上
放課後の音楽室、そこで俺達五人組は文化祭の有志による出し物としてバンドを組み、本番に向けて必死に練習をしていた。
ジャカジャーン!
ズンドコズンドコズンドコドコドコ!
ベンベンベンベーンベンベン!
キュワンキュワンキュイーンキュイン!
シャンシャンシャンジャーンジャン!
「違う! もっと、もっとだ! 魂込めろよ、お前ら!」
「うるせぇ! やってるよ!」
ボーカルを務める星野が檄を飛ばす。
ベースは漫研の立花、エレキギターは文芸部の高岳、電子ピアノは茶道部の芳野、そしてドラムは俺、帰宅部の山崎健児だ。
星野は俺達の演奏がどうにも気に入らないらしく、さっきから四度か五度ほどやり直している。
魂込めろだなんて……とうにやってることだ。
「それより星野、お前も歌えよ」
「違う、違うんだよ山崎! こんな腑抜けたリズムじゃハートから歌えねえよ!」
よく分からないが、星野は俺達のセッションが奴のハートには響かないらしい。
星野の言っていることは理解できないが、小学生のころ少年合唱団に属していた奴の言うことだ、きっと納得いっていないんだろう。
それならば、奴が納得するまで弾くのみだ!
「行くぞお前ら!」
「「「応!」」」
ジャカジャカジャーン!
シャンシャンドドドーンシャシャシャシャシャーン!
ベベベベベーンベベンベベンベーン!
パラパラパラパーンテケテケテケテケン!
ギュンギュンギュンギュギュギュギュイイィィーーン!
「おおう……やれば出来るじゃねぇか、お前ら!」
おれは中学生になるまで年に三回あるお祭りの和太鼓を叩いていた。
こんな軽いバチで演奏するなんて朝飯前さ!
立花と高岳は得意な楽器こそ無かったものの、中学校の頃の音楽の成績は五段階評価中、最高点の五だった。
この前、奴らのリコーダーのセッションを聞いた時、全身鳥肌が立ったものさ。
コイツらとなら世界を獲れる、ってね。
芳野の家はお母さんが保育士さんらしく、お母さんはピアノがとても上手い。その遺伝だろうか、芳野が演奏する鍵盤ハーモニカに胸を打たれたのは一度や二度なんてもんじゃない。
「よーし、俺も歌うぜ!」
ボエー! ボエー! ボエエェェーー!
素晴らしい……素晴らしい歌声だぜ、星野……!
星野の歌声は神に愛されたとしか言いようがないほどの美声だ。
その証拠に星野は小学生の頃、町内チビッコのどじまん大会で、四年連続敢闘賞を賞与された程なのだから。
ああ、ヤベェな……星野の声を聞いてたら何だか昂ってきたぜ!
「うおぉぉぉおぉぉ!」
「燃えてきたぁぁあぁ!」
ジャジャシャーンドコドコドゥンドゥンドゥンシャーンズン!
ドゥワンドゥワンドゥワンドゥワンビュウゥゥン!
キュワンキュワンギィィンィンギュイィィィーンギュンジャギャーン!
テンテンテンピーンポンピーンポンポーンテンテケテーン!
ルルルルラーラールールルルーンーフーンフーン!
俺達は時を忘れ、心の赴くがままにセッションし合った。
午後五時頃から始まった練習、いつの間にか時計は八時を指していた。
カンカンカンカン!
ジャカジャドンドーンドッカドッカ!
ギュワンギュワンギュワンワーン!
キュイィィィンイュンキュンキュイイィンィン!
テロレロリンテロレロリンテッロテッロテッロテロレロリン!
イィーイィーウーフーンフーンフフーンフーン!
文化祭まで一週間を切った金曜日。
流石はこの高校で一番音楽に対して自信を持っている人間が集まったことはある。
俺達は元々の実力に加え、元来持っていたポテンシャルを余すことなく起こすことに成功した。
本番が待ち遠しい……楽しみしかねぇぜ!
「ちょっと怖いな……」
「ああ、分かるぜ……俺も同じだ……」
「立花? 高岳も?」
ほう、意外だ。
立花はともかくとして、高岳も緊張しているとはな。
立花は元々、気の弱い方の人間だ。所謂、緊張しいな性格だ。
定期試験では毎回緊張しすぎて、力みからシャーペンや消しゴムを破壊している。それ故に奴のペンケースには予備のシャーペンと消しゴムが大量に常備してあるのだ。それに由来して、奴の通り名は誰が言うともなく、「文具屋の立花」と囁かれている。
しかし、高岳は全くそんな素振りを見せない。見せないどころか、常に自信満々な男だ。
英語の授業の際には皆、英文を音読しなさいと先生に当てられた時には大抵、少々照れながらぎこちなさを演出して発音するものだが、高岳は違う。堂々と胸を張り、うろ覚えの流暢っぽい発音で音読するのだ。その事から高岳は、「ネイティブドリーミー高岳」と呼ばれているとか。
そんな人並外れた胆力の持ち主まで萎縮してしまうとはな。
やはり舞台には魔物が隠れている、と言ったところか。
「大丈夫だ。立花、高岳。俺達はやれることは全部やった。人事を尽くして天命を待つ。それだけだろ?」
「そうだな、山崎……」
「ああ、お前のお陰で何だか楽しくなってきたぜ!」
「ハハッ! やる気満々じゃねぇか! お前ら!」
ギターとベースを持つ奴らの手の震えが止まった。
そうさ、俺達はやるだけやったんだ。
後は本番を残すのみだ。
俺、星野、立花、高岳の気力は今最高に満ち満ちている!
「うーん……」
「ん? どうしたんだ? 芳野?」
気炎万丈な俺達四人をよそに、芳野が一人、首を傾げていた。
何か腑に落ちていない様子だ。
「いや、演奏はバッチリなんだ。俺の電子ピアノも問題無く思えるし、星野の歌声も言うこと無しだ。山崎のドラムと立花のベースはリズムが直接ハートを揺さぶってくる。高岳のエレキの熱は陽気なラテンそのものだ。だが、何かが違うんだよな……」
「その何かって何だよ?」
「いや、分からない……」
ふむ、俺達のセッションはバッチリ、百点満点中千点は下らないだろうな。
それなのに何かが足りないということか。
これは難題だな……。
「うーん……足りないものか……」
「あっ、そうか!」
芳野が突然、音楽の神様から天啓を得たような唸りをあげた。
「どうした? 何か分かったのか?」
「ああ、俺達に足りないもの、それは…………歌だ!」
歌……だと……?
一体どういう事だ?
他の三人も俺と同様、一様に首を傾げている。
「なあ、芳野。一体どういう事なんだ?」
「ああ、今俺達が演奏しているのは他人が創った歌だろう?」
っ! ほう、なるほどな。
「それがどうしたっていうんだ?」
まだ理解できていないのか、星野はまだ頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「他人が創った曲を演奏して披露する。普通ならそうなんだろうな。普通ならな」
「ハッ! ってことはつまり……」
星野もようやく理解が追いついたようだ。
にしても、芳野も中々クレイジーな奴だぜ……。
やはり町内一の鍵盤ハーモニカ使い、『狂騒の芳野』と呼ばれるだけのことはある。
なんせ────
「俺達だけの俺達による俺達の楽曲を創るのさ!」
って言ってのけるくらいだもんな。
曲を創る。
言うだけなら簡単だが実際に取り組んでみれば、それはもうかなり難航した。
俺は作曲担当で、メロディーラインを思索すること十三時間、曲の土台が完成し、実際に芳野の鍵盤ハーモニカで演奏する。
しかし思うような幻想的且つ魂を揺さぶるようなメロディーにはならず、七回は書き直した。
星野はボーカルということもあり、歌詞を書いていた。
その星野にしてみても、中々極上のリリックを具現化するには至らず、何度も何度も広辞苑と歳時記を開いていた。
他三人は俺か星野の手伝いに回った。
しかしその甲斐空しく、文化祭も二日後に迫った今日、まだ曲は完成していない。
「クソッ!」
ドンッ!
イライラする……!
魂を揺さぶるメロディーが全く浮かんでこない。
まさか、俺の才能なんてこの程度のものだっていうのか……。
「落ち着けよ、山崎」
鍵盤ハーモニカを携えた芳野が俺を制止する。
クソッ……! 落ち着いていられるかよ!
「やっぱり俺には無理だったんだ……。俺はずっと神に愛された音楽の申し子だと思っていた……。でも選ばれし者なんかじゃなかったんだ」
自分の不甲斐なさに思わず本音がポロリと零れてしまった。
でも、きっとそうなんだろう。
俺にはドラムをシャンシャン叩く才能しかないんだ……。
「バカヤロー!」
バチン!
「痛っ!」
芳野が俺の頬を思いっ切り叩いた。
頭の中が一瞬、真っ白になる。
「なに言ってやがる! 俺が知ってる『和太鼓の傑人・山崎』はそんな弱っちい奴だったのか!?」
「芳野……」
「知ってるか!? 星野は何度も何度も歌詞を考え続けて最早、キャンパスノートも四冊目に入ったんだぞ!」
芳野が懐かしの俺の異名を口にした。
そうだ……『和太鼓の傑人・山崎』は……俺はそんな柔な男じゃねぇ!
幼い頃は来る日も来る日も一日一時間和太鼓を叩き続けたんだ!
それに星野の野郎もそこまでやってんだ。俺一人だけリタイヤなんてダサすぎて出来っこねぇ!
今更立ち止まってられねぇよな!
「ありがとな、芳野。お陰で目が覚めたよ」
「へっ! 何の事だかな……」
フッ……。不器用な奴だ……。
「ありがとうございましたー!」
文化祭当日、舞台の袖で今、俺達の一つ前の出番の組の発表が終了した。
「お前ら、まさかビビってないだろうな?」
星野が俺達の闘争心を確認するかのように分かりやすく挑発する。
「フッ、まさか」
「よもやここに来てビビるようなタマじゃねぇよ!」
立花と高岳は自信満々だ。
むしろ好戦的な笑みまで浮かべてすらいる。
「ここまで来たんだ、やるべきことをやるだけさ」
芳野は落ち着いた風体ではあるものの、そのオーラとも言うべき気風は静かに燃え盛る獄炎さながらである。
俺はというと、言うまでもなくやる気、いや殺る気満々だ。
このライブを聞く奴らのハートを魂のビートで一つ残らず撃ち抜いてやるぜ!
「それでは次の有志の発表です」
文化祭実行委員のアナウンスが流れる。
遂に俺達の番だ。
「おい、お前ら。観客の度肝抜いてやるぜ!」
「「「「応!」」」」
俺の掛け声を遥かに上回るメンバーの気合いが舞台袖に響いた。
私の中学生の時の音楽の成績は五段階中、二でした。