夜叉
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山々は木々が燃えるように赤く染まり、そこかしこで実りが豊かに垂れ下がっている。
雪は、着慣れない絢爛豪華な着物を汚さないように気を付けながら、川へ向かっていた。
「よう、雪。久しいな」
川辺に出れば、龍神が出迎えてくれる。
「お久しぶりです。龍神様」
「今日はどうしたんだ?」
「えっと、特に用事は無いです。でもずっと来てなかったので沢山報告したいことがあります!」
そうなのかーと、雪の周りを飛びながら、龍神は近くの岩の上に案内してくれる。雪は久々に会う龍神が、変わらずに自分を迎えてくれたことに笑顔になる。
長の屋敷を初めて訪問したあの日から、雪は長の屋敷にずっと滞在していた。そしてその間、白夜と朔夜には一度も会わずに過ごしていた。その代わりとばかりに、祖父母が雪をたくさん構ってくれるものだから毎日がとても賑やかだった。
祖父は月白里を毎日少しずつ案内してくれた。今の時期山には、どんぐり、栗、松ぼっくりなどの木の実が沢山落ちていて、思わず拾い集めて部屋に並べて楽しんだ。祖母は、ずっとこうして娘を飾るのが夢だったと言って、毎日雪に豪華な着物を着せて髪を結って楽しんでいた。汚れるのが怖いので豪華なものは身に着けたくなかったが、父の白夜なんて、すぐに泥まみれにしていたから大丈夫だと言われて何も言えなくなってしまった。
雪は祖父母から白夜や朔夜の子供の頃の話を聞くのが大好きだった。せがめば二人とも快く話してくれた。
朔夜と会えない事が寂しくないとい言えば嘘になるが、雪の心は穏やかだった。
雪は久々に会った龍神に、そんな長の屋敷での賑やかな毎日の事や、自分の口から嫁ぎたいと伝えることが出来た話を喋り、龍神はいつものように相槌を打ちながら聞きいてくれた。
「それで、雪が嫁ぎたいと言ったら、朔夜は何と答えたのだ?」
その質問に答えようと、雪は記憶を辿り、そして固まった。
「・・・。居ませんでした」
「はぁ?」
「その、長と父しか居ませんでした。そういえば」
言いながら気まずくなって目を逸らした。
それを聞いて、龍神は天を仰いだ。
「それは、まだ伝えてないということでは?」
その通り過ぎて、雪はしょぼんと肩を落とした。
「ま、まぁあれだ。父と祖父を先に攻略したと思えば、なかなか有効手段かもしれんぞ」
「ちゃんと、会えたら言います。今は中々会う機会が無くて。でも、絶対言います!」
一度、人に言えたことで、雪は少しだけ自信を持てるようになっていた。
「うむ。その調子だ。励めよ!」
龍神に応援され、雪は心新たに気合を入れた。
□□□
希代は、朔夜と白夜の目を盗んで、朔夜の屋敷からこっそりと抜け出した。
朔夜の屋敷は、そこそこ立派だったが何度か通ううちに見慣れてしまい物足りなくなっていた。それに、居ると思った姉の雪が不在なのも気に入らなかった。
(私が朔夜様と住む屋敷に、姉を下女として住まわせたら楽しそうね。)
そんな事を考えながら、当てもなく歩いて行くと川の音が聞こえてきた。誰か居るのか話し声も聞こえてくる。
木々の隙間から遠めに川を見れば、姉と同じ銀髪の女が一人で宙に向かって喋っていた。希代は気晴らしに目の前に居る頭の弱そうな女を、少しばかり揶揄ってやろうと川へと降りる山道を下って行った。
(あれは、お姉様、なの?)
近づけば、それは自分の姉の雪だと確認出来た。しかも姉は希代よりも豪華な着物を着て、結い上げた髪には玉の簪を挿していたのだ。
カッと頭に血が上る。手がワナワナと震えて、顔が引き攣った。
(私より、良い着物を着るなんて!素敵な簪を挿しているなんて!)
目の前の姉は、間違いなく自分より美しく着飾っている。それは希代にとって許し難い事実だった。
もしそれが誰か別の人なら、希代もここまで取り乱すことは無かったかもしれない。同じものか、それ以上のものを白夜に強請って終わりだっただろう。
しかし、幼いころから何でもかんでも希代が優先されて、姉が格下だった事実が加われば、目の前の状況は希代が本来受け取るものを、姉が横取りした事に他ならなった。
(姉が私より優遇されるなんてありえない。あれは私のものだ。取り返さなければ!)
肩を怒らせ、茂みを抜けて姉の方へと歩みを進める。
突然、姉の横に人が現れて、姉を背に庇いこちらを警戒している。
「希代!龍神様、あれは私の妹です」
そう、はっきり姉の声が聞こえた。
(龍神様?)
姉は、何故そんな高貴な方に庇われているのだろうか。途端に口から呪詛のような呻き声が洩れる。
ずるい、ずるい、ズルイ、狡い。
どれもこれも、姉には似合わないモノばかりではないか。
(醜い姉ではなく美しい私にこそ相応しいものばかり。全て私が手に入れる筈だったものを、姉が横取りしているのだ。許せない)
ずるりと手の皮がむけて大きくなる。長い爪が伸びていき、その肌は赤い。
(姉を懲らしめるのに、丁度良いではないか)
じゃり、じゃり、と川辺の石を踏み鳴らしながら、歩いて行く。
目の前の男が姉を抱き抱えて、空へと昇っていった。
「待てえぇぇ」
走って追いかけたが間に合わなかった。飛び跳ねても届かない。ならばと足元の石を掴み投げつける。
「当たれ!当たれ!当たり所が悪くて死んでしまえ!」
叫びながら力一杯投げたその石は、けれど男の手前で止まってバラバラと落ちてしまう。
苦々しく見上げていると、自分を見下ろす男の目が光り、その口から咆哮が放たれた。





