど、最初の中間テストさえまだなのに、すでにスポーツ勉学人間関係すべてにおいて下位リーグで最下位争いをして三年間が終わりそうな気配濃厚なオレにだってプライドくらいある。
「断る。悪いけどオレ、部活とかやる気ないから。七不思議と郷土史研究だっけ? よく解らんけど、おまえとだったら一緒に部活やりたいなんてヤツ、いくらでもいるだろ?」
声さえ掛けられればな。
オレはてっきり宮華がうろたえ、困るだろうと思った。けど、違った。宮華はやれやれとでも言いたげに肩をすくめると、薄く笑みを浮かべた。
久しぶりの方もそうでない方も。前の長編「チートも無双もないけれど。」から、えーと3年ぶり2度目の長編です。私自身、まさかまたこうして掲載する機会があるとは思えませんでした。
えっと、この作品はアイデア自体は「チートも無双もないけれど。」を書き終える少し前くらいにあったんですが、そこから着手するまで時間がかかり、書き始めても途中でなんだかホラゲしたりしているうちに長々中断してしまったりして、それでもトータルで1年弱くらい?は書いていたような気がします。相変わらずスマホで。
というわけで賢明な方はお気づきかもしれませんが、いちおう最後まで書き終わっています。安心の完結保証です。
というわけで、よろしくお願いいたします。
 




