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交際リハーサルを君ともう一度  作者: 香村雪
1.プロローグ
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5.となりのマジメくん~suzuka

彼と初めて会話をしたのは制服が冬服に変わってまだ間もないころだ。

会話と言っても一言だけなんだけど。


美術の授業前の休み時間だった。

私は別のクラスの子との話に夢中になり、遅刻しそうになって慌てて教室に飛び込んだ。


その瞬間だ、頭にガツンと衝撃が走った。

男の子と出会い頭にぶつかったのだ。


「あ、ごめん!」


その男の子は慌てて謝ってきた。

ぶつかったのは私のほうなのに。


「いえ、私が・・・・・」


私も謝ろうとすると、彼はすっと振り返えりそそくさと向こうへ行ってしまった。


誰、あの子? 

うちのクラスじゃないよね。

しかも愛想ないし。


そう思いながら私は呆気に取られてしばらくぼーっと突っ立っていた。


「どしたの?」


声を掛けてきたのは親友の優香ゆうかだ。


「今、教室の入り口で男の子とぶつかっちゃってさ。あの子誰だっけ? うちのクラスじゃないよね?」


私はさっきの男の子を目で追いながら問いかける。


「ああ、マジメくんね。B組の子でしょ」

「マジメくん?」


誰? それ?


「B組の人がみんなそう呼んるよ。まあ、確かにマジメそうだよね」

「マジメくんね・・・・・。でもどうしてB組の子がA組(ここ)にいるの?」

「これから美術でしょ」

「あ?」


そうだ。この学校では選択式の芸術授業のひとつである美術は隣のB組と合同で受けているのだった。


「ふーん。名前は?」

「何、何? あんた、あの子に興味あるの?」

「そんなこと・・・・・言ってないよ・・・・・」

優香の思いもよらないツッコミになぜか慌てた。


「たしか冴木じゃなかったかな。冴えない冴木くんってみんな言ってから」

「酷いねみんな・・・・・」


「でも確かに真面目だけど冴えなそうだよ。顔はまあまあだけど」

「ふーん、冴えないマジメくんね・・・・・」

私は苦笑いをしながら同調した。



翌日、よく晴れていながらも秋の肌寒さを感じる朝だった。


学校に行く途中の通学路、私はひとりのお婆さんが道を渡れないで困っているのを見つけた。

この通りは車が多いわりに信号や横断歩道が少ない。


学校に行くのとは反対方向だった。

でも私は渡るのを手伝おうと思ってお婆さんのところに向かった。


すると私の横からスッと男の子が現れた。


いきなりだったので驚いたが、その男の子が知っている顔だったのでさらに驚いた。


「あれ? 冴えないマジメくん?」


そう、B組のマジメくんだった。

彼は何も言わずにそのお婆さんの前に立つと、すっと手を挙げて車を止めた。


彼はお婆さんに声を掛けることもなく、黙ったまま道を渡り始めた。

文庫本をひたすら読みふけりながら、黙々と渡るマジメくん。


でも、ゆっくり、ゆっくりと、まるでお婆さんの遅い歩みに合わせるように歩いていた。


渡り終わったあと、お婆さんは彼にお礼を言おうとしてた。

けれど彼はお婆さんの顔も見ずに無愛想にそのまま行ってしまった。


お婆さんは彼の後ろ姿にずっとお辞儀してた。


最初はなんて愛想の無い男の子だなあって思った。

だけどあれは彼の照れ隠しだったのかもしれない。


本当はすごく優しい人なんだろうな。

そう思った。


それから私は彼のことがずっと気になるようになっていた。



私は、ひょんなことから彼が昼休みに屋上にあるペントハウスの上にいることを知った。

私もさりげなく昼休みをここで過ごすようになった。


彼はいつもノートを広げ、一生懸命に何かを書いていた。


昼休みにまで勉強かな? 

本当に真面目な人だな。


その日も彼はいつもと同じようにペントハウスの上でノートに何やら書いていた。


私はいつも彼の様子を見ていた。

気づかれないようにこっそりとね。


すると彼は突然立ち上がり、慌てて逃げるように階段を降りていった。


どうしたんだろう?

何かあったのかな?


心配な気持ちに駆られながら彼が座っていた場所に目をやる。

すると、そこに彼がいつも大事そうにしていたノートが置きっぱなしになっていた。


私は後を追いかけようとすぐにノートを拾いに行った。

しかし、既に彼の姿は見えなかった。


そのノートを手に取った私は、いけないとは思いながらも好奇心に負けて中を開いた。

すると、そこには縦書きの文字がびっしりと敷き詰められていた。


何これ? 作文?

いや、違う。勉強のノートでもない。

物語だ。


どうも彼は小説を書いているらしい。


私は気がつくとその小説を読み始め、その物語の世界なかに惹きこまれていった。


ストーリーの舞台は中世のヨーロッパのようだった。

ある強大な軍事国家がまわりの小国を次々に征服していった。

そのうちのひとつの小国の王子が主人公で、ヒロインがもうひとつの小国の王女。

どちらもその軍事国家の奴隷となり虐げられていた。


この二人が恋に落ち、その後二人で力を合わせ、他の国々の奴隷の人たちと一緒になってその軍事国家に対して反乱を起こすというストーリーだ。


その決行日は二月二十九日。

その国では、うるう日は奇跡が起きる神聖な日とされているらしい。


その決戦の日、戦いの前に王子は王女に恋の告白をする。

戦いが終わったあとに結婚の約束をしていたが、この戦いの勝利と引き換えに王女は死んでしまった。


とても悲しかったけど、心が暖まるストーリーだった。


私は思わずそのノートに応援のメッセージを書いた。

でも無我夢中で書きこんだあと、ふと我に還った。


私は何をしているんだろう? 

人のノートを勝手に読んで、さらに勝手に書き込むなんて。


罪悪感と恥ずかしさが同時に込み上げてくる。

大体、応援メッセージを書いたはいいけど、どうやってこのノートを渡すんだ?


直接彼に渡す? 

いやいや、内気な私にそんなことができるわけがない。


それに勝手に読んでしまって、嫌われてしまうかもしれない。

さらに勝手にメッセージを書き込むなんて。


怒られるかな?

うん、普通怒るよね。

うん、きっと怒るに違いない。

といって、これを返さない訳にもいかないし・・・・・。


長く悩んだ末、忘れ物として用務室に届けることにした。

でも書き込んでしまったメッセージはどうしよう? 

インクだから消せないし、まして破いて捨てるわけにもいかない。


ごめん。許してね。


そう心の中で謝りながら用務室へ向かった。


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